第8話

 ロベルタから稽古をつけてもらうようになって数日がたったある日の午後。

「メアリーお嬢様、エドワード様が見えました」

 私の婚約者のエドワードがシーモア邸を訪ねてきた。

 だが、タイミングがあまりにも悪すぎた。

「やあメアリー様、ご機嫌いか・・・・・・が・・・・・・?」

「・・・・・・ど、どうもエドワード様」

 私とエドワードは硬直したまま互いを見つめていた。

 なんと私はお嬢様らしいきらびやかなドレスではなく運動着を着ていたのだ。

 しかも剣の修行中だったから、髪も束ねて汗と土にまみれていた。

「えっと・・・・・・メアリー様、一体何を?」

「その、剣の練習をちょっと」

「公爵令嬢が・・・・・・剣の・・・・・・練習?」

 私はうまい言い訳も思いつかず、ありのままの事実を話してしまった。

 それを聞いたエドワードはそれはそれは驚いた様子だった。

 だって、こんな格好でどんな言い訳をしろって言うの!?

「えっと・・・・・・あの、エドワード様?」

 エドワードが硬直しているから私はどうしようかとオロオロしていた。

 あ、でもこれで「こんな凶暴な女とは結婚できない」とか言ってくれたら。

 それはそれで結果オーライかも?

「・・・・・・かっこいい」

「へ?」

 え?エドワード今、かっこいいとか言わなかった?聞き間違いだよね?

 だってこの世界の常識では女は優しくて家庭的な人が求められるんだよ?

「あ、いえ。勇ましい方だなぁと」

 エドワードはにこやかに笑うと、そうフォローした。

「ですが、これが私だったから良かったものの他の方だったら何と言われるか」

「い、いつもじゃありませんのよ?今日はたまたま、たまたまですの!」

 私はなんとかごまかそうと必死だった。

 こんな姿をお父様やお母様に見られたら何を言われるか。

「そう・・・・・・ですか?分かりました、この事は二人だけの秘密にしましょう」

「そうしていただけると助かります」

 私もエドワードの秘密を握ってるわけだし、これで『おあいこ』よね!?

 でも、これからはもうちょっと気をつけよう。

 誰かが近づいてきたらすぐに分かるようにしておかなくちゃ。


 私は剣の修行を始めた訳だが、変わったのはそれだけではなかった。

「チョコレートを三個持ってる人が五人居ます。チョコレートは何個あるでしょう?」

「・・・・・・十五個です」

「流石はメアリー様、お見事です!」

 私の家庭教師のハリー先生は私が即答したのを見て、たいそう上機嫌だった。

 ハリー先生は私がお父様にお願いしてつけてもらった家庭教師だ。

「身体を鍛えるだけではなく、礼儀作法やマナーも身につけて下さい」

 と言うロベルタの助言に従うかたちで私はハリー先生に師事する事にしたのだ。

「まさか五歳でかけ算を習得されるなんて、私も鼻が高いですよ」

「い、いえ。たいした事では・・・・・・」

 いや、こんなの出来て当たり前でしょ?私、高校に通ってたんだよ?

 正直、小学生レベルの教育なんて私からしたらあくびが出るレベルだった。

 薬で小さくなった高校生探偵もこんな気分で学校に通っているのだろうか?

「いえ、ご謙遜なさる事では御座いません。まさに神童と呼ぶにふさわしい」

「あ、あはは~」

 ハリー先生は私の事情を知らない。それを知っているのはロベルタだけだ。

 だから、ハリー先生は私が読み書きをしたり計算問題を解く度に驚く。

 この世界は日本製の乙女ゲームの世界だから、公用語は日本語だ。

 唯一違うのは『社会科』だけだったが、それも現実と比べたら大した物ではない。

「初めてシーモア公爵からメアリー様の話を聞いた時は耳を疑いました」

 それって多分、私が習ってもないのにゆで卵を食べた時の話だよね?

 それとも私が歴史や地理の本を読み漁ってた時の話?

「しかし、こうして目の前で次々と私が出す問題を解かれると信じるしかありません」

 ハリー先生はたいそう上機嫌で私を褒めちぎっていたが一瞬、表情を曇らせた。

「あいつにメアリー様の爪の垢でも煎じて飲ませたら少しは変わるか?」

 ハリー先生は何か言ったが私には聞こえなかった。

 何を言ったのか訊こうかと思ったが、すぐにいつもの先生に戻っていた。

「では、メアリー様。今度は少し難しくなりますよ?」

 こんな調子で私はハリー先生の出す問題をたやすく解いて行った。

 その度にハリー先生は満足そうにうなずき、私を褒めてくれた。

 褒められるのは嫌いじゃないけど、この程度で褒められてもなぁ・・・・・・

 そんな日々が一ヶ月ほど続いたある日。

「メアリー様、本日は紹介したい者が居るのです」

 ハリー先生が緑色の髪をした男の子を連れて来た。


「・・・・・・」

 男の子は不満タラタラの顔で明後日の方向を見て私と目を合わせようとしない。

 私はその男の子の顔にどこか見覚えがあった。

「ジョージ、メアリー様にご挨拶を」

「・・・・・・ジョージ・ジョンソンだ」

 ハリー先生に促されてジョージはそっぽを向いたまま挨拶をした。

 私はジョージ・ジョンソンと言う名を知っている。

 なぜなら、ジョージは『true heart』の攻略キャラの一人だからだ。

「なんだジョージ、その態度はっ!?」

「・・・・・・別に」

 ジョージは父親であるハリー先生に怒られていたが歯牙にもかけなかった。

 なぜジョージがこんな風になったのか、私はもちろん知っている。

 ジョージは次男で家督を継げないから腐っているのだ。

「申し訳ありませんメアリー様。私の息子が失礼な態度を・・・・・・」

「いえ、お気になさらないで下さい。ジョージも私と勉強しに来たのでしょ?」

 この世界では家督を継ぐのは長男だと相場が決まっている。

 次男以降の男の子はそのスペアで男の子が居ない家の婿養子になる。

 必然的に親の期待は長男に向けられる。

「来たくて来たわけじゃねぇよ。無理矢理、連れてこられたんだよ」

「こらジョージ!メアリー様に向かってなんて口の利き方をっ!?」

「はいはい。すみませんね」

 ジョージは口では謝っていたが、全然心がこもっていなかった。

 彼としては私と勉強させられるのは甚だ不本意なのだろう。

 先生としては私の存在がジョージの刺激になればと思ったのだろうが。

「大変申し訳ありませんメアリー様。やはりジョージは今から連れて帰り・・・・・・」

「いえ、是非このままで」

 私はジョージが見ていられなくなってそう言ってしまった。

 私も前世で姉が居て、小さい頃の私は姉の陰に隠れるようにして生きていた。

 私はジョージの気持ちが分かるような気がした。

「勝手に話を進めるなよ。女のくせに」

「あら?ジョージ様は女の子から逃げるの?男の子のくせに?」

 私はわかりやすくジョージを挑発してみた。

「誰が逃げるだって!?良いぜ、やってやるよ!!」

 ジョージはあっさりと私の挑発に乗った。五歳児って煽り耐性ゼロだしね。


「さあ先生、授業を始めましょう」

「親父!早くしてくれ!!」

 私とジョージは机を並べてハリー先生の授業を受ける事にした。

 私の挑発が効いたのかジョージはやたら鼻息が荒かった。

 ゲームの時よりも短気な気がするわね。子供だからかしら?

「ジョージがこんなにもやる気に・・・・・・やはり連れてきて正解だった」

 ハリー先生はジョージの対抗意識に火が着いた事が驚きのようだ。

 それだけ、普段からジョージに手を焼いているのだろう。

 先生には普段からお世話になってるし、私も一肌脱ぎますか。

「では、今日から新しく『割り算』を教えます。二人とも良いですね」

「なんだか知らねぇがとっとと始めてくれっ!!」

 ジョージが私の方をメチャクチャ見てくるんだけど?

 まさか、私と張り合う気?どうしよう?割り算とか朝飯前だよ?

 わざと負けた方が良い?

「気合いを入れるのは良いが空回りしないようにな」

 ハリー先生は黒板に四つのリンゴを描いた。まさか、これって・・・・・・

「ここにリンゴが四つあります。ではメアリ様とジョージで分けたら一人何個か?」

 やっぱり思ったとおりだったぁぁぁ。そりゃそうだよね、小学生だもん。

 私が考えるのもアホらしいからどうしようかと思っていたら

「答えは二つずつだ!!」

 隣のジョージが元気よく答えた。

「ほう、ジョージよく答えられたな。正解だ」

「よしっ!」

 ジョージは嬉しそうにガッツポーズを小さくしてから私の方を見た。

 何?あの勝ち誇ったような顔は?まさか今ので勝ったつもりなの?

「では、今度は少し難しくなりますよ?」

 ハリー先生はジョージがやる気になった事がたいそう嬉しいらしく上機嫌だ。

 まあ、ジョージとハリー先生が満足ならそれで良いんだけど・・・・・・

 授業は続き、ジョージは私という当て馬の効果で奮励努力した。

「では、この小テストでお二人の理解度を測ってみましょう」

 ハリー先生は今までの単元をおさらいする小テストを私たちに配った。

 内容としては『加減乗除を組み合わせた算数のおさらい』と言った具合だ。

 こんなの見た目は子供、頭は大人の私には簡単すぎて何でもない。

 私とジョージはハリー先生の合図で同時に問題を解き始めた。

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