第10話

 それは突然の出来事だった。

 私がいつものようにジョージと一緒にハリー先生の授業を受けていた時の事だった。

「エドワード様、困ります!」

「通して下さい!私はメアリーに会いに来ただけなのです!!」

 急に廊下の方が騒がしくなって、私の集中は途切れた。

 なんだろう?今日は誰かが来るとか聞いてなかったと思うけど?

 騒がしさは廊下を移動して私たちの方へと近付いて来た。

「メアリー様っ!」

「エ、エドワード様!?」

 私は部屋に入って来たエドワードを見て驚いた。

 だってエドワードが訪ねてくるなんて私、聞かされてないからね。

 エドワードは私と机を並べるジェームズを見ると突然怒りだした。

「どう言う事ですか?ジョージ、これは?」

「あ?『これは』ってどれのことだよ?」

 突然部屋に入って来たエドワードにジョージは不満をあらわにした。

 普段でさえ険のある言い方をするのに、さらに刺々しい言い方になっている。

 そりゃあ勉強してるところにいきなり乱入されたらムカつくでしょうね。

「とぼけないで下さい!ここで何をしているのかと訊いているのです!」

「見りゃ分かるだろ?勉強してんだよ、勉強」

 ジョージは机に広げられたテキストをエドワードに見せた。

 何?エドワードは何に対して起こってるの?なんでここまで来たの?

 もしかしてジョージと何か約束でもあったの?

「勉強の事を訊いているのではありません!なぜメアリーと一緒に居るのですか!?」

「ここはメアリーの家だろうが。コイツが自分の家に居て何がおかしい?」

 そう言いながらジョージは私を親指で指さした。

 まあ、ジョージの言う通りね。私が私の家に居るなんてごく当然の話だわ。

 だが、エドワードはその説明では納得できない様子だった。

「ではなぜジョージはメアリーの家に居るのですか!?説明して下さい!!」

「コイツの家庭教師が俺の親父だからだろ?俺たちは一緒に勉強してんだ」

 ジョージは面倒くさそうに説明していく。

 そこまで邪険に扱わなくても良いんじゃ?

「分かったらとっとと帰れ。王子サマ」

 ジョージはまるでハエでも追う払うかのようにエドワードに手でジェスチャーした。

 いくら何でも相手は第一王子だよ?それは不味いんじゃ?


「・・・・・・」

 エドワードは黙ってジョージをにらんでいた。あれ、滅茶苦茶怒ってるよ。

 拳なんか硬く握ってるし、まさかジョージに酷い事しないよね?

「そうですか。良く分かりました」

「そうそう、王子サマは聞き分けが良くなくっちゃ・・・・・・」

 ジョージは勝ち誇った顔でエドワードの事を見ている。

 え?ジョージとエドワードは何でこんなに言い争いをしてるの?

 ジョージのあの勝ち誇ってような笑みは何なの?

「私もここで勉強する事にします。私の机を持ってきて下さい」

「あ!?何、勝手なこと言ってんだよ!お前は消えろよ!!」

 え?エドワードまでここで勉強するの?王城でも勉強出来るでしょ?

 それに今度はジョージが怒り出しちゃったし、この二人って何なの?

 仲が悪いのかな?でも、だったらエドワードがここで勉強する意味は?

「何か不都合でも?」

「テメーが居たら気が散るって言ってんだよ!」

 ジョージはエドワードの事を追い出す気満々だ。まあ、気持ちは分かるよ。

 確かに、ジョージは粗暴な割に繊細な男の子だ。それは私もよく知っている。

 エドワードが近くに居たら気になるのかもしれない。

「お気になさらずに。私はあなたの反対側に行きますから」

 そう言うとエドワードの机が私を挟んでジョージの反対側に設置された。

 確かに、この位置なら少しはマシかもしれない。

 でも、ちょっと待って?何か気になる事があるんだけど?

「あの、エドワード様?」

「エドワードで良いですよ。メアリー」

 え?急にどうしたの?なんでいきなり呼び捨てにするの?

 あ、私たちって一応は婚約者だからね。様付けじゃよそよそしいものね。

 王子様を呼び捨てにするなんて、ちょっと気が引けるけど・・・・・・

「あ、はい。エドワード、あなたって私たちより先を勉強してるんじゃないの?」

「気にしないで下さい。復習は大切ですから」

「はっ!白々しいにも程があるぜ。王子サマ」

 反対側からジョージの声がエドワードを非難した。

「さあ、ハリー先生。授業を続けて下さい」

「え?あ、はい。エドワード王子がそれで良いとおっしゃるなら・・・・・・」

 こうして私たち三人は机を並べて勉強する事になった。


 一応、授業は始まったのだけれどなんだか妙な空気に包まれていた。

 ここまでピリピリした空気は中学校三年生の時くらいしか経験した事がない。

「えーでは、本日は国語の授業をしたいと思います」

 ハリー先生もいつもより少し緊張している様子だ。

 王国の第一王子が授業に参加してたらそりゃ緊張もするでしょうね。

 私はエドワードが居ても特に緊張とかはしないけれど。

「ではテキストの三十二ページから音読していただこうかと思います」

 私が教科書の三十二ページを開くと、チョッキを着たカエルが二匹描かれていた。

 まさか、このお話はあの有名な!?いや、間違いないこれは・・・・・・

「では、エドワード王子。読んで下さい」

「はい」

 エドワード王子は作品のタイトルを読み上げた。

 タイトルは私の予想した通りだった。まさか、この世界でこのお話があるとは・・・・・・

 カエル君とガマ君の友情の物語が三人によって音読された。

「はい、三人ともとても良く出来ました。特にメアリー様は情感たっぷりでした」

「あ、あはは・・・・・・」

 私は笑ってごまかすしかなかった。

 だって、二十一のオタクが小学生みたいな読み方が出来る?無理だよ?

 数多の作品の同人誌を生み出した私にとって感情移入など簡単だった。

「さて、ここで問題です。ガマ君はなぜカエル君にお手紙を書いたのでしょうか?」

 そんなのガマ君が手紙を待ってるカエル君の想いに応えてあげたかったからでしょ?

 私からすればごく簡単で一瞬で分かる問題だ。

 だが、両隣の二人はそうではないらしい。

「手紙・・・・・・手紙ねぇ・・・・・・何か深い意味が?」

 エドワードは手紙に何か深い意味があると思っているらしく黙り込んでいる。

 手紙そのものには大した意味はないと思うよ?

 問題なのはカエル君が手紙を欲しがってたってところだと思うよ?

「分かった!あの手紙には暗号が書かれてるんだ!!」

 ジョージは手紙に謎が秘められていると思ったらしい。

 何でエドワードはジョージの回答を聞いて悔しそうにしてるの?全然違うからね?

 手紙には作品で語られてる以上の事は書かれてないからね?

「ジョージ、残念だが手紙の内容は教科書に書かれていることだけだ」

「くっそぉ・・・・・・!」

 本気で思ってたんかい、アンタは。


 そんな感じで私は小学生二人に挟まれながら授業を受けた訳だが。

 なぜか二人が左右からやたらと声をかけてくる。

「しかし、先程の朗読。素晴らしかったですよメアリー」

「いえ、それほどでは・・・・・・」

「いえいえ、謙遜する必要はありませんよ。流石は私の婚約者です」

「いやだわ、エドワードったら」

 婚約者が何の関係があるの?読むのが下手だったら婚約破棄してもらえるの?

 だったらわざと棒読みすれば良かった。

「婚約者は関係ないだろ?王子サマ」

「おやジョージ、居たんですか?」

「さっきからずっと居るだろうが!喧嘩売ってんのか!?」

「ただの冗談よジョージ。エドワードも本気じゃないわ」

 私の前世の記憶ではエドワードとジョージが仲が悪かった印象は薄い。

 むしろ二人は作中ではほとんど接点がないくらいだった。

 私が知らないところでこんなやりとりがされていたなんて意外だわ。

「メアリー。さっきからお前、漢字ばっかり書いてるけど漢字が得意なのか?」

「え?あ、うん。そうなの!私、漢字が好きなの!」

 しまった、いつもの癖が出てしまった。

 小学生のジョージやエドワードはひらがなを多く使う。

 それに対して、中身が大人の私は漢字を普通に使いこなす。

「・・・・・・そうなのか。俺も負けてられないな」

「ジョージにはジョージのペースがあるから無理しなくて良いんだよ?」

「いいや、俺はお前を超えるって約束したんだからな。俺も漢字を練習する!」

「・・・・・・メアリーとジョージはどう言う関係なんですか?」

 エドワードがいぶかしげに私に尋ねてきた。そんなに変な会話してたかな?

 尋ねてきたエドワードの顔には焦りのようなものが浮かんでいた。

 こんなに余裕のないエドワードは野犬に襲われてるのを助けた時以来だ。

「え?私たちはただの・・・・・・」

「俺たちはライバルだ!俺はいつかメアリーに男と認められるんだ!!」

「何ですってっ!?」

 エドワードがジョージの言葉を聞いてはじかれたように立ち上がった。

「メアリー、それは本当なのですか?ジョージを男と認めるというのは!?」

「・・・・・・えーっと、色々と事情がありまして・・・・・・」

 なんて説明したら良いの?ジョージの体面を潰すわけにも行かないし。

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