第20話

 ジェニファーは私たちの心配をよそに山盛りの料理を食べ始めた。

 あんな量のご飯、あの細身には入らないでしょうね。

 私はそんな風に想い、食べる量をセーブしていた。


 だが、状況は私の予想を大きく裏切った。

「あれ?メアリー様もソフィア様もそれだけした食べないんですか?」

「え、ええ。わたくしたち見てるだけでお腹いっぱいで」

 何とジェニファーは盛ったご飯をすべて食べてしまった。

 その様子を見ていた私もソフィアもそれだけでお腹いっぱいになってしまった。

 ジェニファー、貴女お腹がまるで妊婦さんのようになってるわよ?

「そうですか?じゃあ、わたしおかわりしてきますね!」

「……なん……ですって……!?」

「……うそ……だろ……!?」

 信じられない。貴女まだ食べようと言うの?ジェニファー。

 その身体にはどれだけの食べ物が詰め込めるようになってるの?

 私の心配などお構いなしにジェニファーは2度目のおかわりを取りに行った。

「……ジェニファーさんはどうやってスタイルを維持してらっしゃるのかしら?」

「私もあんなに食べる女の子は初めて見たわ」

 ジェニファーが楽しそうに料理を盛るのを見ながらソフィアとそんな会話をした。

 私も公爵令嬢だからいろんな令嬢と付き合いがある。

 しかし、ジェニファー程の食欲の持ち主は居なかった。

「きっと栄養はすべてあの胸に吸われてるのですわ」

「流石にそれは無いと思うわよ?」

 私は一応、そう否定はしたが確かに彼女の胸は大きかった。

 私、ソフィア、ジェニファーが並んだ時に一番大きいのは彼女だ。

 ちなみに私は残念ながら一番小さかった。

「ジェニファーさん、あの胸の威力を自覚するべきだと思いますわ」

「あの子、特に男子に人気があるからね。気をつけた方が良いとは思うわ」

 私たちはジェニファーの事が少し心配になるのだった。

 あの子は良い子だからあれを武器にしたりはしないとは思う。

 でも、無自覚にあんなものを見せびらかしているならそれは気をつけた方が良い。

 あの子はかつて人さらいに連れて行かれそうになった事があるくらいだ。

 人懐っこいのは彼女の良いところではあったが、警戒心が薄いのは問題だ。

 あの子に悪い虫が付かなければ良いんだけどな。


「お待たせしました。あれ?どうかしたんですか?」

「いえ、何でもありませんのよ」

「……そうですか?」

 ジェニファーは少し不満そうな顔をしながらテーブルに着いた。

 ごめんねジェニファー。でも、本人には言えない話しってあると思うの。

「そういえばメアリー様は今日は控えめなんですのね?」

「そうですね。メアリー様はたくさん食べる時とそうでない時がありますよね?」

 ソフィア、いくら誤魔化すためとは言えどもいきなり話を振るか?

 もっと別な話題にして欲しかったんだけど?まあ、仕方ないか。

「私も普段はソフィアと同じくらいよ?でも、時々すごくお腹が空く時があるの」

「それはどんな時ですの?」

 ソフィアに質問されて私は記憶をたどってみる事にした。

 お腹が空く時って私どんな事してるかしら?

「そうね、ロベルタに稽古をつけられた後はいつもかしら?」

「じゃあ、運動をしたからお腹が空いてるんですね?」

「いや、そうとは限らないのよ」

 私もジェニファーの意見と同じ事を考えた時があった。

 でも、それに当てはまらない時が結構あった。

「普通に外で遊んだり、走り込みをした時ならあそこまでお腹は空かないの」

「運動量が少ないとかではありませんの?」

「私もそれは考えたわ。でも、軽い運動でもお腹が空く場合もあるの」

 例えばエドワードやジェニファーを助けた時がそうだったわ。

 私、あの時そこまで激しく動いてなかったし何なのかしら。

「う~ん、謎ですね」

「でも、必ず原因はある筈ですわ」

「この事でロベルタも色々と気を遣ってくれたわ」

 屋敷に居る時、ロベルタは頻繁に私の調子を尋ねてきた。

「お嬢様、今のお加減はいかがですか?」

「今は平気よロベルタ」

 こんなやりとりが日に数回繰り返されるのが私の日常だった。

 ロベルタは観察眼の鋭い人だから何か原因を探そうとしていたのかも知れない。

「ロベルタさんにも分からないだなんて、本当に不思議ですわね?」

「本当に不思議ですね。わたしおかわりを取って来ても良いですか?」

「それはやめた方が良いと思うわよ、ジェニファー」


 私たちに止められてジェニファーのおかわりは一度で済んだ。

 だがそれでも、彼女のお腹は赤ちゃんが生まれる寸前のようになってしまっていた。

「あ~おいしかったですね!?」

「……ええ、そうね」

「ジェニファーさんは大変おいしそうに召し上がっていましたわ」

 正直、私もソフィアもそんなに食事を楽しめる気分では無かった。

 なにせジェニファーが山盛りの料理を平らげる様を見せつけられていたのだから。

 いくらゲームの世界とは言え、主人公にこんな属性つける必要あったか?

「夕ご飯は何を食べようかな?」

「……今から夕食の話しをなさいますのね」

「ジェニファー、それより先に何の講義を受けるか決めなくちゃダメよ?」

「あ、そうでした!」

 私たちはそんな会話をしながら廊下を歩いていた。

 魔法学園では生徒は自分の受ける講義を自分で決めて行動する。

 高校というよりも大学のイメージだった。

「皆さんはどの講義を受けるつもりなんですか?」

「そうね、とりあえず一回目の講義を受けてからどれにするか決めるつもりよ?」

「わたくしは歴史や政治の抗議を受けるつもりですわ」

 そんな時だった。頭上から大きな声がした。

「あ!危ない!!」

「え?」

 声の方向を見ると上から人体模型が落ちてくるではないか。

 人体模型が無機質な表情を浮かべたままジェニファーめがけて落下する。

 私はとっさにジェニファーを庇おうとしたが、とても間に合いそうに無い。

「キャァァァアアア!!!」

「ジェニファー!!!」

 人体模型がジェニファーにぶつかりそうになった瞬間、彼女を助けた者が居た。

 他の生徒よりも一回り背が小さいその男の子を私は知っていた。

「グリーン君っ!?」

 そうだ、グリーン君が間一髪で人体模型を払いのけたのだ。

 入学式の前に私を一喝したグリーン君に間違いなかった。

 グリーン君の手で払いのけられた人体模型はゴトンと言う音と共にタイルに落ちた。

 あれ、結構重いと思うんだけど二人とも大丈夫なのかな?

 グリーン君の手が赤くなってるように見えるんだけど?


「ジェニファーさん!大丈夫ですか!?」

「ソフィアさん、わたしは大丈夫です。彼が……」

 ソフィアの指さすとおり、グリーン君の手が真っ赤に腫れていた。

 あれって骨にひびが入ってるんじゃないの?

「ジェニファーさんを助けていただき、誠にありがとうございます」

「オレはただすべき事をしたまでだ」

 グリーン君は右手を庇うようにしながら憎まれ口をたたいた。

 やっぱり右手が痛いんだ。早く手当てしないと。

「グリーン君、右手を見せて!」

「やめろ!オレに触るんじゃない!!」

 私は抵抗するグリーン君の右手を強引に診た。やっぱり骨折してる。

「ジェニファー!いきなりで悪いけど、回復魔法をグリーン君に!!」

「はい!グリーンさん、失礼しますね」

 ジェニファーがグリーン君の右手に手をかざすと淡く光を放った。

 十数秒くらい右手が光るとグリーン君の傷は完全に癒えていた。

 相変わらずジェニファーの回復魔法はすごいなぁ。

「これで治りました」

「ありがとう、ジェニファー」

「ちっ!いつまで人の手を握ってるつもりだ!!はなせ!!!」

 グリーン君は強引に私の手を振りほどくとそのまま廊下を歩き出した。

 集まっていた野次馬をかき分けながらグリーン君はその場を後にしようとする。

「待って!!」

 私は彼を後ろから呼び止めた。どうしても訊きたい事があったのだ。

 グリーン君はその場に立ち止まって私の方を睨んだ。

「どうしてジェニファーを助けてくれたの?貴男は私たちの事が嫌いなんでしょ?」

「その女にもしもの事があったら困る。だから助けただけだ」

「それってどう言う意味?ジェニファーと貴男は関係があるの?」

「そんな事まで答える義理はない」

 そう言い残すとグリーン君は野次馬の中に消えた。

 私は見えなくなってしまった彼に一言告げた。

「私の友達を護ってくれてありがとう」

 だが、それに返事をする者は居なかった。

 私たちはその後、駆けつけた先生に事の顛末を説明した。

 人体模型は壊れて使い物にならなくなってしまった。

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