第4話
「お嬢様、これからの身の振り方になりますが……」
「待ってっ!?」
私はロベルタが当たり前のように話を進めようとしているから驚いた。
いくら何でも、こんな突拍子もない事をあっさりと信じられる?
私だったら飲み込むのに少し時間がかかると思うのに。
「何でしょう?」
「……信じて、くれるの?」
「はいっ」
だが、ロベルタはさも当然のように今の状況を飲み込んでいるようだった。
まともな神経の持ち主だったら、こんな反応は絶対しない。
ロベルタの心臓ってどうなってるの!?
「私の事を『頭のおかしな娘』だとか思わないの?」
「もちろんです」
「……どうして?」
私はたまらず、ロベルタに尋ねた。
ロベルタは何をもって私をこんなにも無条件で受け入れてくれるのだろう?
私はロベルタにとって何なのだろう?
「わたしがお嬢様を信じなかったら、誰がお嬢様を信じるのですか?」
「……ロベルタ」
そこまで言われて、私の中の何かが決壊した。
心のダムから次々と感情があふれてきて、止められない。
私の双眸から熱い涙が堰を切ったようにブワッと出て来た。
「ロベルタぁぁぁあああ」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
私はロベルタに飛びつくと、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
こんなに泣いたのはいつ以来だっただろうか?
ロベルタは私を抱きしめると、頭を何度も撫でてくれた。
「怖かったんですよね、自分がどうなってしまうのか」
「そうなのっ!私、誰にも言えなくて怖かったのっ!!」
もしたった一人でこの運命を背負わなければいけなかったら、どうなっただろうか?
私が知るメアリーは十八歳で処刑されてしまう。
それが一日一日と近づいて来るのだから、刑を待つ死刑囚と変わらない。
そんな日々を送っていたら、きっと私の心は壊れてしまうだろう。
ロベルタはその運命を半分、引き受けてくれたのだ。
「落ち着かれましたか?」
「うん、ありがとう」
ひとしきり泣いて気持ちが落ち着いた私はロベルタと今後の話をする事にした。
きっと今の私、すごい顔になってるんだろうなぁ。
お母様たちになんて言おう。
「お嬢様、早速ですが今後についてお話ししなくてはなりません。よろしいですか?」
「……うん」
「気を強く持ってくださいお嬢様。まだ、未来は決まっておりません」
ロベルタは私に目線を合わせると、私の肩を強く握った。
そうだ、絶望している場合じゃあないんだ。何も今日死ぬわけじゃないんだ。
私にはやらなければならない事がたくさんあるんだ。
「お話によれば『エドワード様とジェニファー様の邪魔をして処刑される』との事でした」
「そうなの。私はジェニファーに婚約者のエドワードを盗られまいとして……」
私の知るメアリーはジェニファーに陰湿ないじめを繰り返し、最後は殺そうとする。
それを阻止しようとしたエドワードをナイフで刺してしまい、処刑されるのだ。
それはジェニファーがエドワードと恋仲になったからだ。
「でしたら話は簡単ですね」
「え?」
そこまで確認して、ロベルタは私に最も簡単な解決策を提案した。
「エドワード様と婚約を結ばなければよろしいのです」
「……それもそうね」
そうだ、最初からそうすれば良かったんだ。
設定では『メアリーが宰相の父親に頼んでエドワードの婚約者になった』とあった。
だから、それを回避すれば私は破滅せずに済むはずだ。
「そもそも、エドワードと会わなければ……」
「お嬢様、それは難しいかと思います」
そこまで言いかけた私の言葉を、ロベルタはさえぎった。
「どうして?」
「エドワード様はお嬢様の従妹にあたるお方です。会わないなんてとても……」
私の父、オリバーは国王の弟にあたる人だ。
つまり、国王の息子のエドワードとオリバーの娘の私は従妹になるのだ。
それを避けて生活するなんて、まず無理だ。
「それにお嬢様は明日、オリバー様と一緒に王城へ行かなくてはなりません」
「……あっ!」
「忘れていらっしゃったのですね」
「だ、だって今朝からいろんな事があってそんな余裕なかったし……」
あきれ顔のロベルタに私は必至でいいわけをした。
昨日の夜に思い出してさっきまでそれが前世の記憶だと気づかなかったんだよ?
何の準備ができると思う?
「……仕方がありませんね。とにかく明日は王城へ行かれて下さい」
「へ?ロベルタは来てくれないの?」
ロベルタは私に『王城へ行かれて下さい』と言った。
一緒に行くのであれば『王城へ参りましょう』と言うのが普通だ。
つまり明日、ロベルタは王城へ行かないのだ。
「わたしの代わりにアンが同行します」
「ロベルタはどうして来てくれないの?」
「わたしは一応、イザベラ様付きのメイドですので……」
ロベルタは元々はシーモア家のメイドではない。
イザベラお母様がお父様と結婚した時、一緒にシーモア家へ来たのだ。
だから、ロベルタがお母様に付き従うのは当然の事だ。
「そのようなお顔をなさらないで下さい」
ロベルタは不安そうな私の顔を見て、優しく微笑んだ。
「アンも私ほどではありませんが頼りになりますから」
「……ロベルタがそこまで言うなら」
そこまで言われたら、承諾するしかないじゃないの。
これでも、精神年齢は二十一歳なんだから子供みたいにワガママは言えない。
本当は秘密を知ってるロベルタについて来て欲しかったんだけどなぁ。
「メアリーはエドワード王子に会うのは初めてだったね」
「……はい、お父様」
「どうしたんだいメアリー?今朝から固い顔をして」
「何でもありませんわ、お兄様」
翌日、私とオリバーお父様とアランお兄様は馬車に乗って王城へと向かっていた。
今日はエドワード王子の七歳のお誕生日だ。
この世界では、三歳と五歳、七歳の誕生日はめでたいものでお祝いするのが習慣だ。
七五三のようなものだ。
「……お父様、エドワード様とはどのような方なのですか?」
私はオリバーお父様にエドワードについて訊いてみる事にした。
一応、ゲームの世界のエドワードは知っているがそれは十九歳のエドワードだ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからずの精神だった。
「ん?メアリーはエドワード王子に興味があるのかい?」
「……ええ、まぁ」
そりゃあ、私を処刑するかもしれない相手なんだよ?気になるでしょ?
どんな相手が嫌いなのかとか知ってたら、避けてもらえるかもしれないし。
だが、そんな私の質問をオリバーお父様は勘違いしたらしかった。
「そうだなぁ……私が知るエドワード王子は礼儀正しくて賢い子だな」
「他には?」
いや、お父様?私が知りたいのはそんな事じゃないよ?
私が知りたいのは『エドワードの弱点』とか『エドワードの嫌いなもの』とかだよ?
「他には……とても優しい子で思いやりのある子だな」
「……他には?」
違う!違うんだよお父様!!私が知りたいのはそこじゃないんだよ!?
何でさっきからエドワードの『良い面』しか話さないの?
しかも、私が知るエドワードは割と『腹黒』だよ!?
「ははぁん、メアリーはエドワード王子に興味津々なんだな?」
お父様は私の顔を『したり顔』で見た。
え?ちょっと待って、お父様。何?その顔は?
「確かに、メアリーとエドワード王子は親戚だし年も遠くない」
「……そうですね?」
お父様?何をおっしゃろうとしているの?
違うよ?私、エドワードとお近付きになりたいわけじゃないよ?
「ひょっとしたら婚約者になる事もあり得るかもしれないな」
「……は?」
はぁぁぁあああ!!!???
何でそうなるかな!?むしろ逆になりたいんだけど!?
「親の私が言うのもなんだが、メアリーはとても賢い子だし可愛いからな」
「……へ?」
「エドワード王子と釣り合うのは国中探してもメアリーくらいしか居ないかもな?」
「……なん……だと……?」
私の考えとは真逆で、お父様は割と前向きだった。
必死の形相の私とは裏腹にお父様は馬車の中でご機嫌だった。
この場にロベルタが居てくれれば上手い感じに訊き出してくれたのに。
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