第22話
「メアリー様とエドワード様が偶然二人っきりのところにあの方は現れました」
「そうですね」
あの時は確か、お兄様も一緒に王城に行っていたけど急にお腹を壊したのよね。
そのおかげで私は将来、私を死刑台に送るかも知れない男と二人っきりになったわ。
あの時は正直、生きた心地がしなかったわ。
「そして、貧民街まで参られるお二人を偶然誰も見ていません」
「……そう、ですね」
確かにそこには引っかかる。どうして、誰も私たちを見ていないのだろう?
まるで皆が示し合わせたみたいに私たちの事を見ていないと言っている。
だれか一人くらい見ていても良さそうなものなのに。
「そしてその後にエドワード様はメアリー様に結婚を申し込まれた」
「それが何か変な事でしょうか?お二人は従兄妹ですし……」
さっきからソフィアは何が言いたいのだろう?出来すぎてるって何の事?
私にはソフィアがどこに引っかかってるのか良く分からないんだけど?
「どこか一つでも歯車が狂ってたらお二人は婚約しなかったかも知れないのですよ?」
「……言われてみれば確かにそうですね。まるで運命の糸で結びつけたみたい」
私はそこまで言われて愕然とした。
私は最初、エドワードと婚約する気なんて全くなかった。
それなのに偶然に偶然が重なった結果、私はエドワードの婚約者となった。
「これが『出来すぎてる』と言わずに何と言いますの?」
「まるでメアリー様とエドワード様を婚約させようと誰かが糸を引いたみたいですね」
「つまりあの紫の人はお二人を婚約させるために現れたのですわ!」
「……そんな……バカな……」
私はソフィアの仮説を信じられなかった。いや、信じたくなかった。
あの紫の人がなぜそんな事をしたのかは分からない。
「ソフィアさん、いくら何でも飛躍のしすぎでは無いでしょうか?」
「そうよソフィア。そんな事をしてあの人に何のメリットがあるって言うの?」
「確かに何のためにそのような事をしているのかは分かりませんわ」
「そうでしょう?やっぱりソフィアの勘ち……」
私はそう言って無理矢理にソフィアの話を終わらせようとした。
だってそんな話、聞きたくないでしょう?
一生懸命にやってるのに結局、運命に従わされなくちゃいけないなんて。
「でも、あの紫の人がしたのはそれだけではありませんわ」
「……まだ何かあるの?ソフィア」
私、正直もういっぱいいっぱいなんだけど?
それなにの、更に私に追い打ちを掛ける気なの?
「ありますわ!思い出して下さい。ジェニファーさんと出会った時の事を」
「……ジェニファーと……出会った時?」
私は約十年の記憶を遡ってみた。
確かあの時はロベルタに海の市場に連れて行ってもらったのよね?
「そうだわ!あの時、私とソフィアの前にあの人が出たわね!?」
「それだけではありません。ジェニファーさんの前にも現れています!」
「そうなんです。お母さんとお魚を買いに行った時にあの人が音も無く出ました」
そう言えばあの時、ジェニファーとソフィアがそんな話しをしてたっけ?
私、あの時ジェニファーの事情を聞いてる余裕が無くって聞き流してたわ。
ジェニファーと私たちの前にあの人が出たって事は……
「あの人はジェニファーさんを闇市に誘い、私たちと出会いました」
「あの時はわたしが誘拐されそうなところをお二人に助けてもらったんですよね?」
「そうですわ。わたくしたちもあの人に誘われて闇市に紛れ込んでいました」
ジェニファーがあの人に闇市に連れて行かれ、偶然私たちがそれを助けた。
それは最早、偶然なんかでは無い。最初から仕組まれていたのだ。
「つまりあの人はわたくしたちが知り合いになるように糸を引いていたのですわ」
「何の意味があってそんな事をするんですか?」
「それはわたくしにも分かりませんわ」
確かにソフィアやジェニファーには分からないかも知れない。
だが、私にはその理由がハッキリと分かった。
「……そう言う、運命だから?」
「メアリー様?運命とはどのような意味ですか?」
「私とエドワードが婚約者になる事もジェニファーと出会う事も全部運命なのよ」
私、メアリー・シーモアは自分の運命を知っている。
それは乙女ゲームの悪役として最後は処刑される事だ。
「私はいつか殺されるんだわ。だってそれが運命だもの」
「メアリー様?何を言ってるんですか?」
私の顔をジェニファーが心配そうにのぞき込んでいる。
貴女は良いわよね?だって幸せになる運命にあるんだもの。
でも私を待っているのは白馬の王子様じゃ無くて断頭台なの。
「それなのに必死に足掻いたりして私ってバカみたい」
「しっかりして下さい!メアリー様!!」
「……ソフィア?」
私を見つめるソフィアはかつてないくらいに怒っていた。
でも、それと同じくらい悲しんでいるようにも見えた。
どうしてこんなにもソフィアは怒り悲しんでいるのだろう?
「運命が何ですか!自分の道くらい自分で切り拓けなくてどうしますの!?」
「わたしもソフィアさんの言うとおりだと思います」
「……ジェニファー?」
二人とも真剣な眼差しを私に向けている。ソフィアの目尻には涙がたまっていた。
どうして二人はまるで『自分の事』のように真剣な目をしているの?
特にジェニファーなんて私からエドワードを奪う立場の人なのよ?
「メアリー様、わたくしはメアリー様に出会えて本当に良かったと思っております」
「ソフィア、それはどうして?」
私は自分の運命を嘆いただけのつもりだった。
だが、それは二人にとってとても許しがたい事なのかも知れない。
二人にとって私とは何なのだろうか?
「メアリー様はご存じですが、わたくしはランズベリー家の一人娘ですわ」
「ええ、そうね」
ソフィアの家には男の子はおろか、ソフィア以外の子供は一人も居ない。
彼女はランズベリー家の最後の望みなのだ。
その重圧は兄が居る私では想像する事も出来ないだろう。
「父も母もわたくしに『男性の求める女性像』を押しつけて育てました」
「ソフィアさんってそんな風に育てられたんですか!?」
「はい。毎日毎日『女の子らしくしなさい』と家中の者から言われていました」
ランズベリー家はソフィアが婿養子を貰わなければ途絶えてしまう。
だから一人娘の彼女にはその期待が重くのしかかっていた。
絶対にお婿さんを貰えるようにスパルタで育てられたのだ。
「しかし、わたくしは『女らしさ』なんてどうでも良かったのです」
「そうですよね?そんなの間違ってると思います!」
「ジェニファーさんがそれを仰ってもちょっと……」
そうよね。ジェニファーが言っても説得力がちょっと無いわよね。
「えぇ!?どうしてですか?」
「貴女は実に『女らしい方』ですから」
「わたしがですか?」
「貴女に出会った時『男性が求めるのはこう言う女性なのだな』と思いました」
「それは私も思ったわ」
私もジェニファーを見た時にいかにも男ウケしそうな子だなと思った。
この子は人懐っこくて優しくておおらかな子だ。
しかも世話好きで誰にでも分け隔て無く接する。
まあ、そうじゃないと乙女ゲームの主人公なんて務まらないか。
「わたくしジェニファーさんを見て少し羨ましかったんです」
「わたしが羨ましい?」
ジェニファーは不思議そうな顔をしているが私にはソフィアの気持ちが分かる。
ソフィアはどちらかと言えば気が強い子だ。
相手が間違っていたら例え男の子でも言い負かしてしまう。
だからソフィアを口説こうとする男の子はあまり多くは無い。
「はい、自然体なのに性別問わず色んな方が貴女を慕っています」
それに対してジェニファーはとても人に好かれやすい。
集団の和のようなものを大切にしている子で相手を言い負かしたり何てしない。
ソフィアが政治家ならジェニファーは聖母のような子だ。
「わたくし『両親が求めているのはこう言う子なのだろうな』と思いました」
「そんな!?ソフィアさんは素敵な人ですよ!」
確かにソフィアも魅力が無い訳では無い。
彼女は知的な女性で独立心も強く人を指導する能力も持っている。
リーダーにしたらこの上ない能力を発揮するだろう。
「ありがとうございますジェニファーさん。でも、わたくし分かっていますの」
「……何をですか?」
「世の男性が求めているのはわたくしのような女では無いと」
そう、この世界の男性が求めるのはソフィアのように独立心の強い子では無い。
ジェニファーのように恋人のように美しく母のように暖かい女性なのだ。
それがこの世界で言う『女らしい人』なのだ。
「わたくしも両親の期待に応えようと努力してみましたがダメでした」
「……ソフィアさん」
私は以前のソフィアを良く知っている。
彼女は好きでも無い裁縫や編み物を練習して少しでも『女らしく』なろうとした。
だが、いやいや練習して上達するわけも無く彼女はいつもメイドに叱られていた。
そして、叱られるからもっと嫌いになりその結果もっと下手になる。
負のスパイラルに陥っていた。
「ですが、そんな時にメアリー様に言葉を掛けていただきました」
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