第10話 世界で唯一の魔術師の俺、まだチャンスが残っていることを知る
「レオ、アグニカ、行きますよ」
「押忍!」
「はーい」
食事を終えた俺たちは、厨房の流し台の前に三人並んで立っていた。
「【浮遊】、【界面活性】」
魔女は総じて健啖だ。
魔力の生成にカロリーを持って行かれるのか、強い魔女ほどよく食べる。
つまり、俺の知りうる限り、最強のこの二人はめちゃめちゃ食う。
俺も成長期の男子なのでそれに並ぶくらいは食う。
すると、食後に発生する洗い物も大量だ。
積み上がった食器は、普通にやればうんざりするほどの数だ。
しかし、それも魔術を使えば、作業時間を短縮できる。
まず師匠が食器を一枚ずつ浮遊させて流し台へ運ぶ。
そして、洗剤に似た成分を皿の表面に生成して汚れを溶かす。
「【水流】、【浮遊】」
それを俺がシャワーのように細く分かれた水流で洗い流し、汚れが落ちた皿を今度は姉弟子の元へ送る。
人の浮遊魔法から自分の浮遊魔法で受け取るのは結構難易度が高い。
「【火】って、これくらい?」
姉弟子が火を灯す。
「あちちっ、強いって」
「じゃあ、これくらい?」
「そうそう、それくらいそれくらい」
俺は右手で【水流】を発生させながら【浮遊】を維持しつつ、左手の指でも詠唱し、風を生む。
姉弟子の火から生まれた熱を風で送り込めば、濡れた皿はすぐに乾いた。
乾燥した皿はそのまま食器棚へしまっていく。
流し台に残った野菜クズなどの生ゴミは、姉弟子の火が一瞬で焼き尽くし、わずかに残った灰だけをゴミ箱へ捨てた。
あれだけあった洗い物が、三人で協力すればあっという間だ。
「ありがとうございます、レオ、アグニカ。見事なお手並みでしたよ」
「えへへー」
「姉弟子は火の調節が適当すぎ」
「なによー。レオのくせに生意気よ」
「ああっ、脇腹を突かないでっ」
じゃれつく俺たちを見て、師匠が微笑む。
師匠は今の洗い物のように、魔術を日常的に使うことを推奨している。
細かい制御の訓練に役立つからだ。
魔女はその歴史から、攻撃系統の魔術を修めることを学院から求められており、火力を高めることを重視しがちだ。
大火力で敵をなぎ払うことこそ、魔術の真骨頂であるという共通認識がある。
しかし、師匠の見解は違う。
日常で使う程度の弱く繊細な魔術の制御こそが、魔術戦闘における奥義なのだと、俺たち弟子に良く説いた。
世界最強の魔女がそう言うんだから、間違いないのだろう。
「(まぁ、俺は使いたくても大火力な魔術なんて使えないんですけどねー! はははー!)」
……はぁ。
世界で唯一の魔術が使える男と言っても、魔女と比べればカスみたいな魔力しか持ってない。
これで魔術師になろうなんて夢を見たのが、そもそもの間違いだったんだろうか。
「レオンハルト」
師匠に呼ばれたので振り返ると、ハグされた。
「レオ、あなたには特別な才はありません」
ぐはっ。
まったくもってその通りだが、師匠に言われるときつい。
「ですが、あなたほど私の教えを忠実に守り、たゆむことなく努力し、ここまで練り上げたものは他にいません」
「師匠……」
「あなたはその若さで、魔術の制御がすでに私に近い域に達しています。自覚はないでしょうが、これは本当に凄いことなのですよ」
正直めっちゃ嬉しい。
誰よりも尊敬している人から褒められることが一番嬉しいのは当然だ。
しかし、どれほど褒められても、俺は魔女学院の試験に失格した落ちこぼれ。
うう、つらい……。
「ねぇねぇ、師匠。レオが入学できないのって、もう決まっちゃったの?」
姉弟子が首をかしげている。
おいおい、姉弟子ちゃんよ。
いったい、俺の話の何を聞いていたんだい?
受かってたらこんな慰め受けてないわい!
「だって、落ちたのは学科の試験だけでしょ?」
「そうですが……」
「来週の実技試験がまだあるのに、もう諦めてるの?」
実技試験、だと……?
「いえ、アグニカ。まず学科に合格しないと実技試験を受ける資格を得られませんよ」
「そうなの? あたしの時は総合点で判断されたけど。まぁ、あたしはどっちも満点だったけどね! ふんすふんす!」
「本当なのですか? 私が学院の試験を受けたときは、学科が一次で実技が二次試験だったのですが……」
師匠は鼻息を荒くした姉弟子の頭を撫でながら、話の齟齬を口にする。
「それって千年前でしょ? 今の学院は、勉強が出来なくても戦闘力の高い魔女はどんどん採ってるって話よ?」
「! 失念していました……。千年もあれば学院法も変わっていますよね……」
師匠と姉弟子の会話を聞いていて、俺の頭に稲妻が走る。
「あ、あああああああああああああ!!」
思い出した。
魔女学院の試験は、学科50実技50の点数配分で、半分も取れればギリギリ合格ラインに到達するはずだ。
試験はちょうど一週間後。
実技試験の名の通り、魔術の火力や制御力、実戦戦闘能力などを評価する。
学科で0点の俺だが、まだチャンスは失われていなかった。
合格できる可能性は低いままだ。
だけど、ゼロじゃない。
「レオ……!」
「師匠……!」
俺たちは見つめ合い、希望がまだ残されていたことを抱き合って喜んだ。
「二人だけでずーるーいー! 教えたのはあたしなのにー!」
姉弟子も飛び込んできて、来週の実技試験に向けて、三人で対策を練ることを誓った。
† † †
「でも、それは明日からです。ぐっすり寝て、疲れを癒やしてからでないと、特訓も意味がありませんからね」
「はい、師匠」
「あたしも明日から仕事が入ってないから、手伝ってあげるわよ。ありがたく思いなさいよね」
「あざっす!」
「あざっす? あんた試験から帰ってきてから、話し方ずっと変よね。本当に大丈夫?」
「あ、いや……」
「アグニカ、男性にはそういう時期があるのです。言動や服装が変わっても、深く聞いては行けません。数年も経てば自然に治ると書物に書いてありました」
「ふーん」
「えっ、ちが……!」
「いいのです。レオ、私には分かっていますからね」
師匠の優しい微笑みが逆に痛い。
厨二病と勘違いされてるっ!?
こっちにもあるんだ厨二病!?
でも、師匠の勘違いのおかげで、それ以上のツッコミは入らなかった。
二人に前世の話をするかどうか、まだ決めてないんだよな。
言っても意味があるとは思えないし。
しかし、二人に隠し事をするのもなぁ。
「さぁ、もう休みましょう。今日は本当に疲れたでしょう。その、お風呂での……ごにょごにょ……もありましたし……」
「あ、あはは」
「???」
顔を赤らめる師匠と、乾いた笑いを上げる俺と、いまいちよく分かっていないその元凶。
「それじゃあ、おやすみなさい。師匠、姉弟子」
俺は二人に頭を下げて、自分の部屋へ向かう。
うろ覚えになってるが、自分の部屋の場所は思い出せそうだ。
「レオ? どこへ行くのですか?」
「そっちじゃないわよ?」
あれぇ?
前言撤回。
どうやら俺は部屋の場所を間違えているようだ。
「レオ、気づいてあげられなくてごめんなさい。そんなに疲れていたのですね。さぁ、こっちですよ」
「師匠に手を引かれないと寝る部屋も分からないなんて、本当にあんたって子供ねー」
姉弟子に言われたくねー。
この精神年齢十歳さんめ。
姉弟子は俺をバカにしながらも、師匠と一緒に俺の手を引いて、寝室まで連れて行ってくれた。
「あれ? ここって師匠の寝室じゃ?」
俺の記憶だと、そうなっていたはずだ。
前世を思い出したせいで記憶がごちゃごちゃになってるのか?
「合っていますよ?」
「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない」
ん?
どういうこと?
「さぁ、寝ましょう」
「あたし師匠の隣ー!」
「アグニカ、今日は疲れているレオに真ん中を譲ってあげましょう」
「えー……。もー、特別だからね!」
俺が事態を把握できてない間に、二人は大きなベッドに俺を寝かしつけて、その両脇に寝転がった。
「三人一緒に寝てるのかよ!!」
仰向けになった俺は、思わず天井に叫んでしまった。
風呂も一緒。
食事も一緒。
睡眠も一緒。
この一門、ちょっと仲が良すぎる。
「なによ、真ん中を譲ってあげたのに文句でもあるの?」
「文句があるというか、文句しかないというか……」
「わがまま言わない」
「えぇ……」
「灯りを消しますよ」
師匠が灯りを消す。
月明かりだけが照らすベッドには、二人の美女に挟まれた俺がいた。
「おやすみなさい。レオ、アグニカ」
「おやすみなさーい」
「お、おやすみ……」
左を向けば師匠が、右を向けば姉弟子が、吐息がかかるほどの距離で俺の腕を抱いて眠っている。
柔らかい体温と、二人の鼓動が腕を通じて伝わってくる。
両脇から漂ってくる甘い雌の匂いに頭がクラクラしてきた。
「今晩、寝られるのか、俺……」
再び元気になり始めた愚息に語りかけながら、俺の夜は更けていった。
挿絵・1 添い寝してくる師匠
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330656996118309
挿絵・2 添い寝してくる姉弟子
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657019781540
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