第24話

「グリーン、なぜ彼女に教えたのですか?」

 廊下を一人で歩いていたグリーンは背後から声をかけられた。

 声の主は暗がりの中に居て姿を確認できなかった。

「せめてもの情けだ。これから自分がどうなるかくらいは知りたいだろう?」

「下手に相手に情報を与えるのは危険です、計画に支障をきたすやも知れません」

 グリーンは陰に潜む人物、ジャックと背を向けたまま会話をした。

 他の生徒たちはその様子に全く気が付かないようだ。

「あんな女に何が出来る?もう残り時間は少ない」

「土壇場で盤面がひっくり返る事は珍しくありません。慎重に行くべきです」

 現実世界だったら土壇場で状況が変わる事なんて滅多にないだろう。

 しかし、こう言う世界は滅多にない事がしょっちゅう起きる。

「ちっ!何でもありか、忌々しい世界だな」

「仕方ありません。観測者たちがそれを望んでいるのですから」

 グリーンはこの世界が大嫌いだった。

 この世界だけではない『都合良く改変される世界』すべてが嫌いだった。

「……あいつは今どうしている?」

「アレックスは今、私が監視しています。目立った動きは出来ないでしょう」

 対してアレックスはこの混沌とした世界が大好きだった。

 アレックスはこの世界を守りたいと考えていた。

「一人でこの狂った物語を導けと?今更元には戻せんぞ?」

「しかし、野放しには出来ないでしょう?すべては原作を守るためです」

 だが、ジャックやグリーンにとって大切なのは『原作』だった。

 原作者の言った事こそが守られるべき法律なのだ。

「……儀式の準備は出来ているのか?」

「アレックスを監視しながらですが少しずつ準備しています」

 ジャックとグリーンはこの世界を終わらせようと考えていた。

 この世界は『トゥルー ・ハート』であって『トゥルー ・ハート』ではないからだ。

「そっちは任せた、しくじるなよ?」

「任せて下さい。万事抜かりはありません」

「後はオレがあの女を仕留めればすべて解決……か」

「グリーン、あまり気負わないように。これは仕事なのですから」

「分かっている。だが恨みもない相手を殺すのは気分の良い物ではない」

「……彼女には申し訳ないですが、すべては世界のためです」

「なるべく苦しまないように殺してやる」


「お前を殺す!?」

「本当にそう言ったんですか?」

 私にあてがわれた部屋にソフィアとジェニファーの声が響いた。

 夜食の後、私はグリーン君に言われた事を皆に打ち明けた。

「間違いなくそう言ったわ」

「メアリーを殺そうとするって事は他国の暗殺者でしょうか?」

 部屋にはエドワードやジョージにも来てもらった。

 なんだかんだ言って二人が居た方が心強いと思ったからだ。

「いや、それだったらわざわざコイツに知らせる意味がねぇ」

「そうですね、そんな事を言ったらメアリー様を狙いにくくなるのに」

 ジョージは至って冷静に事態を分析していた。

 ジェニファーもジョージの意見に賛同していた。

「メアリー様への個人的な悪戯でしょうか?」

「もし悪戯でしたら、質が悪いですわ」

 ソフィアは集まった一同の中で一番怒っていた。

 そして同時に、彼女の声が一番部屋に響いていた。

「ただの悪戯だったらそれで問題ねぇ。問題はマジだった時だ」

「ここはメアリー様の周囲に護衛をつけるべきですわ!」

 ソフィアは私に護衛役をつけるべきだと提言した。

 しかし、学園内で護衛をつけていたらかなり目立ってしまう。

「まだグリーンが暗殺者だと決まったわけではありません。慎重に行きましょう」

「そんな悠長な事を、婚約者にもしもの事があったらどうするのですか!?」

 エドワードだって婚約者の私を心配していないわけではない。

 だが、確たる証拠もなしに護衛をつけるなんて事は生徒会長として難しいのだろう。

「でも、護衛になってくれそうな人なんてロベルタさんくらいですよ?」

「いいえ、そうとは限りませんよ?」

 ロベルタは学園内に入ってこられない。

 この学園内では生徒は全員、学内のスタッフにお世話されるからだ。

「珍しく意見があったな。王子サマ」

 しかし、エドワードもジョージもちゃんと答えを出してくれていた。

 二人はたくましい青年へと成長してくれていた。

「どう言う意味ですか?」

「俺たち全員で分担してコイツを護衛するって意味だ」

 こうして私は常に誰かと一緒に居る生活を余儀なくされた。


 グリーン君に殺すと言われてから、私の学園生活は少し変わった。

 二十四時間体制で必ず誰かが私のそばに居る。

 そして、今は私の婚約者のエドワードと一緒に居る。

「済みませんメアリー。生徒会の仕事を手伝って貰って」

「ううん、気にしなくて良いのよ」

 私はエドワードと分担して書類仕事をしながら紅茶を飲んでいた。

 生徒会にはなぜか私とエドワードの二人したおらず、生徒会室はがらんとしていた。

「エドワード、副会長や書記はどこに居るの?」

「他のメンバーは今、別の仕事で出払っています。ここに居るのは僕たちだけですよ」

「ふぅん、そうなの」

 こんな状況って普通、あるのかしら?生徒会長が一人で仕事するなんて。

 エドワードって普段から一人で仕事してるの?

「生徒会っていつもこんな感じなの?」

「いつもは副会長も書記も会計もちゃんと居ますよ?」

「……じゃあ、今日はたまたま全員出払ってるって事?」

「ええ、たまたま居ないだけですよ?」

 何で今、たまたまを強調したの?そこ、こだわるところなの?

 そう言えば、こんな事が前にもあったっけ?

「あの時もこんな感じだったわよね?」

「あの時?」

「ほら、私とエドワードの婚約を発表するパーティーの時よ」

 あの時もエドワードと打ち合わせの為に二人っきりになった。

 でも、あの時は打ち合わせなんてすぐに終わっちゃったけどね。

「そうでしょうか?あの時と今とは全然違うと思うのですが?」

「え?でも、あの時もこんな感じでエドワードと二人で……」

「全然違いますよ?」

「……そうね、エドワードが言うんだったら違うのね。ごめんなさい」

 何なの?今の圧は?顔は笑ってるけど声が笑ってないんだけど?

 もしかして私、地雷踏んだ?今、黄色信号になってる?

「別に謝る必要はありませんよ?メアリーは僕の婚約者なのですから」

「そう言えばエドワード。私、前々からあなたに訊きたい事があったんだわ」

「何ですか?答えられる範囲でなら答えますよ?」

「あなたはジェニファーの事が好きなの?」

「……え?」


 私は前々から気になっていた。

 私が知るエドワードはジェニファーと出会って真実の愛を知る。

 エドワードは恋人のように美しく母のように優しいジェニファーを好きになる。

 それなのに私の目の前に居るエドワードにはその様子が見られない。

「……なぜ、ジェニファーがここで出てくるのですか?」

 エドワードはとても困惑した様子で私に聞き返してきた。

 そりゃそうよね。いきなりそんな事を言われても訳が分からないわよね。

「ごめんなさい。順を追って説明するべきだったわね」

「いえ、謝る必要は……ジェニファーと何かあったのですか?」

 エドワードは困っているような心配しているような顔をしている。

 私はかみ砕いてエドワードに説明する事にした。

「お昼にソフィアと話したの。ジェニファーは男子から人気がある娘だって」

「ああ、なるほど。そう言う事でしたか。納得出来ました」

 良かった。エドワードには私が言いたい事がちゃんと伝わったみたいね。

 エドワードがジェニファーを好きだったら私は身を引けば良い。

 そうすれば私は破滅の運命から解放されて安心して余生を過ごせる。

「心配しなくても僕が愛してるのは貴女だけですよ?メアリー」

「……は?」

 何だって?今、コイツ何て言った?

 ボクガアイシテルノハアナタダケデスヨ?メアリー

 ってどう言う意味だ?

「えーっとエドワード?もう一回言ってくれる?私、良く聞き取れなくて」

「仕方のない人ですね。もう一回と言わず何度でも言ってあげますよ」

 そう言うとエドワードは私の前まで歩いてくるとかしづいて私の手を取った。

 ちょっと、何をしようって言うの?この人は?ただ言えば良いんだよ?

「僕が心から愛してるのはメアリー、貴女だけですよ」

 そう言うとエドワードは私の手の甲に口づけをした。

 この瞬間、私の脳は思考するのを拒絶した。

 頭の中は真っ白でどこまでも虚無の世界が広がっていた。

 たったの二、三秒が永遠のように長く感じられたが私の脳は復旧した。

「エ、エドワード!?本気なの!!?」

「僕も色んな嘘を吐いて来ましたが、愛してると嘘を吐いた事は一度もありません」

「で、でも!あなたが私と婚約者なのは私があなたを助けちゃったからでしょ!?」

「……本気でそれだけのために貴女を婚約者にしたと思っていたのですか?」

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