第3話

 私は朝食を終えると、自分の部屋にこもった。

 ロベルタも他のメイドたちも追い出して、文字通りの孤独になった。

 独りになって、落ち着いて考えたかったからだ。

「(何かが変だ。私、どうなっちゃったの!?)」

 私は頭の中を整理するために紙とペンを出して知っている事を箇条書きにしてみた。

 私はメアリー・シーモア、今年で5歳になるシーモア家の長女だ。

 そこまで書いて、私はある事に気が付いた。

「(……メアリー……シーモア……?)」

 私はその名前を知っている。

 自分の名前としてではなく、私は『メアリー・シーモア』と言う人物を知っている。

 私はメアリーに何度も私の邪魔をされた記憶があった。

 時に陰湿ないじめを受け、時には殺されかけた時もあった。

「(どこだ?どこで私はメアリーを知ったのだろう?)」

 私はペンを走らせて思いついた事を片っ端から書いてみた。


「……どうしてこうなった?」

 私は紙に書きなぐられた内容を見て驚愕した。

 そこには『メアリー・シーモア』とは何者なのかが記されていた。

 メアリーとは乙女ゲーム『true heart』に登場するライバルの事だった。

 はっきり言ってしまえば『悪役令嬢』なのだ。

「落ち着け、落ち着くのよ私。きっと偶然の一致よ」

 私は青くなった顔を引きつらせながら、メイドに頼んで本を持って来てもらった。

 それは『シーモア家の家系図』から『地理の本』や『歴史の本』まで多種多様だ。

 私はそれを祈るような気持ちで調べ始めた。

「(お願い!何でも良いから私を安心させて!!)」

 二時間後。

「……神様、私が何をしたって言うのでしょうか?」

 私は受け入れがたい事実を知ってしまった。

 ここは紛れもなく『true heart』の世界で、私は悪役令嬢その人だった。

 そして、私が知る限りではメアリーはろくな終わりを迎えない。

 たいてい『国外追放』か『処刑』されて、場合によっては雑な殺され方をする。

「……どうしようどうしようどうしよう……」

 コンコンコンッ

 私が頭を抱えていたら、誰かがドアをノックした。


「……だ……誰……?」

 私は恐る恐るドアの向こうの人物に尋ねた。

 尋ねながらとっさにメモはベッドの中に隠した。

 こんな物を見られたら『頭のおかしい人』だと思われかねない。

「お嬢様、お茶をお持ちしました」

 ノックの主は今朝から私を怪しんでいるメイド長のロベルタだった。

 正直、私が今一番会いたくない相手だった。

「……ロベルタ……今はちょっとそんな気分じゃないの」

「そうおっしゃらずに。失礼しますね」

 ロベルタは私が拒絶するのを無視して強引に部屋に入って来た。

 手には茶器や摘まめる物が乗った盆が握られていた。

「……」

 私は目だけでロベルタに抗議したが、ロベルタはそんな事お構いなしだった。

 彼女は無駄のない優雅な動作で入室し、テーブルの上に茶器を広げた。

「……今朝から何かお悩みのようですね」

 ロベルタはテーブルに据え付けの椅子を引き、私に着席を促した。

 ハァ~、このメイドは何のために私に付きまとうの?

 悪いけど私には優雅にお茶してる余裕なんて無いんだけど?

 私はそんな事を考えながら小さなテーブルに座った。

「あれ?これって……」

 私はテーブルに並べられた焼き菓子に目が行った。

 それは去年の夏に私が一口食べて気に入ったお母様の故郷の焼き菓子だ。

「いつかまた食べたいわ」

 と私はロベルタにねだったものだった。

「……覚えていてくれたのね」

「はい、お嬢様が珍しくお気に召した菓子だったので」

 ロベルタは私の後ろにたたずみ、私がお茶を楽しむのを眺めていた。

 私は懐かしい気持ちに浸りながら、菓子を口に運んだ。

「お嬢様、失礼しますね」

 ロベルタは私の向かい側の席に座ると静かに私の顔の見つめた。

 何だろう?私の顔に何か付いているだろうか?

「……」

 ロベルタは私の瞳を見ながら安心したように言った。

「良かった。あなたはメアリーお嬢様のようですね」


「え?」

 私にはロベルタの言っている意味が分からなかった。

 何、言ってるの?私は正真正銘のメアリーだよ?

「実はお嬢様の事を疑っていたのです。申し訳ありません」

「疑うって何の事?」

「あなたが『メアリーお嬢様の見た目をした別人なのでは?』と思っていたのです」

 ロベルタは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。

 流石日本製の乙女ゲームだ。お辞儀の作法まで日本式だ。

「しかし、菓子を召し上がった時に見せた表情は紛れもなくメアリーお嬢様でした」

 そこまで言われて私は理解した。

 ロベルタが私をあれこれ試したのは『私が別人になったのでは?』と思ったからだ。

 確かに今朝から私は『前世の記憶』に引きずられて不審な行動をしていた。

 ロベルタが不安になるのも至極当然の事だった。

「ロベルタは何でもお見通しなのね」

「私はお嬢様をずっとお世話してきましたから、これくらいはメイドとして当然です」

「そうね。考えてみれば私、お母様よりもロベルタと一緒にいる時間の方が長いわね」

 思い起こせばこの5年間、ロベルタが私を育てたようなものだった。

 もちろん、お母様も私を放棄しているわけではない。

 だが、一緒にいる時間となればロベルタの方が何倍も長かった。

「そこで、改めてお尋ねします。お嬢様あなたに昨夜、何があったのですか?」

「……それは」

 私は一瞬言葉に詰まった。

 果たして『前世の記憶』だとか『破滅の運命』だとか言って大丈夫だろうか?

 ロベルタは私の事を『頭のおかしな娘』だと思わないだろうか?

「……」

 私は黙って、ロベルタの目を見た。

 その目はまっすぐに私を見ていて、私を信じ切っている目立った。

 そんな目で見られたら頼りたくなっちゃうじゃない!?

「……実は」

 私はロベルタだけに、すべてを話す事にした。

 こんなに私の事を真剣に考えてくれる人をだましたりしたらきっとバチが当たる。

 ロベルタに私の運命を任せる事にした。

 私は『前世の記憶の事』も『十八歳で破滅する事』も一切合切、話してしまった。

 あとはロベルタがそれをどう思うかだけだった。


「……」

 ロベルタは私の話を聞き終わると黙って何かを考えていた。

 私はそれを固唾を飲んで見守っていた。

 ロベルタが私の事を信じてくれなかったら、私はその時点で破滅する。

「……なるほど、そう言う事でしたか」

「……信じて……くれるの?」

 私は恐る恐るロベルタに確認した。

 まさかこの後、何食わぬ顔で病院に連れていかれたりしないよね?

 私、頭のおかしい女だとか思われてないよね?

「『前世の記憶』とか『破滅の運命』など、にわかには信じがたいです」

 え?それってつまり、信じてないって事?

 やっぱり、いくらロベルタでも言わない方が良かった?

 私、これからどうなっちゃうの?

「ですがお嬢様の今朝からの行動を見る限り、信じざるを得ないでしょう」

「え?」

「あなたは貴族令嬢にしては自分の身の回りの事が出来すぎてらっしゃる」

 ロベルタは今朝から私の行動をすべて知っている。

 私が服を自分で着ようとした事から、自分で朝食を済ませた事まで。

「お嬢様はまるで『5歳の姿をした普通の大人』のようでした」

 確かに前世の私は十六歳の時に死んじゃったから、精神年齢は二十一くらいだ。

 二十一歳にもなる女が自分の身の回りの事が出来ずにどうする?

 私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「特に……」

「あっ!?」

 ロベルタはベッドから私がさっき隠したメモを引き出した。

 そして、それの一部を指して言った。

「5歳の子供は『破滅』なんて言う漢字はお使いになりませんから」

 この世界は日本製の乙女ゲームで本物の中世のヨーロッパではない。

 だから、あくまでもすべてが『中世のヨーロッパ風』に過ぎない。

 公用語だって当たり前のように日本語だし、本も全部日本語で書かれていた。

「ロベルタはいつから私がメモを隠しているって気が付いたの?」

「お嬢様を椅子に座らせた時にシーツが乱れていたので、すぐに分かりました」

「ロベルタは私に隠し事の一つもさせてくれないの?」

「時と場合によります」

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