第27話

「随分と楽しそうな事、してるじゃねぇか?」

 突然、私の背後から柄の悪い声が聞こえてきた。

 私がとっさに声の方を向くと、そこには緑の髪の男が立っていた。

「ジョージ!」

「時間になっても姿を見せねぇから探しに来たらこんなところで油売ってたとはな」

「……ジョージ、もう少し空気を読んではもらえませんか?」

 ジョージの登場にエドワードは不快感をあらわにした。

 にこやかな顔をしてはいたが、声が全然笑っていない。

 このままじゃまた、いつものパターンに入ってしまう!

「空気は吸う物で読む物じゃねぇ」

「そう言う意味じゃないと思うわよ?」

 ジョージの方もエドワードに対してけんか腰だ。

 ジョージは誰にでも噛みつくような男では無いがエドワードにはいつも突っかかる。

 粗暴なのはいつもだけど、それでも配慮が出来る人なのに。

「それに、空気ばかり読んでチャンスを逃したら後悔してもしきれねぇからな」

「……この借りはいつか返しますからね?」

 ジョージの含みのある言い方にエドワードが殺気立つ。

「いつでもかかって来いよ。俺は逃げも隠れもしねぇ」

「……」

 二人はにらみ合ったまま不穏な空気を垂れ流しにしている。

 武器こそ持ってはいないが、いつ喧嘩が始まってもおかしくは無い雰囲気だ。

 ヤバい!今すぐ止めないとカフェが大変なことになる!!

「ジョージ!次の授業まで時間が無いわ!!急ぎましょう!!!」

「良かったな。婚約者に助けてもらえて」

「……君こそ恥をかかずに済みましたね」

 私が止めてるのに、二人はまだにらみ合っている。

 何がこの二人をここまで険悪にしてるの?どうしたら二人は仲良くなれるの?

 この二人って子供の頃からこんな感じよね?

「行きましょうジョージ!先生に叱られちゃうわ!!」

「メアリー、ジョージが何かしたらすぐに言うんですよ?」

「大丈夫よ!ジョージは何もしないわ!!」

 私はジョージの背中を押しながらエドワードに返事をした。

 一瞬、ジョージが何か言ったような気がしたが良く聞こえなかった。

 きっと気のせいだろう。


 私とジョージは地理の授業を受けるべく、廊下を急いでいた。

 さっきジョージの背中を何も考えずに押したけど、結構大きかったなぁ。

 彼の背中は広くて筋肉質で、ジョージがたくましい男に成長した事を物語っていた。

「おい、ボサッとすんな」

「え?あ、ごめんなさい」

 私は両手に残る感触に気を取られていたが、気が付けばもう教室は目の前だった。

 始業のチャイムはまだ鳴っておらず、私たちは遅刻せずに済んだ。

「ほら、入れ」

「……ありがとう」

 私はジョージが開けてくれた扉から教室に入ったが、彼の顔を見なかった。

 何となくジョージの顔を見る事に抵抗があったからだ。

 普段はそんな風に感じた事なんて一度も無かったのにだ。

「……」

 教室に入ってからも私はジョージの顔を見る事が無かった。

 席も不自然に彼と一つ空けて座り、授業中も言葉を交わさなかった。

 何でいきなりこんな気まずい感じになっちゃったんだろう?


 キーンコーンカーンコーン

 授業時間の終わりを告げるチャイムで私たちは席を立った。

 その次の講義まで時間があるから、私はソフィアが居るであろう中庭へ向かった。

「……」

 私の後ろをジョージが無言でついてくる。

 何もおかしな事では無い。子供の頃から何度もあった光景だ。

 それなのに私は妙にジョージの事を意識してしまっていた。

「……おい」

 後ろからジョージが呼ぶが私は振り返らなかった。

 彼の事が嫌いになったと言う訳では無いが、彼の顔を見たくなかった。

 見たら何かが変わってしまうような、そんな気がしていた。

「……おい!危ねぇぞ!?」

「え?」

 私は自分に迫っている危険に全く気が付かなかった。

 前を向いて居たくせに、後ろに居るジョージに気を取られていたのだ。

 気が付くと目の前に下り階段があったのだ。

 あ、ヤバい。


 私は止まる事も出来ずに前のめりにバランスを崩した。

 身体が妙な浮遊感に包まれたかと思うと、そのまま重力に引かれた。

 ほんの一瞬の出来事がスローモーションに見えた。

 嘘でしょ?私、こんなところで死ぬの?

 そう思った時、私の身体は床でも階段でも無い何かの上に倒れ込んだ。

 私の身体を受け止めたそれはいくらかの弾力があり、同時にゴツゴツしていた。

「何で人が呼んでんのに無視してんだ?お前」

 私は私を受け止めたのがジョージだと分かるのに時間がかかった。

「ジョージ!?」

 倒れた私をジョージが仰向けに受け止めていた。

 それが分かった途端、私の顔が熱くなるのが感じられた。

「ご、ごめんなさいジョージ!私、降りるから!!」

「よせ。今、宙に浮いてんだぞ?」

「え?」

 ジョージの言うとおり、私を乗せた彼の身体は宙に浮いていた。

 そして、そのままゆっくりと階段を下っているのが分かった。

「これ、どうなってるの?」

「俺の魔法だ」

 そうだった。ジョージは風属性の魔法を操るんだった。

 だから風の力で落ちる速度をゆっくりにしてるんだわ。

 そんな事を考えていたら、ジョージの腕が私の身体を抱き寄せた。

「ちょ、ちょっとジョージ!」

「ジタバタすんな。落ちるぞ?」

 動揺を隠しきれない私に対して、ジョージはいたって平静だ。

 私の心臓の音、聴かれてないよね?

 今、信じられないくらいドキドキしてるんだけど?

「よっと!」

 危なげなくジョージは着地した。階段を降りきったのだ。

 私は弾かれるように彼から距離をとった。もう、爆発する寸前だった。

「……あ、ありがとう」

 私は荒くなった息を必死に整えながらかろうじてお礼を言った。

 だが、ジョージの目を見る事がどうしても出来なかった。

 何なの?今まで、ジョージにこんな感情を抱いた事なんて一度も無かった。

 今日の私、何か変だよ!?


「おい」

「な、何!?」

 ジョージが呼んでいるが私は彼の方を向けないで居た。

 彼の顔を見たら、また心臓が高鳴りそうだったからだ。

 助けて貰っておいて、顔を見ないなんて酷い話しだけどどうしても出来なかった。

「お前さっきから何で俺の事避けてんだ?」

「べ、別に避けてなんかないわよ?」

「……そうか?だったら」

 いきなりジョージが距離を詰めて来たから私はそれに合わせて後ずさりした。

 こんな態度で『避けてない』なんて、どの口で言ってるのだろう?

 だが、私はジョージに壁際まで追い詰められてしまった。

「ひゃん!」

「俺の顔を見たらどうなんだ?」

 ジョージは壁際に私を追い詰めると逃げられないように壁に手をついた。

 ちょっと待って!どうしたのジョージは!?

 何で今日に限ってこんなに積極的にアタックしてくるの!?

「ど、どうしたの?今日のジョージは?」

「お前に一度教えておいてやろうと思ってな」

 教えるって何を?

 そう言いたかったが、口から声が出なかった。

「俺だって男なんだって事をな」

「……そんな。こんなの、困るわ」

「どうして困るんだ?言ってみろよ」

「だって、私はエドワードの婚約者で……あなたとは……」

 私はジョージの気持ちには応えられない。

 そんな事をしたらジョージとエドワードの関係は決裂してしまう。

「関係ねぇさ」

「ダメよ!王子から婚約者を盗ったりしたら……」

「盗ったりしたら?」

「国に居られなくなるわ!」

「……だから?」

「え?」

 ジョージは何を言ってるの?国を追われるんだよ?大変な事なんだよ?

 それなのに彼はそんな事は全く気にしていないと言わんばかりだった。

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