第9話

 テスト開始から約十分後。

「お二人ともお疲れ様でした。それでは採点しますね」

 ハリー先生が私たちから解答用紙を回答すると手際よく採点を始めた。

 私からしたら手応えを感じるとか以前の問題ばかりで考えるより手が動いていた。

 それよりも気になるのは隣で勝ち誇ったような顔でこっちを見ているジョージだ。

「お前、自分の事を神童とか言ってるんだってな?」

「・・・・・・自分でそのような物言いをした事は御座いません」

 小テストの前はジョージが一方的に先生の出す問題に答えていた。

 私はどうせジョージが答えるからと彼に任せていただけだ。

 だが、それがジョージには私が長考しているように見えたのだろう。

「でも、神童って呼ばれるのも今日までかもな?」

「別に私はそれでも構いませんよ?」

「ハッ!強がり言いやがって」

 いや、本当に神童とか呼ばれなくて問題ないんだけど?

 むしろ周りの大人たちをだましてるみたいで申し訳ない気分だったんだけど?

 まあ、ジョージが神童って呼ばれたいなら別にそれで良いんじゃない?

「さあ、採点が終わりましたよ」

「親父、早くしてくれよ!」

「父上と呼びなさい!全く、そんな言葉遣いでは社交界デビュー出来んぞ?」

 ハリー先生は重ねられたテスト用紙の一枚目の点数を読み上げた。

「ジョージ、八十五点だ」

「なっ!?嘘だろ親父!俺は完璧に答えたはずだぞ?」

 発表された点数にジョージは不満の様子だった。

 八十五点だったら上出来じゃない?少なくとも高校時代の私の点数よりは。

「計算の順番を間違えてる。かけ算割り算を先にしろと教えたはずだろう?」

「・・・・・・くっそ!」

 ああ、確かにあそこでつまづく子は結構居るよね。

 たまに大人でも間違えてる人が居るくらいだしそこは仕方がないよ。

 そんな風に私が考えながらジョージを見ていたら、ジョージが見返してきた。

「・・・・・・へっ!どうせお前も間違えてるんだろ?勝負は引き分けだな」

 いや、ごめん。間違えてない。大人げないけど完璧な回答をしちゃった。

 私が間違えていると勝手に決めつけているジョージは笑っている。どうしよう。

「ジョージ、勝手に相手が自分と同じ間違いをしていると決めつけるな」

 ハリー先生は二枚目の解答用紙を読み上げた。


「メアリーお嬢様、百点満点で御座います。いつもながら素晴らしい」

「・・・・・・なん・・・・・・だと・・・・・・!?」

 ジョージは信じられないと言う目で私を見ていた。いや、ごめんジョージ。

 子供が大人に勝てないなんて当たり前だよ。ジョージはよく頑張ったよ。

「ジョージもよく頑張ったが、詰めが甘かったな。これからも精進するように」

 ハリー先生の言葉はジョージに届いていなかった。

 女の子に負けたと言う事実がジョージにのしかかっていた。

「・・・・・・なんだよ。なんだよこんなものっ!!」

 敗北を受け入れられないジョージは走って部屋から出て行ってしまった。

「ジョージ!」

 ダメだ、今のジョージを一人にしちゃ。

 そう思った私はジョージの後を追っていた。

「着いて来んな!女のくせに!」

 ジョージは走って外に出てしまったが、私だってまかれるわけには行かない。

 私はロベルタに鍛えられた体力でジョージを追跡した。

「ハァッ!ハァッ!!なんて女だ!!!」

 ジョージは確かに男の子だ。普通なら私が追いつけるはずがない。

 だが、私だって毎日毎日ロベルタに走らされているのだ。これくらいわけない。

「待ちなさい!ジョージ!!」

 私はジョージをシーモア邸の庭の隅へと追い込んだ。

 そこは大きな樫の木が生えていて私が隠れて剣の稽古をする場所だ。

「ハァーッ!ハァーッ!!くそ!!!」

 ついにジョージの体力がつき、樫の木の手前で止まった。

 私も息が上がっていたがなんとかジョージに追いついた。

「・・・・・・ジョージ」

 私がジョージに触れようとした時、ジョージが泣いていることに気がついた。

「くそっ!くそっ!!何でだよ!?」

「・・・・・・ジョージ」

「なんで俺は勉強でも運動でも女に負けるんだよっ!?」

 それを聞いた私の身体は既に勝手に動いていた。

 私の右手はジョージにビンタをしていた。

「何すんだよっ!?」

「甘ったれないでジョージ!」

「なっ!?」


「ジョージが私に負けたのは普段の努力を怠ったからでしょ!?」

 私は柄にもなくジョージに説教をしていた。

 上から目線でものを言うなんて好きじゃないけど、言わずには居られなかった。

 この子を誰かが正さなくちゃいけないと感じていた。

「お前の何が分かるって言うんだよ!何も知らないくせに!」

「知ってるよ!ジョージは次男で家督を継げない事を気にしてるんでしょ!?」

「・・・・・・お前、なんでそれを・・・・・・」

「ハリー先生に教えてもらった」

 ごめん、本当は前世でジョージのルートを攻略したから知ってるの。

 ハリー先生は私に自分の家庭の事情なんて一言も話してないの。

 でも、今は嘘をついてでもジョージを説得しなくちゃいけない時なの。

「あのバカ親父め!こんなやつに・・・・・・」

「ハリー先生はジョージの将来を心配してるよ?」

「お前に運命に逆らえないやつの気持ちが分かるのか?」

「分かるっ!」

 私だって死の運命に逆らおうと必死なのよ!?

 このままじゃ私は殺されるか国外追放なのよ!? ジョージにその怖さが分かる?

「でもジョージは運命を言い訳にして逃げてるだけでしょ!?」

「・・・・・・違げぇーよ!俺は期待されてないんだ!!」

「だから何っ!?」

「えっ?」

「期待されてなかったら頑張らなくても良いの?違うでしょ!?」

 誰かに理由を求めるなんておかしい。理由は自分で見つけるべきよ。

 そうじゃないと自分の人生じゃなくなっちゃう。

「ジョージの事を一番見限ってるのはジョージ自身でしょ!?」

「・・・・・・そんな・・・・・・事は・・・・・・」

「逃げないでジョージ!最後まで見苦しく足掻かないと!」

「・・・・・・だって・・・・・・俺は・・・・・・」

「だってじゃない!一人で立てないなら私が手伝ってあげるから」

 私もロベルタが居てくれなかったらこうなっていたかもしれない。

 そう思ったら私はジョージに手を差し伸べずには居られなかった。

 立場も性別も背負うものも違うけど、私はジョージにシンパシーを感じていた。

「・・・・・・本当に、手伝ってくれるのか?」

「もちろん!ジョージが自分の足で立てるようになるまで何度でも」


 それからジョージは自分の抱えるコンプレックスについて話してくれた。

 ジョージの家は侯爵家でお父さんのハリーの跡はお兄さんのトーマスが継ぐらしい。

 そのため、お父さんやお母さんの目はトーマスにばかり行っている。

 そのせいでジョージは自分は期待されていない子だと感じているらしい。

「お前だってそうだろ?女がどんなに頑張ったって何もさせてもらえないんだ」

「まあ、そうね」

 この世界は女性の社会進出が著しく遅れていて、女性は家を守るのが仕事だ。

 オリバーお父様も私が女じゃなかったら大人物になっていただろうとぼやいていた。

「それにお前はエドワードの婚約者だろ?何もしなくても人生約束されたものだろ?」

「・・・・・・まあ、確かにそうね」

 まあ、何も知らなければ私の人生は『玉の輿』に乗った勝ち組人生だ。

 お金持ちで顔も良くて地位だってある王子様との結婚が私を待っている。

 そういう風に見えるのは当然と言えば当然だ。

「それがなんで剣の稽古やら勉強やらをするんだ?」

「あのねジェームズ、女の子がみんな『白馬の王子様』に憧れてるとは限らないの」

 私だって子供の頃はおとぎ話に出てくるシチュエーションに憧れた。

 強くてかっこいい王子様が優しきくて美しいお姫様と結ばれる。

 でも、この世界ではそれは私の役割ではない。それはジェニファーの役目だ。

 このままでは私を待っているのは『断頭台』なのだ。

「・・・・・・そんなものなのか?俺はてっきり・・・・・・」

「私は自分の運命は自分で切り開きたいと考えてるの」

 例え私が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したとしても、運命に従う気はない。

 見苦しくもがいて足掻いて絶対に生き残って見せる。

 それが貴族の地位や財産を失うとしてもだ。

「・・・・・・自分の運命・・・・・・か」

 私の話を聞いたジョージは噛みしめるようにその言葉をつぶやいた。

 私からしたらジョージなんて恵まれているくらいだ。

 少しは私の気持ちが伝わっていると良いのだけれど・・・・・・

 私はジョージが落ち着いたのを確認してから、ハリー先生のところへ送り届けた。

「おい」

「何?」

「お前を超えて良いのは俺だけなんだからな。それまで誰にも負けるなよ」

「ええ、いつでも受けて立つわ」

 それからジョージは足繁くシーモア邸に通うようになった。

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