第25話

 嘘でしょ!?エドワードが私の事を好きだなんて。何かの冗談でしょ!?

 だってエドワードが好きになるのはジェニファーの筈でしょ?

「だ、だってあなたあの時言ったじゃない『男が女に助けられるなんて』って」

「あの時と言うと僕がメアリーに野犬から助けられた時の事ですか?」

 この世界では男は強さが、女は優しさが求められる。

 それなのに私は半泣きのエドワードを野犬から護ってしまった。

 一国の王子が年下の女の子に護られたなんて知られたら一大事なのだ。

「そうよ。私があなたの弱みを握ってしまったからあなたは仕方なく……」

 仕方なく私の婚約者をしているのだとこの十数年思い込んできた。

 少なくとも私の事情を知っているロベルタも同じ考えだった。

 だから、いつか彼に本当に好きな人が出来たら私は身を引こうと考えていた。

「メアリー、あなたはとんでもない勘違いをしています」

「え?」

 私の目をエドワードは悲しそうな目で見つめていた。

 何でそんな目で私を見るの?あなたにとって私って何?分からなくなってきた。

「僕がメアリーを婚約者に選んだのはあなたに心を奪われたからです」

「私が、エドワードの心を奪った?」

 私にはにわかにはその意味が分からなかった。

 だって私はジェニファーのように胸も大きくないし、細やかな気遣いも出来ない。

 裁縫も編み物も苦手だし、あろうことか剣術まで修めている。

 そんな女らしさの欠けた女のどこにこの人は惚れたのだろうか?

「私はメアリーの背中を見て思いました。なんてかっこいい人だろうと」

「……かっこいい?」

 マジか。この人、私の事をかっこいいだなんて思ったんだ。

 普通、かっこいいだなんて言われても女は素直に喜んだりしないよ?

 でも、目の前のエドワードはそんな事はお構いなしだった。

「はい、野犬に立ち向かうメアリーの姿は僕にとって衝撃的でした」

「あの時は王子様に怪我なんてさせたら大変だと思って……」

 だって、見た目は五歳でも精神年齢は二十一なんだよ?

 それが七歳の子供に護って貰うわけには行かないでしょ?

 私は大人として当然の事をしたまでで好かれるような事はしてないと思うんだけど?

「それでも僕の目にはあなたの姿が焼き付いてしまったのです」

「……本気なの?エドワード」

 私は確かめるようにエドワードに尋ねてみた。


「確かに僕は王子と言う立場上、嘘を吐く事があります」

 王子や王が本当の事ばかり言うわけには行かない。

 時にはおべっかだって使うし、嘘を吐く事だってある。

 そうしなくては円滑な政治など出来ないからだ。

「ですが、僕は一度としてあなたに嘘を吐いた事はありません」

 だが今、エドワードが言っている事が嘘じゃなく本当の事なのだと私は分かった。

 彼の目は今までにない真剣な目だったからだ。なんか、私の胸が苦しいんだけど?

 何なの?この感覚。

「メアリーはさっき『ジェニファーは男子から人気がある』と言いましたね?」

「え?あ、はいっ!」

 何で私、こんなにドキドキしてるんだろう?

 精神年齢で言えば、もう三十代のおばさんなんですけど?

 それが十八歳の男の子に見つめられてドキドキするなんて変でしょ?

「それは『自分にはジェニファーのような魅力がない』と言う意味ですよね?」

「え?ま、まあ……そう言う意味もあるような……」

 私はとっさにエドワードの瞳から目をそらした。

 これ以上、あのブルーの瞳を見ていたら心臓が破裂してしまう。

 出来れば手も離して欲しいが、無理に振りほどくわけにも行かなかった。

「確かにジェニファーは人懐っこくてかわいらしい女性です」

「そうでしょ?だからエドワードは私じゃなくってジェニファーみたいな……」

 女らしい娘を好きになるんだろうなと私は思い込んでいた。

 いや、ひょっとしたら無意識に彼の想いに気付かないふりをしたのかも知れない。

 エドワードが好きになるのはジェニファーであって自分ではない。

 そう勝手に決めつけていたのかも知れない。

「それでも僕がこの世界で一番愛しているのは貴女だけなのです!!」

「……あの……えっと……その……」

 何と言えば良いのか全く分からなかった。

 エドワードは鈍感な私を十一年も待っていてくれたのだ。

 他にも魅力的な女性は山ほどいただろうがそれを全て振り切って私を選んだ。

 そんな彼に今更、どんな言葉を掛ければ良いのだろうか?

「感動的だな。だが、無意味だ」

「グリーン君!?」

「一体、どこから入ったんですか!?」

 私たちが気が付くと生徒会室の入り口にグリーン君が立っていた。


「エドワード王子、お前が好きになるべきはその女ではない」

「いきなり何を言うんですか君は!?」

 エドワードは私を庇うようにしてグリーン君と対峙した。

 グリーン君は何で突然現れたの?どうしてエドワードにそんな事を言うの?

 エドワードが誰を好きになっても、それはグリーン君には関係ないことでしょ?

「お前が好きになるべきはジェニファーだ。早く運命の相手の元へと行け」

「勝手な事を言わないで下さい!僕……私はメアリーを愛しているのです!!」

 エドワードが好きになるべきはジェニファーだとグリーン君は言った。

 そんなのは原作のゲームを知ってる人にしか分からない事だ。

 それってもしかして、グリーン君は『トゥルー・ハート』を知ってるんじゃ?

「ほう『愛している』か。その愛とやらが偽物であってもか?」

「偽物!?どう言う意味ですか!!?私の愛は本物です!!!」

 どうする?グリーン君にゲームの事を訊いてみるべきか?

 でも、もし私の勘違いだったらどうしよう。それにここにはエドワードの居るし。

「本物なものか偽物さ。なぜならその女が偽物なのだからな」

「メアリーが偽物?この人は正真正銘のメアリー・シーモアです!」

 私が偽物?どう言う意味?グリーン君は何が言いたいの?

 私は生まれた時からメアリー・シーモアだよ?偽物じゃないよ?

「残念ながら王子様、メアリーはそんな女じゃない」

「貴男はさっきから何を言っているのですか!?この人はメアリーです!!」

 グリーン君のその台詞で私は彼の言いたい事が分かった。

 彼はやっぱり原作のゲーム『トゥルー・ハート』を知っているのだ。

「お前は存在しないはずの女を愛しているのだ。騙されてな」

「彼女は私を騙したりなんかしない!貴男こそデタラメを言うのは止めて下さい!!」

 徐々にエドワードが殺気立って行くのが感じられた。

 だが、ここは生徒会室だ。武器の類いは私もエドワードも持っていない。

「……そこまで毒されていたか。やはりオレが始末するしかないか」

「メアリー!下がってください!!今度こそ僕が貴女を護ります!!!」

 エドワードは私を背中に隠すと、とっさにペーパーカッターを構えた。

 刃渡り十センチくらいのカッターはとても弱々しく見えた。

 だが、これしか武器となる物はこの部屋にはなかった。

「この場で始末してやっても良いが、王子に怪我をさせるわけには行かなくてな」

 グリーン君はその様子を見ていたがくるりと向きを変えると生徒会室から出た。

「逃げるのですか!?」


「逃げる?冗談を言うな。見逃してやるのさ」

 グリーン君はそのまま生徒会室を後にした。

 後にはナイフを構えたエドワードとその後ろに隠れる私だけが残った。

「……」

 私たちは黙ったまま生徒会室の入り口を見つめていた。

 居なくなったと見せかけてグリーン君が帰ってくるかもと警戒したからだ。

 そんな時、パタパタと人の足音が聞こえて来た。

「会長、指示通り今年の各部の予算の要望を……どうしたんですか?」

 生徒会室に入ってきたのは副会長だった。

 書類を抱えた副会長が目にしたのは自分に向かってナイフを構える会長だった。

 そりゃ、どうしたんですかって訊きたくなるわよね。

「……いえ、何でもありません」

「ゴキブリが!ゴキブリが出たんです!!」

 私はとっさに適当な嘘を吐いた。え?もっとマシな嘘を吐けって?

 殺されかかった直後にそんな気の利いた嘘が吐ける訳ないでしょ!?

 副会長をはじめとした生徒会メンバーが続々と集まり、その後は会議になった。

 内容は各部の予算の割り当てが主でグリーン君の話題は出なかった。

 まるでさっきの出来事が嘘のようだった。


「しかし、彼は一体いつの間に入室したのでしょうか?」

「さっきのグリーン君の事?」

 会議を終えたエドワードは私とカフェテラスで休憩していた。

 会議中の彼はその直前にあった出来事などみじんも感じさせなかった。

 だがその事を話題に出すと言う事は、やっぱり気になっていたのだろう。

「あのね……エドワード」

「怖かったでしょうメアリー。もう大丈夫ですからね?」

 エドワードは私を気遣ってくれた。自分もいっぱいいっぱいだろうに。

 だが、本当はこの優しさが向けられるべきなのは私ではないのだろう。

「ありがとうエドワード。でも、もう大丈夫よ」

「そうですか?何かあればいつでも言って下さいね?」

 エドワードが優しくするべきはジェニファーなのだ。

 私はズルをしてその立場を奪った偽物なのだ。

 その事をこの人が知ったらどんな反応をするだろうか?

 私の事なんて嫌いになってしまうのだろうか?

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