第26話

「うん、その時はお願いするわ」

「そうですか?では、何の話しをしようとしていたのですか?」

 エドワードは心配そうに私の顔をのぞき込んできた。

 昔は全然考えなかったけど、流石は乙女ゲームの攻略対象ね。イケメンだわ。

 って、そうじゃなくって。

「えっと……あなたはいつも私に優しくしてくれるわよね?」

「当たり前じゃないですか。メアリーは僕の大切な婚約者なのですから」

 エドワードはさも当然のようにそう答えて見せたが私は知っている。

 この人は原作のゲームでは婚約者を邪魔者だと想っていた事を。

「うん、そうよね。でも、私がこんな人じゃなかったらどうする?」

「こんな人?メアリー、それはどう言う意味でしょうか?」

「あ、ごめんなさい。説明が足りてなかったわね」

 そうよね。こんな訊き方されても意味が分からないわよね。

 え~っと、何て言えば良いのかしら?

「私がもっとワガママで独占欲が強くて意地悪な女だったらどうする?って事よ」

「……それはさっきグリーンが言っていた事と関連していますか?」

 エドワードの優しい口調が少し強くなった。

 言葉の端に怒気のようなものが感じられる。

「え?あ、そうね。少し関係しているわね」

「メアリー、あんな人の言う事を真に受けてはいけません」

「……」

 確かにエドワードからしたら何でもない戯言かも知れない。

 でも私には彼が何の事を言っているのかが分かるのだ。

「世の中には色んな人が居ます。あなたを良く言う人も悪く言う人も」

「それは分かってるわ。でも……」

 でも、それは世間一般での話しでしょう?

 私が言いたいのはそんな事じゃなくってもっと大きな話しなの。

「理解は出来るけど納得は出来ないと言った様子ですね」

「あなたの言っている事が本当の事だとは分かっているわ」

 でも、私はグリーン君の言っている意味が分かるの。

 あの人は私の正体をきっと知ってるんだわ。だからあんな事を言うのよ。

「父親の七光り」

「え?」

 何?エドワードはいきなり何を言い出してるの?


「僕の事を一部の諸侯はそう呼びます」

「エドワードの事をそんな風に言う人が居るの!?」

 そんなの驚きなんだけど?私、そんな話し一度も耳にしてないんだけど?

 エドワードも私の前でそんな素振り、一度も見せなかったし。

「はい、特に叔父のスチュワート伯爵がそう言っているようです」

「スチュワート伯爵が?でも、いつもは普通にエドワードと接してるわよ?」

 スチュワート伯爵とエドワードのやりとりは数回見た事がある。

 伯爵は中央から少し離れたところに居る人で、あまり王城へ来ない。

「一応、王位継承権は僕の方が上ですからね。相手も失礼な態度は出来ないのです」

「でも、その影でエドワードの事を悪く言ってるの?」

 確かに伯爵はエドワードの叔父、つまりローランド国王の弟だ。

 つまり、エドワードが居なくなれば自分が次期国王になれるかも知れないのだ。

「はい、自分と意見が合う貴族たちと結託して派閥を作っているようなのです」

「革命を起こすかも知れないって事?」

 それってかなりヤバい事なんじゃ?

 国が二分される騒乱が怒りそうな気がするんだけど?

「一応、シーモア公爵が間を取り持ってくれているようなのですが……」

「お父様が?普段は全然すごそうな感じがしないんだけど?」

 お父様がどんな仕事をなさっているのか、実は私は良く知らなかったりする。

 と言うより、家族の誰もお父様の仕事について知らなさすぎるのだ。

「シーモア公爵はすごいお方ですよ?あの方には頭が上がりません」

「……私、ただの子煩悩な貴族だとしか思ってなかった」

 今度、帰省したらお父様に色々と訊いてみよう。

 いつもおおらかなあの人がどんなにすごい人なのか知りたくなってきた。

「話しが逸れましたね。とにかく、僕の事をあれこれと言う人は居るのです」

「だけど、エドワードはそれをいちいち気にしないって事?」

 私とエドワードでは立場が違うから、完全には当てはまらない。

 でも、彼は一国を預かる者としての重責と戦っているのだ。

 その言葉には耳を貸すだけの確かな説得力と重みがあった。

「もちろん人の上に立つ者として下の者の意見は聴かなくてはいけません」

「そうよねそうじゃないとただの独裁者だもんね」

 国王であるエドワードは全てを自分で決められる。

 でも、そうしないのは彼には下の者を思いやる心があるからだろう。

「ですが顔色を窺うのはそれとは訳が違うと思うのです」


「……顔色を窺う?」

「はい、今の僕にはメアリーが聴かなくて良い声を聴いているように見えます」

 エドワードの言いたい事は何となく分かる気がする。

 彼が言っている事は前世でも現世でも変わらない事なのだと思う。

「メアリーが聴くべき声はもっと近くにあるのではないでしょうか?」

「もっと近くって……それはあなたの事?」

「僕だけではありません」

 エドワードはそっと私の手を握った。

 彼の手はいつの間にか大きくたくましく成長していた。

「ロベルタさんやソフィアやジェニファー。それにジョージもです」

 ジョージの名が出た時、少しエドワードは言いにくそうだった。

 本当はジョージの名を出したくはなかったのだろう。

「あまり認めたくはありませんがジョージは頼りになる男です」

「やっぱりエドワードはジョージの事が嫌いなのね」

「一個人としては見習うべき点もあるとは思っています」

 昔、エドワードはジョージと喧嘩する理由を私に教えてくれた。

 ジョージはエドワードから世界に一輪しかない花を奪おうとしているらしい。

「ですが彼が僕の大切な人を狙っている以上、いずれは決着をつけます」

「……私は二人に争って欲しくないわ」

 エドワードは私の婚約者で大切な人なのは確かだ。

 でも、同時に幼なじみのジョージにも傷ついて欲しくなかった。

 私はなんとか二人が仲良く出来ないかと色々と模索してきた。

「残念ですがそればかりは聞けません。それが僕の意思ですから」

「それもエドワードが誰の意見を聞くか自分で決めたって訳ね」

 つまり、エドワードは婚約者の私であっても聞けないものは聞けないと言うわけだ。

 それだけ彼にとって、ジョージとの関係は無視できない問題なのだろう。

 エドワードをこれほど頑なにする問題とは一体何なのだろう?

「そうです。彼に譲れないものがあるように僕にも譲れないものはありますから」

「……そうね。誰にでもそう言うものの一つや二つはあって当然よね」

 もし世界中の人に譲れないものがなかったら、世界はもっと平和だろう。

 だが現実はそうじゃなくて皆、何よりも大切なものを抱えて生きている。

「メアリーにもあるでしょう?」

 エドワードに言われて、私は少し考えてみた。

「……私の譲れないものか」


 私の譲れないものって何だろう?

 正直、今持ってる地位とか名誉とかあんまり興味がない。

 ある日、突然市井の女になっても私は悔しくも悲しくもないだろう。

「良く考えてみて下さいね。メアリーが失ったら悲しいものを」

 エドワードに言われて私は自分にとって何が大切なのか気が付いた。

 私は今の人間関係を失ったらとても悲しい。

 当たり前のように私を慕ってくれる人たちが私の譲れない宝物だ。

「私、みんなが居なくなったら悲しい」

「皆と言うと私やジョージたちの事ですか?」

「それだけじゃないわ。お父様やお母様、お兄様やロベルタもよ?」

 私は自分が多くの人に支えられ、生かされている事を知っている。

 もし、そんな人たちに危機が訪れたら私は迷わずに立ち向かうだろう。

 例え私の全てをなげうったとしてもだ。

「私につながっていて私の事を大切に思ってくれる人たちが私の譲れないもの」

「なるほど。メアリーらいしと言えばメアリーらしいですね」

 私の回答を聞いたエドワードは苦笑していた。

 その表情は公の場で見せる作り笑いではなく、本物の表情だった。

「私、何か変な事を言ったかしら?」

「いえ、そうではありません。ただ、感心しただけです」

 勝手に感心してるけど、私は当たり前の事を言ったつもりなんだけど?

 誰だって、自分の家族や友人や恩人は大切なものでしょう?

「貴女は財産や地位や名誉には昔から無頓着でした」

 エドワードはそう言うけど、私にとってそんな物はあまり重要ではない。

 お金や地位のために命を張る気にはなれない。

「僕に言い寄ってくる女性のほとんどは僕が次期国王だから近付いてきます」

 なるほど、いわゆる『玉の輿』狙いって訳か。

 確かに、エドワードと結婚すれば将来安泰だろうけどそれで良いのか?

「でも、貴女は僕をそんな風に見た事が一度もありません」

 エドワードの目が生徒会室で見せた目と同じになった。

 真剣な眼差しで私を見つめてくる。

「だから好きになったんだと思います」

「……エドワード?」

 何?エドワードのあの目。あのまっすぐに私の目を見るブルーの瞳。

 何か胸が苦しくなって来たんだけど?

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