第19話
確かにジョージの言うとおりだ。
このホールには居てしかるべきの校長先生らしき人物が見当たらないのだ。
「きっと校長先生は体調が悪くて欠席してるのよ」
「だとしたら司会が何か言うはずだ」
それもそうか。校長先生が参加できないとすればあらかじめ言うはずだ。
それなのに司会者も教頭先生もさも当然のように始業式を執り行っている。
「誰もこの事に何も言わない。つまり、最初から校長は参加しない予定だったんだ。」
「そんな事ってあり得る?だって校長先生の席が用意されてるんだよ?」
ジョージの推理では校長先生が居ない説明にはなる。
しかし、それでは校長先生のための椅子が用意されている説明がつかない。
「最初から参加しない予定だったら校長先生の席は必要ないはずでしょ?」
「俺もさっきからその点だけが腑に落ちねぇんだ」
ジョージが真剣な顔をしてホールの中央を見ていたのはそう言うわけがあったのか。
さっきまでは何も気にしていなかったが、急に校長の存在が不気味に思えてきた。
「そんなのは簡単な事ですわ」
「ソフィア?聞いてたの?」
私たちが答えを出せずに頭を抱えていたら、ソフィアが声をかけてきた。
ソフィアはもう答えを見つけている様子だけど。
「何のお話ですか?」
「校長先生がいらっしゃらないお話ですわ。ジェニファーさんはどう思います?」
ソフィアにつられてジェニファーも話に参加してきた。
ジェニファーは好奇心で目を輝かせながらこっちを見ていた。
「校長先生ですか?う~~ん、おなかが痛いんじゃないですか?」
「いいえ、そうではありませんわ。校長は最初から参加しないつもりだったのですわ」
ソフィアは持論に随分と自信があるようだけどその後が問題なのよ。
それじゃ校長の席が用意されてる説明がつかないのよ。
「教頭先生も含めて、誰も校長がこの場に来ないと思っていますわ」
「ならどうして校長先生の為の椅子が用意されてるんですか?」
ジェニファーはソフィアに私たちが答えを出せずにいる疑問をぶつけた。
さて、ソフィアの回答はどんな回答なのかしら?
「それは『駄目元』ですわ」
「だめもと?」
ジェニファーは鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている。
そりゃそうなるわよね。
「校長先生は最初から参加する気がなかったんです」
「参加する気がない?」
ソフィアの説明を聞いてジェニファーが首を傾げていた。
そりゃそうよね。どこの世界に始業式をボイコットする校長が居るの?
「でも、ひょっとしたら気が変わって参加するかもしれない。だから椅子がある」
「貴族の社会ってそんな事があるんですか!?」
「んなわけねぇだろ!どこのわがまま野郎だソイツは!?」
ソフィアとジェニファーのやり取りに耐えられず、ジョージが突っ込んだ。
彼が言わなかったら私が突っ込むところだった。
ジョージって不良みたいな見た目のわりに常識的な事を言うわよね。
「ではジョージは他に何か理由があると?」
「いや、別に見当がついてるわけじゃ……」
しかし、ジョージだってソフィアの案に対抗しうる案があるわけではない。
このままソフィアの案で決まってしまったら校長のイメージが悪すぎる。
「あ、あの……」
「どうかしたのか?ジェニファー」
「何か良い考えが浮かびましたの?」
頼むわよジェニファー。校長を救ってあげて。
校長はわがままな人なんかじゃ無いと言ってあげて。
「あの、校長先生は普通に仕事で居ないんじゃないですか?」
「……それは考えませんでしたわね」
ジェニファーの出した案はいたってシンプルで常識的だった。
私たちが難しく考えすぎただけで、割と真実なんてそんなものなのかも。
「な~んだ、校長は仕事で居ないだけなのか」
「分かってしまえばつまらない話でしたわね」
私もソフィアはもっとすごい秘密が隠されているのかと思っていた。
むしろ期待していたのかもしれない。
「……」
「どうしたの?ジョージ」
だが、ジョージは腑に落ちない様子だった。
口元に手を当てたまま、ホールの中央の空位の椅子を見つめていた。
「いや、本当にそんな理由で校長は居ないのかと考えてたんだ」
「ジョージはそうじゃないって思うの?」
「もし、そう言う理由で居ないのなら開式の時に言っても良さそうじゃないか?」
「え?」
「普通、校長が出られないなら出られませんって最初に言うのが筋だろ?」
確かに、ジョージの言うとおりかも知れない。
いくら学生と言えども、相手は貴族なのだからそんな失礼はしないはずだ。
「ひょっとしたら、校長にはとんでもない秘密があるのかも知れねぇな」
「それって、どう言う……」
私はジョージに詳しく話しを聞こうとしたがダメだった。
なぜなら全校生徒で校歌斉唱する事になったからだ。
校長の秘密って何?校長ってどんな人なの?
「グリーン、学園はどんな様子でしたか?」
「どうもこうも無い。どいつもこいつも平和ボケした連中ばかりだ」
始業式が終わるとグリーンはトイレで個室の人物と話していた。
グリーンは中の人物に鬱憤をぶつけるように不満を漏らした。
「だいたい、なぜオレがこんなボンボンに紛れて生活せねばならん!」
「それは仕方が無いことです。私では学生は無理ですから」
中の人物、ジャックは落ち着いた言葉遣いでグリーンをなだめていた。
慇懃無礼なまでのその態度がグリーンの神経を逆なでしていた。
「だったら教師の役にでもなれば良いだろう!?」
「それでは儀式の準備は貴男がしてくれるとでも?」
「……クソッ!」
最初からグリーンには自分しか学園に潜り込める人物が居ないと分かっていた。
だから文句を言いつつも学生服に袖を通している。
しかし、頭で理解していても心では納得していなかった。
「アレックスの様子は?」
「その点は任せていただいて問題ありません。グリーンは役に集中して下さい」
「どうだかな?お前がアイツを押さえられなかったからこうなったんだろ?」
グリーンは憂さ晴らしと言わんばかりにジャックに嫌みを言った。
グリーンとしてはジャックの不始末に付き合わされている気分だった。
「そう怒らないで下さい。イレギュラーな事態が起こったものですから」
「最初からあの『バグ』を始末してしまえば簡単なんじゃ無いのか?」
「それではプロット通りにお話が進まないでしょ?我慢して下さい」
「……チッ!こんな茶番に付き合わされるとはな」
グリーンは唾を吐き捨てるとトイレを後にした。
「なんだか退屈な催しでしたわね」
「ソフィア、催しじゃなくて儀式でしょ?」
始業式が終わり、食堂へとやって来た私たちは緊張感の無い会話をしていた。
実際、始業式なんて行事は退屈なものに間違いなかった。
「ジェニファーさん、そんな所に居ないでいらっしゃいな」
「あ、あの、わたしどこに座ったら良いのか知らなくて……」
そうか、ジェニファーは食堂に決まった席があると思ってるんだわ。
あの子は平民の出身だから貴族たちに囲まれて食事した事が無いんだ。
「好きな場所に座って良いのよ。こっちにいらっしゃい」
「は、はい。では、失礼します」
ジェニファーはそう言うと、私たちと同じテーブルに着いた。
なんだかこうやって座ってると、シーモア邸を思い出すわ。
「こうやって三人で同じ卓に着いて居るとロベルタさんが出て来そうですわね」
「ロベルタさんの授業は本当に為になりました」
ソフィアもジェニファーも私と一緒にロベルタから色々と教わった。
政治や経済だけでなく、戦争や戦略的な事まで教わった。
「とりあえず何か取ってきましょう」
「そうですわね。お話はそれからでも遅くはありませんわ」
私とソフィアはジェニファーを連れて食事を取りに行った。
ジェニファーはこういったバイキング形式はやっぱり不慣れなようだった。
「これ、本当に取っても良いんですか?」
「ええ、もちろんですわ」
ジェニファーは長いテーブルに所狭しと並べられた料理に驚いていた。
料理はシーモア邸や王城のもの程では無かったがとても丁寧に作られていた。
「どれだけ食べてもタダなんですか!?」
「そうよ、好きなだけ食べて良いんだから」
私とソフィアは不慣れなジェニファーにあれこれと教えながら料理をよそった。
なんだかジェニファーが同い年の女の子と言うより妹みたいに見えるわ。
「……ジェニファーさん、それ全部いただくんですの?」
「取り過ぎたでしょうか?」
私がジェニファーを温かく見守っていたら彼女のお盆が大変なことになっていた。
あのージェニファー?貴女そんなに食べられる?
ジェニファーが残した時の事を考えて、少し少なめにした方が良いかしら?
「全部おいしそうですね!いただきます!!」
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