第7話

 その頃、王城では

「全く、衛兵は何をしていたのだ!?王子とメアリー様を危険にさらしたのだぞ!?」

「それが、通行人を含めて誰一人としてお二人の姿を見ていないと・・・・・・」

「言い訳など聞きたくないっ!全く皆たるんどる」

 衛士長が副長を怒鳴りつけていた。

 エドワードとメアリーが失踪した事件は王城中に知れ渡っていた。

「副長を責めないで下さい。この件は私の失態です」

「エドワード様。今回の件、まことに申し訳御座いません。責任は私自ら・・・・・・」

「いえ、そんな事はなさらないで下さい!一応、誰も傷つかなかったのですから」

「寛大なお言葉、まことに痛み入ります。流石は第一王子であらせられる」

 衛士長は部下と一緒に深々と頭を下げた。

 五歳のエドワードに頭を差し出すのだから、そのお辞儀はかなり深かった。

 エドワードはそれを慌てて止めた。

「しかし、エドワード様の勇気には私も感服いたしました」

「え?」

「また謙遜を。聞いていますぞ、メアリー嬢を野犬から守ったとか」

「あ、ああ。その事ですか。男として当然の事をしたまでですよ」

「全くおっしゃるとおりです。男は強く勇敢でありませんとな!」

 衛士長は豪快に笑って見せたが、エドワードの笑いはぎこちなかった。

 エドワードはまるで逃げるかのようにその場を後にした。

「それでは僕・・・・・・私はもう休みますね」

「はっ!警護は我々にお任せを。もう二度と失態は演じません!」

 衛士長に軽く挨拶をしたエドワードは寝室へと逃げ込んだ。

 バタンッと言う扉が閉まる音を確認してからエドワードはため息をついた。

「まさか、護られたのが僕の方だなんて知られたら皆ビックリするだろうな」

 そんな事を言いながらエドワードはメアリーの背中を思い出していた。

 自分よりも二歳も年下で、しかも女の子なのにあの背中は頼もしかった。

 自分を情けなく感じるよりも、素直に『かっこいい』と思った。

「面っ!胴っ!」

 エドワードは自分以外誰もいない部屋でメアリーのまねをした。

 彼はメアリーに『憧れ』にも近い感情を抱いていた。

 彼女のそばに居たい、そう思ってメアリーを婚約者にした。

「今度は僕が君を護ってみせるからっ!」

 彼の決意を聞く者は居なかった。


 エドワード王子とメアリーが婚約者関係になってから三日たったある日。

「お願いしますっ!」

 メアリーの勇ましい声がシーモア邸の中庭に響いた。

「渋っていた割には良い声ですね、お嬢様」

「もう、覚悟を決めたから」

 そうだ。こうなってしまった以上、残された道は少ない。

 とにもかくにもエドワードとジェニファーの恋路を邪魔してはいけない。

 そして、絶対にエドワードを刺してはいけない。

「さあ、ロベルタ!稽古を初めてちょうだい!!」

「そうですね。では、まずはお嬢様から打ち込んで来て下さい」

 そう言うとロベルタは素手のまま構えた。

 あの、私こう見えても剣道で部長よりも強かったんですけど?

 竹刀か木剣かの違いはあるけど、私が本気で打ち込んだら怪我するよ?

「さあ、お嬢様。遠慮はいりません。お嬢様の実力を見せて下さい」

「・・・・・・じゃあ、行くよ?」

 まあ、いきなり本気出したらロベルタもビックリするだろうから軽めに行こう。

 そう思いながら私はロベルタに軽めに打ち込もうとした。

 しかし次の瞬間、私はロベルタに組み伏せられていた。

「・・・・・・へ?」

「油断しましたねお嬢様。相手はメイドだから自分の方が強いはずだと?」

 ロベルタは後ろ手に私の手を取っているから表情は見えなかった。

 だが、その静かな声に怒気が込められているのはすぐに分かった。

「今度こそ『お嬢様の実力』を見せていただけますね?」

「・・・・・・うん、分かったわ」

 ロベルタは訊ねてきたがそれはかたちだけだった。

 実際は『今度ふざけたまねをしたら承知しない』と命令してきていた。

 正直、今のロベルタがどんな表情をしているか知りたくない。

「さあ立って下さい。お嬢様」

 普段だったらロベルタは私が立ち上がるのを手伝ってくれる。

 だが、今のロベルタはそんな素振りは全く見せない。

 今の私たちは『メイドと公爵令嬢』ではなく『師匠とその弟子』の関係なのだ。

「・・・・・・今から私の本気を見せるわよ?ロベルタ」

「ええ、いつでもどうぞ」

 私はロベルタに前世で身につけた剣技のすべてを披露した。


「ぜぇっ!はぁっ!!」

 何で?何でなの!?

 ロベルタは素手で私は武器を持ってるのに何で一本も取れないの?

 ロベルタと私で何が違うの!?

「お嬢様、今日はこれくらいにしておきましょう」

「そんなっ!?私はまだやれるわ!!」

 私は肩で息をしながら木剣を構え直した。

 木剣の重さが、稽古を始めた時の十倍くらいに感じられる。

 身体が酸素を求めて肺が破れんばかりに呼吸をしていた。

「いいえ、お嬢様の身体は既に限界です」

「そんな事は・・・・・・っ!」

 私はロベルタに挑みかかろうとしてこけた。

 その時、ようやく私は自分が気力だけで立っている事に気がついた。

「お嬢様は大変よく頑張られました。ですが、今日はこれまでです」

 ロベルタはこけた私の近くに駆け寄って、立ち上がるのを手伝ってくれた。

 それは稽古の終了を意味する合図だった。

 私もロベルタに顔を拭われながら、おとなしく従う事にした。


「お嬢様の剣術は前世で習得された業ですか?」

「そう、剣道って言う割とメジャーな武術よ」

 ロベルタはお風呂で私の髪を洗いながら訊ねてきた。

 汗まみれ泥まみれの姿なんて他の人には見せられないでしょ?

 私は仮にも公爵令嬢なんだから。

「剣道・・・・・・それは実剣で戦うのですか?」

「まさか、竹刀って言う竹で出来た刀でするのよ」

 まあ、中には本物の刀を使う人も居るらしいけどそれは趣旨が違うから。

 少なくとも私は刀なんて博物館で展示されてる物を見た事しかないわ。

「なるほど、つまり『武術』と言うよりも『武道』なのですね」

「・・・・・・違う物なの?その二つって」

「ええ、厳密のはこの二つは違います。武道とは『礼儀作法や精神修養』が目的です」

「じゃあ、武術は?」

「相手を制圧、もしくは殺傷する事が目的です」

「・・・・・・じゃあ、私はこれから『武術』を学ぶって事?」

「はい、時間は限られますがわたしで教えられる限りの事をお教えします」


 メアリーの身支度を済ませたロベルタはシーモア邸の庭の一角に居た。

 そこはさっきまでロベルタがメアリーをしごいていた場所だ。

 ロベルタはそこに落ちていた木剣を拾って注意深く観察した。

「・・・・・・見たところ普通の安物の木剣か」

 ロベルタは木剣を両手で持つと、力を加えた。

 木剣は「バキッ」と音を立てるとあっけなく折れた。

 町で二束三文で売ってあるおもちゃ同然の代物のようだ。

「やっぱりただの木剣か」

 ロベルタは折れた木剣の断面を見ながらつぶやいた。

 彼女には腑に落ちない点があった。

 メアリーに稽古をつけている時、彼女は木剣を折ろうとした事が数回かあった。

 稽古を切り上げてメアリーを休ませようと考えたからだった。

「なぜ、お嬢様がお使いになっていた時はあんなにも・・・・・・」

 だが、木剣は見た目とは裏腹に驚くくらいに強固だった。

 そのせいで、メアリーがヘトヘトになるまで稽古を終わらせられなかった。

 ロベルタはなぜ木剣が折れなかったのかが気になっていた。

「・・・・・・お嬢様の使い方ではこんな安物があんなにもつとは思えない」

 武術の達人ならば自分が使う武器の能力を限界まで引き出す事が出来る。

 例えそれがその辺に落ちていた木の枝であってもだ。

 しかし、メアリーは達人とはほど遠い。たとえ剣道を修めていたとしてもだ。

「これは、少し調べる必要があるようですね」

 ロベルタは木剣の残骸を抱えるとシーモア邸の方へと歩き出した。

 メアリーのために新しい木剣を用意しなくてはいけない。

「・・・・・・それに『あのこと』も気になりますし」

 ロベルタが気にしているもう一つの事とはメアリーの食欲の事だった。

 メアリーから『エドワードを助けた後、急にお腹がすいて倒れた』と聞いた。

 そして今、食堂に居るメアリーも食欲旺盛だ。

「いくら激しい運動の後だからって、倒れるほど空腹になるものでしょうか?」

 ロベルタはメアリーの付き人だから、彼女をつぶさに見てきた。

 普段のメアリーは、いたって普通の五歳の女の子の食欲しか持たない。

 しかし今、食堂に居るメアリーはまるで育ち盛りの男の子のように食べる。

「お嬢様、あなたは一体何者なのですか?」

 ロベルタは空を見上げてぽつりとつぶやいた。

 だが、その問いに答える者は誰も居なかった。

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