第2話 世界で唯一の魔術師の僕、前世の記憶を取り戻す
魔女学院に繋がる大橋を渡り、
ここから先はもう学院内だ。
僕は一度足を止め、目をつぶって気持ちを整える。
師匠と姉弟子に認めてもらうため、そして二人に恩を返すため、僕はこの魔女学院に入学して栄達する。
ずっと昔から決めていたことだ。
あの日、僕は誓ったんだ。
「そうだ、あの子との約束も守らなきゃ」
僕が魔術師を目指すことを決めたきっかけは、師匠たち以外にももう一つある。
それは幼なじみとの約束だ。
幼なじみと言っても、師匠に拾われて間もない頃、一冬のあいだ一緒に過ごしただけの関係だ。
でも、当時は毎日のように一緒に遊んで勉強していた。
『わたし、まじょになるの』
その子もまた僕と同じく魔術の道へ進むと言っていた。
あの冬のあと、彼女と会うことはもうなかったけれど、きっとあの子も僕と同じく魔道を究めんと頑張っているはずだ。
確かあの子は僕と同い年だった。
彼女が学院から招聘されるくらいとびきり優秀じゃない限り、今日の試験を受けている可能性がある。
もしかしたら試験会場のどこかにいるかもしれない。
もう彼女の名前も思い出せないし、可愛らしかった姿もぼんやりとしているけど、あの日誓った二人の約束だけは忘れていない。
「よし、頑張るぞ」
僕は決意を新たに、試験会場を探す。
入学試験は魔女学院の講堂を利用して行われるとのことだった。
受付で道順の説明を受けて、講堂へと続く廊下へ向かう。
廊下を隔てる扉に手を伸ばそうとすると、大きな扉が自動的に開いた。
「うわ、扉一つにまで魔術がかかってるんだ……。ちゃんと承認を受けた人じゃないと開かないようになってるのか。凄いなぁ……」
魔女学院は大陸で唯一の魔女養成機関だ。
お金も技術もすごく費やされているんだろうな。
師匠の工房は魔女学院のある学院都市の外れに建っているけど、僕が魔女学院へ来たのはこれが初めてだ。
「すご……。うわー、すごー……」
見るもの全てが珍しく、僕は周囲を見回しながら廊下を進んでいく。
校舎の造りは学校と言うより、むしろお城だ。
荘厳でありながら、どこか瀟洒で洗練されている。
きっとこの学院を設計した人はすごくセンスのある人だったんだろう。
王様のお城でもこんなに良い装飾品は使ってないと思う。
圧倒されるほど美しい校舎に、僕は息を呑むばかりだ。
他の受験生はもう会場に到着してしまっているのか、僕以外に廊下を歩く人はいなかった。
「遅刻してるわけじゃないけど、会場に着いて準備してたら試験が始まっちゃうかも」
緊張が解けたのは良いけど、今度はリラックスしすぎて見学に時間を使いすぎた。
少し早足になって、僕は試験会場を目指す。
「あ、ここかな」
長い廊下を進んで、角をいくつも曲がって、階段を上り下りして、長い道のりだった。
受付の人がくれた地図がなかったら道に迷っていたかも知れない。
時間もギリギリだ。
もう少し早く出発していれば良かったかも知れない。
講堂の大きな扉が、僕を迎え入れるように低い軋みを立てて開く。
「わぁ……」
試験に使われる講堂はとても天井が高く広かった。
僕が試験に合格したら、ここで講義を受けることになるのだろうか。
広い講堂内には、すでに受験生の少女たちが席に着いていた。
やはり僕が最後のようだ。
少女たちはひそやかな声で試験について雑談していたが、僕が講堂に足を踏み入れると、おしゃべりをやめてこちらに注目してきた。
「う、うう……」
視線がつらい。
みんなが僕を見ている。
僕は今まで師匠の工房からあまり外へ出ることはなかったし、こんなに大勢の人がいるところに来るのも初めてだ。
たくさんの奇異の目で見られることには慣れていない。
「せ、席へ行こう」
僕は目を伏せて自分の席へ向かうけれど、少女たちの声は無遠慮にこちらまで届いてくる。
「え? あの服装、まさか男?」
「なんで男が試験会場に?」
「知らないの? 今年は男が一人受験するって魔女会報に載ってたじゃない」
「うそ、あの子が男なの? すごい美形。私より綺麗かも」
「男なのに魔術が使えるって本当なのかしら?」
「今までそんな話、聞いたことがないわ」
「本当は女なのに、学院に注目してもらうために嘘を吐いてるんじゃないの?」
「確かに、怪しいわね」
「クスクス。入学したら、アレがちゃんと付いてるかどうか寮で確かめてやりましょうよ」
「どうやってよ?」
「そんなの部屋に連れ込んで裸に剥いて……」
「あんたって下品なやつね……。私も参加するわ」
「あの子、かわいそー」
「卒業する頃には何人かのパパにされてそうねぇ」
「それまで保つかしら?」
「腎虚で死んじゃうかもねー」
「あっはっは、入学せずに、ここで落ちた方が良いんじゃない?」
彼女たちが言っていることは半分くらい理解できなかったけれど、あまり良い意味ではなさそうだ。
僕は自分の受験番号が書かれた席にたどり着いた。
誰とも目を合わせないようにして、筆記具を並べて試験の開始を待つことにする。
アダマント鋼をペン先にあしらった羽ペン。
僕の低い魔力でも感応してくれるクラーケンの墨インク。
神樹の枝を使った定規に、竜眼の測定球。
僕にはもったいないくらいの高級な筆記用具の数々。
全部、師匠や姉弟子がくれた大切な宝物だ。
これを見ていると、いつもなら気分が落ち着いてくる。
でも、今日は違った。
師匠たちのおかげでせっかく試験に集中できそうだったのに、四方八方から向けられる視線でまた落ち着かなくなってきた。
「気にする必要なんてない……。僕には受験する資格がちゃんとあるんだ……」
とにかく、目を閉じて深呼吸。
もう一度集中力を取り戻さないと。
「ねぇ、久しぶり。あなたでしょ?」
「…………」
「ね、ねぇ。私のこと忘れちゃった……?」
「…………」
後ろの席から話しかけられている気がするけど、僕に話しかけているかも分からないし、もう試験が始まっちゃう。
もし、後ろの席の人が僕に用事があるのなら、試験が終わってから確かめれば良い。
今は試験に集中だ。
目を閉じると、心音が少しうるさい。
やっぱり緊張しているみたいだ。
落ち着け。落ち着くんだ。
きっと大丈夫。
この日のために、僕はずっと修行してきたじゃないか。
師匠や姉弟子の教えは、必ずこの試験でも通用する。
自分と師匠たちの力を信じるんだ。
「静粛に」
試験官を務める先生たちが会場内に入ってきた。
受験生の少女たちも、ようやく僕から視線を外し、雑談もやめて会場は静まりかえる。
「問題用紙は試験が始まるまで開かないように」
試験官が一人ずつ試験に使う紙を配っていく。
さすが魔女学院だ。
用紙が薄くて白い。すごく上質な紙を使っている。
それに不正防止の契約術式がいくつも施されているのを感じる。
印字に使っているインクにも仕掛けがありそうだ。
ズルをすれば、ただちに試験官に見つかって失格になってしまうだろう。
試験官たちは試験用紙を配り終えると、等間隔に立って僕らの様子を確認し始めた。
こんな監視の中で不正を働くことは不可能だろう。
もちろん、僕はそんなことはしない。
正々堂々と試験に挑むつもりだ。
「それではこれより学科試験を始めます。制限時間は90分。私が合図したと同時に問題を解いてください」
時計の針を見つめる試験官の先生が『始め』の一言を言う。
同時に、僕や他の受験生たちは一斉に問題に取り組みだした。
用紙に書かれた問題は大量で難解だ。
だけど僕は問題を見て、逆に安堵した。
ざっと見た限り、解けそうにない問題じゃなかった。
この程度の問題なら、師匠から出される普段の課題の方がずっと難しい。
世界最高の魔女である師匠がずっと教えてくれてたんだ。
こんな問題くらいすらすら解いてみせる。
インクにペン先を浸し、問題用紙に記入する。
魔力を介した問題文が僕の筆記した術式に呼応してぼんやりと光った。
記した文字が変化して、何層にも重なる魔法陣を形成していく。
これら問題は全て連結していて、最終的に一つの解を導き出すようにできているんだ。
その形は何らかの魔術を構成する魔法陣になっている、と僕は予測した。
途中で術式を間違えれば、最後に出来あがる魔法陣は酷いものになる仕組みだろう。
僕にはそうならない手応えがあった。
ペンを走らせ、次々と答えを記していく。
迷うところは一つもない。
拍子抜けするほど簡単だ。
「(出来た……)」
全ての空欄を埋めて完成した術式は、自分で見ても惚れ惚れする美しい魔法陣を描いていた。
「(完璧だ)」
満点かそれに近い点数を取れた確信があった。
僕は安堵し、筆記具を置いて、瞑目する。
「(……あっ、駄目だ。何をやってるんだ僕は……!)」
慌てて目を開けて、僕はもう一度ペンを取った。
「(名前をまだ書いてないじゃないか……!)」
いけないいけない。
姉弟子にからかわれたことが本当になってしまうところだった。
問題に集中するあまり、自分の名前を書き忘れるなんて、うっかりにもほどがある。
レオンハルトの名前を丁寧に書き記して、今度こそ解答を終えよう。
僕は名前の欄にペン先を置いて、その手が止まってしまった。
「(あ、あれ……? なんで……?)」
レオンハルトと書くだけで良いのに、なぜかペンが進まない。
自分の名前を書くことに、言い知れようのない違和感がある。
僕はレオンハルトだ。
そして、●●●●だ。
「(えっ!? いまぼんやりと浮かんだ名前はなに!?)」
おかしい。
変な動悸がする。
何が理由だろう。
名前の記入欄のすぐ下に、完成させたばかりの魔法陣がぼんやりと輝いている。
改めて見ても完璧な構成だ。
少し魔力を込めるだけで、いつでも術式が発動できる状態で静止している。
「(頭が、ズキズキする……)」
原因はこの魔法陣……?
この魔法陣、何かがおかしい。
術式は正しいのに、目的が不明で、でも僕は何を意味しているか本当は気づいて──
「ガッッ……!?」
そして、大量の情報が、僕の頭に流れ込んできた。
僕とは違う人生を歩んだ、僕とは違う人物の一生の記憶。
産まれて、生きて、出会って、別れて、生きて、生きて、死んだ。
何十年分もの体験が一気に脳内を駆け巡り、そして──
「お、思い出したンゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!??」
俺は両手を机に叩きつけて立ち上がった。
上質な木材で作られた長机は、太鼓のように大きな音を鳴らし、広い会場に俺の絶叫と共に響き渡った。
そうして、俺は前世の記憶を取り戻したのだった。
挿絵・1 かつて約束を交わした幼なじみ
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330656575305974
挿絵・2 魔女学院の廊下
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330656581784375
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