第6話

「メアリー様?メアリー様?」

 私を呼ぶアンの声で私は目を覚ました。

「……う~~ん」

「メアリー様、気が付いたのですね?」

「……アン?」

 私が気が付くと、そこは豪華な寝室だった。

 あれ?私、エドワードを王城に連れて帰ろうとしてたはずなんだけど?

 途中から思い出せないんだけど。

「そうだっ!?エドワード王子!!」

「どうなさったのですか?メアリー様?」

「アン!エドワード王子はどうしたの!?確か私と一緒に……」

「ちゃんとここに居ますよ?」

「あ!?エドワード……王子!?」

 私が声の方を向くとそこには着替えたエドワードが立っていた。

 って言う事は私たちはあの後、王城にたどり着いたって事?

 でも、何で私の記憶が途中から無いの?

「お嬢様、覚えていらっしゃらないのですね」

「え?」

「空腹で倒れたお嬢様をエドワード王子が背負って連れて来て下さったのです」

「え?そうだったの!?」

 私がエドワードの方を見たら、エドワードはバツが悪そうに脇の方を見ていた。

 おそらく『私がエドワードに助けられた』と言うかたちになっているのだろう。

 まあ、実際ここまで運んでくれたのはエドワードなのだが。

「あ、ありがとうございます。エドワード様」

「いえ、当然の事をしたまでですよ。メアリー様」

 やっぱりエドワードは私に助けられた事を秘密にしたいようだ。

 確か、男の子が女の子に助けられるなんて何とかって言ってたし。

 それにしても何で私、お腹が空いて倒れたりしたのかしら?

 エドワードが何か言ってるけどガス欠で頭が回らない。

 ちゃんと食べたはずなのにまるで部活の後みたいにお腹が空いている。

 大した運動したわけじゃないんだけどな?なまってるのかな?

「メアリー様、それでよろしいでしょうか?」

「え?あ、はい。それで構いませんよ」

 頭が回っていなかった私はエドワードの提案を良く聞きもせずに承諾してしまった。


「そうですか!?それは良かった」

 エドワードは私の反応を見てたいそう安心した様子だった。

 え?私は何の提案をされたの?もしかしてまずい事言った?

「……あ、あの……!?」

「それでは私はこれで失礼しますね。ゆっくりお食事を楽しんで下さい」

 エドワードと入れ替わりで、食事が部屋の中に運び込まれて来た。

 流石は王城の料理、シーモア家もすごいがこれもとてもおいしそうだ。

 それを見た途端、私のお腹の虫が催促して来た。

 まあ良いか、食べ終わった後にアンから聞こう。

 そう思い、私はとりあえずお腹を満たす事にした。


「で、エドワード王子と婚約してしまったと言う事ですか?」

「だ、だってお腹が空いて話が全然頭に入って来なかったんだもの!」

 シーモア家の屋敷で事の顛末を聞いたロベルタが呆れ顔でため息をついた。

 そりゃあ私だってうかつだとは思ったけど、あんなタイミングで婚約申し込むか?

「そもそも、エドワードが悪いのよ!私が意識朦朧なのを良い事に……」

「エドワード様は正面から婚約を申し込んでいるではないですか……」

 ロベルタは額を抑えてまたもやため息をついた。

 そんなに何度もため息をしなくたって良いじゃない!?

「ロベルタ!どうしてこんな事になったの!?」

「お嬢様がエドワード様を助けたからでしは?」

「そんな事、言ったって二十一が7歳に助けてもらうわけには行かないでしょ!?」

「少なくとも、この世界では5歳の女の子は7歳の男の子を棒で助けたりはしません」

「ぐっ!」

 何も言えなかった。

 この世界では『男は強く、女は優しく』と言う固定観念が染みついている。

 まして相手はいずれ国を背負う王子なのだ。

 それが年下の女の子の影に隠れていたなんて噂が広まったらどうなるだろうか?

「今回の一軒でお嬢様はエドワード様の弱みを握った事になります」

「私、そんなつもりで助けたわけじゃないっ!」

「分かっております。それでもエドワード様はこの事を二人の秘密にしたいのです」

「だから婚約者にしたって事?」

「そうしておけば安心ですからね」

 つまり私は、エドワードを助けたばかりに破滅へと近づいてしまったと言うわけだ。


「これから私、どうしたら良いと思う?ロベルタ」

「そうですね。当初の予定が狂ってしまった以上、次善の策を講じるべきでしょう」

 第一プランが失敗した事で焦りと諦めがグチャグチャに渦巻いている私。

 それとは対照的にロベルタは軽く引くくらい落ち着いていた。

 私、死にかかってるんだけど?分かってるロベルタ?

「次善の策?」

「はい、お嬢様の話によればエドワード様はジェニファー様と恋仲になります」

 ロベルタには私が思い出せる限りの『前世の記憶』を伝えてある。

 そうした方が何かと便利だと思ったし、何よりも気持ちが楽だった。

 こんな突拍子もない事を信じてくれて本当にありがとう。ロベルタ。

「そうなの、それを私が邪魔するの。それで……」

「そこです」

「そこってどこ?」

 私は思わず聞き返してしまった。

 だっていきなり『そこです』とか言われたって何の事か分からないでしょ?

 もしかして、状況が理解出来てないの私の方?

「エドワード様とジェニファー様の恋路を邪魔しなければ良いのです」

「……確かに、それもそうね」

 ロベルタにそう言われて、私は合点がいった。

 メアリーが破滅するのはエドワードをジェニファーに奪われまいとしたからでしょ?

 だったら潔くエドワードをジェニファーにあげちゃえば良いのよ。

「そうだわ!そこさえ回避すれば……」

「しかし、エドワード様がジェニファー様と出会うのは今から十一年後……」

「……うん、そうなんだけどね」

 そこ言っちゃうよね、ロベルタは。

 だってジェニファーと出会うのはエドワードが十八歳の時の事なんだもん。

 その間、ずーーっと私はエドワードの婚約者をしなくちゃいけないんだよ?

「その間、何もしないで過ごすというのも落ち着かないと思うので私と……」

「ロベルタと?」

「剣の修業をしていただきます」

「はぁ?」

 このメイドは一体何を言ってるんだ?メイドと公爵令嬢じゃ剣の修業?なにそれ?

 これ、仮にも乙女ゲームの世界だよね?無双ゲームの世界じゃないよね?

 何で人と戦う術なんか身に着けようとしてるの?


「お嬢様はジェニファー様を排除しようとして処刑されてしまうのですよね?」

「そうなの。私がジェニファーをナイフで刺そうとしてエドワードを刺してしまうの」

 私の知るメアリーは物語の終盤でジェニファーに婚約者を奪われそうになってしまう。

 メアリーは宰相の父親の権力で無理矢理にエドワードの婚約者になっているのだ。

 だからエドワードはジェニファーに心変わりしてしまうのだ。

「ですから、これからわたしに剣の稽古を受けていただきます」

「だから何でっ!?そんな事したら余計に危ないんじゃないのっ!?」

 何でこのタイミングで『人を殺す術』を勉強しなくちゃいけないわけ?

 私にエドワードを確実に殺せっていいたいわけ?このメイドは!?

 あ、それともジェニファーを仕留めろって言いたいの?

「そんな事は御座いません。むしろお嬢様の刑を軽く出来るくらいです」

 しかし、ロベルタの回答は私の考えの斜め上を行っていた。

 ロベルタはニコッと笑うとさも当然のように言って見せた。

「一流の扱う剣は素人の扱う果物ナイフよりも人を傷つけません」

「何でそんなにハッキリ言えるの?ロベルタってメイドでしょ?」

 ついこの間まで、私はロベルタにわがままを言いたい放題言っていた。

 その時はロベルタの事を『私のおもり係』くらいにしか考えていなかった。

 しかし、私はひょっとしたら恐ろしい相手にわがままを言っていたのかもしれない。

「メイドにも色々あると言う事で御座います」

「何かロベルタの秘密の方が気になっちゃったんだけど・・・・・・」

 これ、訊いても大丈夫な事なのかな?

 少年漫画とかだとメチャクチャ強いメイドさんとか出てくるけど・・・・・・

 そう言えば『true heart』の売り文句に『人気漫画家起用』ってあったっけ?

「わたしの話は今はどうでも良いのです。問題はお嬢様です」

 ロベルタはピシャリと話題を戻してしまった。

 まあ、確かに今はロベルタの過去よりも私の未来の方が重要か。

 この話はまたいいつかするとして、今は『剣術の稽古』の話だ。

「・・・・・・今からでも婚約を破棄するって言うのはどうかな?」

「それはおすすめ致しません。お嬢様のお命が危険ですので」

「どうして私が命の狙われなくちゃいけないの!?」

「エドワード様はお嬢様の口止めために婚約者にしたのです」

「・・・・・・あっ!」

 そうか、私がここで婚約を破棄しちゃったら口封じをしなくちゃいけないんだ。

 結局、私はロベルタを先生にして剣術の稽古を受けることになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る