第5話

 それから馬車にしばらく揺られていたら

「お、見てごらんメアリー。あれが王城だよ」

「……あれが、王城ですか」

 結局、私はお父様からもお兄様からも有力な情報を得られないまま王城へ着いた。

 王城は流石は乙女ゲームと言うべきか『テンプレートな洋風のお城』だった。

 多分、こういう建築に詳しい人が見たらツッコミどころ満載なんだろうなぁ。

「わぁ、中はこうなってるのか……」

 城の中へと通された私たちは国王『ローランド8世』の待つ玉座の間へと向かった。

 様式は良く判らなかったが、中はきらびやかで贅を尽くした作りになっていた。

 公爵家の屋敷もかなり豪華な作りになっていたが、ここはそれよりも上のようだ。

「宰相シーモア公爵のおなりです、陛下」

「うむ」

 ローランド国王の前へと通された私たちは国王に挨拶をした。

 男性のお父様とお兄様はお辞儀をし、女性の私は『カーテシー』をした。

 カーテシーとは膝を少し曲げ、スカートの端をつまむあれの事だ。

「(あれが若い頃のローランドさんか……)」

 私が知るローランド国王は口にひげを蓄えた初老の男性だった。

 それに対して今、私の目の前にいるのはまだ若い金髪の男性だった。

 その隣には桃色の髪を伸ばした王妃である『クララ様』が座っていらっしゃる。

 そして、クララ様とローランド国王の間の小さい椅子に金髪の少年が座っている。

「(あれが子供の頃のエドワードね)」

 7歳のエドワードは愛らしさの残る児童でその顔には緊張の色が浮かんでいた。

 もし何も知らないで私が彼に出会っていたら、たいそう可愛がった事だろう。

 決して私はショタコンではないが、それくらいエドワードは愛らしかった。

「エドワード、メアリー様に王城を案内して差し上げなさい」

「はい、父上」

 私があれこれと考えている間に、エドワードへの祝辞は終わったらしい。

 これからは大人の難しい話らしく、子供の私たちは玉座の間から出されてしまった。

 お兄様は腹痛を訴えてトイレに行ってしまった。妙にタイミング悪くない?

「どうかされましたか?メアリー様」

「え?いいえ、何でもありませんわ」

「そうですか?では、参りましょう。メアリー様」

「……そう、ですわね」

 結局、私はエドワードと二人きりで王城を見て回る事になってしまった


「ここが庭園です。メアリー様」

「……はい、素敵ですね」

 実際、庭園は手入れが行き届いており素晴らしいものだった。

 王妃のクララ様のお気に入りの場所なだけあり、国屈指の庭園だった。

 だが、今の私にはそれを楽しむ余裕はなかった。

 だって、今この瞬間に自分の運命が決まるかもしれないのだから。

「どうかされましたか?メアリー様。先ほどから難しい顔をされて」

「いえ、何でもありませんよ」

 私は作り笑いをしてその場をやり過ごそうとした。

 今のエドワードに私の運命なんて言っても分かるわけないしね。

 そんな事を言って困らせてもかわいそうだし。

「もしかして、何か至らない点でも?」

「い、いえ!そうではないのです!!」

「……そうですか?」

 私が変な顔をしているせいで、エドワードにも気を遣わせてしまった。

 7歳の子供に気を遣わせるなんて二十一のやる事じゃないでしょ?

 何とかして話題を変えよう!

「はいっ!そんな事よりもクララ様がこの庭園に込めた思いなど聞かせて下さい」

「え?そ、そうですね。母はこの庭園を造る時に『迷路』をイメージしたと……」

「なるほど、だから先ほどから複雑に曲がりくねっているのですね!?」

「そうなんです。母はこの迷路をいかに難解にするか苦心したらしく、例えば……」

 そう言ってエドワードが垣根の一つを指さそうとするとそこに不思議な人がいた。

 その人は女性のような男性のようなどっちともつかない感じの人だった。

「……誰でしょう?エドワード様」

「分かりません。あんな方は王城で見た事がありません」

 私とエドワードが警戒していると、その人は微笑みながら手招きをした。

「……」

 あ、あれ?足が勝手に。

 その手招きで私とエドワードはまるで操られるかのようにフラフラと歩きだした。

 そしてその人について歩き、気が付くと庭園の外に出ていた。

「……あ、あれっ!?」

「メアリー様、ここは?」

 私たちは何と王城から離れた『貧民街』に立っていたのだ。

 何が起こったの!?


 探すとネズミの王国かと思うくらいデカかった王城が随分と小さく見える。

 いつの間にこんな遠くに来ちゃったの!?

 そう言えば、さっきの紫髪の人が居ない。

「……メアリー様、僕たちはいったい」

「だ、大丈夫ですよ。エドワード様」

 隣のエドワードの声が震えている。

 エドワードって弱気になると一人称が『僕』になるんだ。

 ワンッ!ワンッ!!

「!?」

 後ろにいたエドワードから視線を前に戻すと、野犬が二匹こっちをにらんでいる。

 どちらもあばらが見えるほど痩せていて、この犬が飢えている事が見て取れた。

 そして、犬の目の前には弱そうで旨そうな子供が二人居るというわけだ。

「メ、メアリー様!僕がお守りします!?」

 エドワードは泣きそうな顔で私と野犬の前に出た。

 そんな事、言っても腰が引けてるじゃない。武器も持ってないし。

 しかもあんたは王子様なんだよ?怪我したらどうするの?

「……ハァ~」

 私は傍らに落ちていた手ごろな木の棒を拾うと、エドワードの前に割って入った。

 こんな7歳の子供に二十一の大人が守ってもらってどうするの?

 怖いけど、ここは私が対処するしかないでしょ?

「……メアリー様?」

「ここはお任せください、エドワード様」

「で、でも女の子に男の子が助けてもらうなんて……」

 エドワードが何か言おうとしたが、私にはそんな事を聞いている余裕はなかった。

 なぜなら、野犬が私たちに跳びかかろうとして来たからだ。

 私は前世の記憶に従い、棒切れを正眼に構えた。剣道で良くやるあれだ。

「面っ!」

 私は先にやって来た犬の頭頂部を目掛けて棒を振り下ろした。

 棒は吸い込まれるように犬の頭蓋に当たり、犬は驚きのあまりキャウンと泣いた。

「胴っ!!」

 そして、私はそのまま次の犬の脇腹に棒切れを繰り出してあっという間に撃退した。

「どう!?まだやる?」

 犬は私に一喝されて、しっぽを巻いて逃げ出した。

 もし、同時にかかってきたらどうしようかと思った。十九を待たずに死ぬじゃん。


「メアリー様、これからどうするのですか?」

「とりあえず、衛兵の駐屯所を見つけましょう」

 メアリーはエドワード王子の手を引き、貧民街を抜け出そうとしていた。

 身なりの良い子供二人が貧民街に居たら、誘拐される可能性もある。

 一刻も早く衛兵を見つける事が賢明だった。

「大丈夫ですからね、エドワード王子。私が何とかしますから」

 メアリーはエドワードを安心させるために強がりを言って見せた。

 はたから見たら5歳の少女が7歳の少年を勇気づけているように見えた。


 そんなメアリーの姿を陰から見ている者がいた。

 それは先ほど、メアリーたちを誘導した『紫の髪をした人物』だった。

「……頑張りなさい『悲劇のお姫様』」

 そう言うと、紫の髪をした人物はその場を後にしようとした。

「……どういうつもりですか?アレックス」

「あら、ジャック・クラウド。来てたのね」

 紫の髪の人物『アレックス』の背後には『ジャック』と呼ばれる男性が立っていた。

 ジャックは四角い眼鏡をした知的な印象を与える長身の男だった。

「あなたのやっている事は『この世界』にとって余計な影響を与えるものです」

「ジャック、いつもお話が同じ展開をして同じ終わり方をしたら退屈じゃない?」

 アレックスはジャックの方を振り返らないまま彼と会話をした。

 アレックスの視線は王子の手を取り王城を目指すメアリーに向けられていた。

「退屈かどうかは私たちが決める事ではありません。すべては『観測者』次第です」

「観測者だって時には変わった趣向のものが見たいはずよ?」

 ジャックの声は静かなものだったが、その中に怒りが感じられる声だった。

 それに対してアレックスの声は飄々としていてジャックの主張を受け流していた。

「貴族のお嬢様が普通に王子と結ばれる展開なんて誰も見たくありません!」

「あら?それこそ私たちじゃなくて『観測者』が決める事でしょ?」

 アレックスの声はジャックの主張をあざ笑っていた。

「……とにかく、余計な真似は慎んで下さい。彼女は『イレギュラー』なのですから」

「……気が向いたらね」

「私はこれで失礼します」

 アレックスの気のない返事を聞いたジャックは不満そうに消えた。

 ジャックが消えた事を確認したアレックスはポツリと漏らした。

「特別な存在にはそれにふさわしい待遇が与えられるべきじゃない?」

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