第23話

「私?」

 私がソフィアに何かしたっけ?そんなたいそうな事はしてないと思うけど?

 ソフィアが学園に入学できたのも彼女自身の努力の結果だし。

「はい、メアリー様はそんなわたくしを『お茶会』に誘って下さいました」

「……そんな事?」

 え?お茶会でソフィアの運命の何が変わったって言うの?

 確かに、ソフィアと一緒に色んな事を勉強したけど。

「そんな事ではありませんわ。わたくしはあの時間の中で大切な事を教わりました」

「確かにロベルタからは政治だとか経済だとか学んだけど……」

 でもそれって私じゃ無くてロベルタから教わった事じゃ無いの?

 何で私に感謝しなくちゃいけないの?

「確かにロベルタさんの授業は為になりましたが重要なのはそこではありませんわ」

「じゃあ、どこ?」

 ロベルタの授業じゃ無いとしたら、ソフィアはどこで何を学んだの?

 私たちは同じテーブルで同じお茶を飲んでいただけだと思うんだけど?

「メアリー様の姿勢にわたくし、衝撃を受けました」

「私の……姿勢?」

 何か私、ソフィアに影響を与えるような事を言ったっけ?

 普段からそこまで深く物事を考えて無いせいで心当たりがなさ過ぎる。

「はい、メアリー様はとても自立心が強いお方で何でもやろうとします」

「あ、あれはねソフィア。ただ、いちいち人にして貰うのが面倒というか……」

 だって、いちいちメイドを呼んであれしてこれしてって言うの面倒でしょ?

 現代日本で生きていた私からしたら、自分でやった方が遙かに早いじゃ無い?

「分かっております。メアリー様が何気なくしてらっしゃる事は」

「そうなの!つい自分でしちゃうだけなの!だから衝撃を受けるような事じゃ……」

 ソフィアはきっと何かを勘違いしてるんだわ。

 この子は私を何かすごい人か何かだと思い込んでるに違いない。

「だからこそすごいのです」

「え?」

「メアリー様は女の身なのに自分の事は自分でしてしまいます。さも当然のように」

「……だからあれは」

「誰かに頼りきりにならずに自分で出来る事は自分でする」

「あのね、ソフィア」

「これほど当たり前で難しい事が出来る方が居ますか?」


「でも、メイドたちには結構注意されてたし……」

 シーモア邸のメイドは私が自分の身の回りの事をしようとするとよく注意した。

 公爵令嬢は自分のみの周りの事なんて自分でしないと言うのだ。

「確かにシーモア家のメイドはロベルタさんを除いてメアリー様に過保護でした」

「……まあ、ロベルタは特別だから」

 ロベルタは基本的に私を甘やかしたりはしなかった。

 彼女は私を強い女にしようといつも厳しく接していた。

「しかし、それでもメアリー様は自分で出来る事は自分でしようとなさいます」

「……うん、まあね」

 もし、私が前世の記憶を持たないままだったらそうはならなかっただろう。

 すべてを人にやらせて自分はふんぞり返って結果を享受するだけ。

 それがシーモア家では許されていたし、私にはそれだけの権力がある。

「それを見ていてわたくし『メアリー様は自立した人だな』と思いました」

「自立した人だなんて大げさな。私はそんなんじゃ無いわよ」

 確かに私は他の貴族の令嬢に比べれば、色々な事を自分でする。

 着付けだってするし、髪も自分で洗って乾かす。自分の身だって守れる。

 でも、それくらいで自立した人だなんて大げさすぎでしょ?

「メアリー様にとってはどれも当たり前の事かも知れません」

「そうよ。私はただ、当たり前の事をしているだけよ」

「その当たり前がわたくしにはとても進んだ事に見えたのです」

「……ソフィア」

 私は『自分のやっている事がどう見られているか』なんて考えた事が無かった。

 ただ、運命を回避するために必死に日々を過ごしていただけだ。

 毎日のように剣術の鍛錬をし、暇さえあれば勉学に明け暮れた。

 すべては生き残るための努力だったが、それが人を勇気づけるとは思わなかった。

「わたくしもメアリー様のように自分の目標のために努力したいと思いました」

 私はソフィアを勘違いしていたのかも知れない。

 彼女の憧れの対象はロベルタなのだと私は勝手に思っていた。

 だがそれは私が自分自身の事を低く見ていたからそう見えていたのかも知れない。

「そんなわたくしに勇気を下さった方が情けない事を言わないで下さい」

「……ごめん」

 素直にソフィアに謝罪すると共に、私は自分を恥じた。

 私は自分の事しか見えていなかったし考えていなかったのだ。

 私が自分を否定すると言う事は私に連なる人を否定するのと同じなのだと知った。


 ある夜、グリーンは夢を見ていた。自分がかつて救えなかったものたちの夢だ。

「絶対にこの二人出来てるよね!?どっちが責めだと思う?」

「違うよ!その二人じゃなくてあたしはこっちのカプだと思うの」

 やめてくれ。カプなんて存在しないんだ。その二人はただの相棒なんだ。

 ちゃんとヒロインが居るじゃないか!?どうしてあえて歪めるんだ?

「俺、百合NTR本描いたぜ!」

「マジで!?俺は百合に挟まる男本描いたぜ?」

 違うんだ。勝手に変なものを差し込まないでくれ。ありのままを見てくれ。

 何でわざわざ異物を入れようとするんだ?止めろ!

「俺は主人公はこの娘じゃなくてこっちの娘とくっつくべきだと思う」

「やっぱお前もそう思う?夏に出そうぜ」

 お願いだ、そんな事しないでくれ。二人の門出を祝ってやってくれ。

 なぜ自分の好きなキャラとくっつけようとするんだ?

「あ~ん、あたしの好きなキャラが死んだ!」

「あたしもあれ泣いた。復活SS一緒に書こう!」

 あのキャラは死んだんだ。もう帰ってこないんだ。諦めてくれ!

 死んだキャラが生き返ったら話しが混乱するじゃないか!!

「あのサークルが出したゲームのせいで原作が嫌いになった!」

「俺もあんなの見せられたら何かどうでも良くなった」

 戻ってきてくれ!お願いだ!!原作は何も悪く無いじゃないか!?

 皆で純粋に楽しんでいたあの頃に戻ろう!!

「あのキャラ、めっちゃシコいよな?」

「俺エロイラスト描くわ」

 そんな事はしないでくれ!!運営や原作者に迷惑がかかるだろ!?

 止めろ!みんな勝手な事はしないでくれ!!止めるんだ!!!

「止めてくれ!!!!」

 気が付いた時、グリーンは汗をぐっしょりかいていた。

 そんな様子をジャックが見守っていた。

「うなされていましたよ?またあの夢ですか?」

「……もうあんな思いはゴメンだ」

「グリーン、自分を責めないで下さい。あれはあなたのせいではありません」

「違う。オレがもっと早い段階で潰しておけばあんな事にならなかったんだ」

 グリーンは制服に着替えると個室の扉を開けた。

「オレは必ずあの『バグ』を殺す」


 その日の放課後。

「メアリー様、本当にあの方にお声をかけるのですか?」

「わたしもやめておいた方が良いと思います」

 放課後、ソフィアとジェニファーは私がグリーン君に近付くのを止めた。

 しかし、私はグリーン君が時折見せる悲しそうな顔が気になった。

「大丈夫よ、二人とも心配性ね。ちょっと話をするだけよ」

「近付いた途端に噛みつかれるかもしれませんわ」

「流石にそれはないと思いますけど、くれぐれも気をつけて下さいね?」

 私はソフィアとジェニファーを待たせて、グリーン君に一人で近付いた。

 ぞろぞろ連れ添って近付いたら高圧的に見えるでしょ?

「……何のようだ?」

 グリーン君は私の方を忌々しそうに睨んだ。

私は一瞬、ひるんだが彼の前に一通の便箋を差し出した。

「……これは?」

「招待状よ。来週、私たちのお茶会をするのだけど、グリーン君もどう?」

 私にはグリーン君が明らかにクラスで孤立しているのが分かった。

 彼はクラスの中でかなり浮いた存在になっていた。

「なぜオレを招待する?仲間内だけでやれば良いだろ?」

「たまには違ったメンバーで開きたいの。それとも迷惑だった?」

 嘘だった。私はグリーン君と個人的に話がしたいと思っていた。

 彼がどこの誰で何のためにこの学園に来たのかを知りたかった。

「……」

 グリーン君は黙ったまま私の手から招待状を受け取った。

 招待状を受け取ったと言う事は来てくれると考えて良いだろう。

「……」

 しかし、グリーン君は私の目の前で招待状を破り捨てた。

床には無残に破れた紙切れが落ちた。

「ちょっと貴方!いくら何でも失礼ではありません事!?」

 その様子を見守っていたソフィアが大きな声を上げた。

 しかし、グリーン君はそんな物は聞き流して私の脇を抜けた。

 そして私だけに聞こえる声で言った。

「……お前を殺す」

 何なの、この子?私を殺すってどう言う事?どうしてそんな事を言うの?

 私は状況が飲み込めずにその場に立ち尽くしていた。

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