第18話

 魔法学園は全寮制の学園だ。

 学園にいる間は私たちの身の回りの世話は学園の使用人がしてくれる。

 つまり、ロベルタは学園に入れないのだ。

「学園内で二人がもめ事を起こしたらどうしようかしら?」

「お嬢様はお二人を𠮟りつけたり出来ませんからね」

 私は精神年齢的には三十二歳で立派な大人だが実際の年齢は十六歳だ。

 十六の女の子が男の子二人を叱ったところで効果は薄いだろう。

「あら?心配には及びませんことよ?メアリー様」

「ソフィア?」

 頭を悩ませている私にソフィアが近づいてきた。何か妙案があるのだろうか?

 口ぶりからすると、私たちの会話を聞いていたようだった。

「ソフィア、何か良い案があるの?」

「要はあの二人を黙らせればよろしいのでしょう?簡単ですわ」

 ソフィアは随分と自信があるように見えた。何をする気なの?

 ソフィアだって私と同い年なはずでしょ?

「メアリー様では優しすぎるし、何より立ち位置が悪いですわ」

「立ち位置が悪い?」

 私にはソフィアの言っている意味がいまいちピンと来なかった。

 私の立ち位置って何?

「お二人はメアリー様を挟んで争われるのでメアリー様は板挟みになってしまいます」

「だって、どっちかだけに味方したらかわいそうでしょ?」

 確かに私がハッキリとどちらかの味方になれば争いは起きないだろう。

 でも、じゃあ突き放された方はどうなるわけ?

「ですから『わたくしたち』が二人を引きはがせば良いのですわ」

「はい!困ってるメアリー様を放っては置けません!!」

 ソフィアと背中合わせでジェニファーがポーズを決めていた。

 そのポーズ、何となく『キュアキュアな戦士』に似てるわよ?

「でも、相手は男の子だよ?」

「大丈夫ですわ。女の子に理路整然と叱られるのが男の子には一番効きますから」

「ロベルタさんはいつも丁寧に優しく二人を叱っていました」

「でも、それはロベルタだからであって……」

「お嬢様、ここは思い切ってお二人に頼ってはいかがですか?」

「ロベルタまでそんな事を言うの?」

 私の学園生活ってどうなっちゃうの?


「いつまで校門の前で遊んでいる!邪魔だ!!」

 突然私たちに険のある声が飛んできた。

 声の方を見ると、私より少し背の低い美少年が私を睨んでいた。

「ご、ごめんなさいね。すぐに退くわ」

「……ちっ」

 私が道を譲ると少年は不機嫌そうに舌打ちをして私の脇を抜けていった。

 そんなに怒ることだったかな?道は広いのに。

「何ですのあの方?公爵令嬢に向かって」

「まあ、悪いのは私たちの方だし怒られても仕方ないよ」

 私は険悪な雰囲気になってしまった皆をなだめて教室へと急ぐ事にした。

 さっきの子、一体どこの誰なんだろう?貴族なら私が知っていても良いのに。


「では、一人ずつ自己紹介をしてもらいます」

 教室で私たちはこれから共に学ぶ学友に自己紹介をする事になった。

 クラスには四十人くらい居て、席順に簡単な自己紹介を済ませていった。

「では、次はグリーン君」

「はい」

 呼ばれて立ち上がった男子生徒を私は知っていた。

 なぜなら彼は今朝、私たちと出会った美少年だったからだ。

「メアリー様、あの方は今朝の……」

「うん、分かってるわ」

 私の隣に座ったソフィアが耳打ちをしてきた。

 少年は私たちより年齢が下のように見えるが、飛び級でもしたのだろうか?

「グリーン・L・ライトです」

 グリーンと名乗った少年はそれだけ言うとすぐに着席してしまった。

 あんまり人前に出るのに慣れてないのかな?

「やっぱり失礼な方ですわね。よろしくの一言もないなんて」

「まあ、貴族じゃないみたいだしこういう場があんまり得意じゃないのかも」

 ソフィアにはそう言ったが、私はグリーン君の事が気になった。

 なぜなら彼がチラチラと私の方を見ていたからだ。

「……では、次はアラン君」

「はい!」

 グリーン君の後も自己紹介は続いたがグリーン君は上の空だった。

 自分のクラスメイトに全く興味がないと言わんばかりだった。


「では、この後は全校生徒参加の始業式があります」

 私たちは先生の引率でホールへと行く事になった。

 始業式なんて響きは久しぶりだから、何となく懐かしい気分になっちゃった。

「始業式ってどんな事をするんでしょうか?」

「心配しなくても大丈夫よ。ジェニファー」

 私はジェニファーが心配そうにしているので話しかけてみた。

 彼女は平民の出身だから、こう言う行事は勝手がわからないのだ。

「始業式と言ってもただ座って学園長先生の話を聞いたりするだけよ」

「学園長先生ってどんな人ですか?」

「え?学園長?」

 私はそうジェニファーに問われて返事に困ってしまった。

 なぜなら、学園長がどんな人か私自身も全く知らないからだ。

 よく知らないではなく、本当に全く知らないのだ。

「ソフィアは学園長の事、知ってる」

「申し訳ありません。私も全く何も知らないんです」

 私はソフィアに助けを求めてみたがソフィアも学園長の事を何も知らないようだ。

 彼女も私たちのやり取りを聞いて、記憶をたどってみたのだと思う。

「……誰も知らない学園長、気になるわね」

「怖い人だったらどうしましょう?」

 ジェニファーは震えながら私の右腕を抱いた。

 その姿は、まるで母親にすがり付く子供のようだった。

「大丈夫よジェニファー!きっと良い人よ!!」

「それに先生にでも訊けば教えてくれますわ」

 私とソフィアはジェニファーを勇気づけながらホールへと向かった。

 あの~まさかホールまですがり付いたままなんてこと無いよね?


「ここがホールですか?」

「流石は全校生徒が収まるだけはありますわね」

 ホールは国会議事堂のようにすべての席が中央を向くように配置されていた。

 広さも申し分なく、全校生徒が一堂に会していた。

「皆さん、ちゃんと決められた席に座ってくださいね?」

 引率してきたエマ先生に言われて私たちはあらかじめ渡された番号札の席に座った。

 なぜか分からないが、私とソフィアとジェニファーとジョージは固まって座った。

 こんな偶然ってあるのかしら?


「ただいまより始業式を開式いたします」

 ホールに司会者の声が響くと、盛大な演奏が始まった。

 この大きなホール中に声を届かせてるって事は魔法か何か使ってるのかしら?


 始業式は規模が大きい事以外はいたって普通の始業式だった。

 それぞれの先生が新入生に挨拶をしたり生徒会長が新入生を激励したり。

 やっぱり、日本製の乙女ゲームの世界なだけあって全部日本式なのね。

「エドワードさん、凛々しかったですね」

「この手の経験は多いでしょうからね」

 ジェニファーも最初は緊張していたが、今では近くのソフィアと話す余裕があった。

 実際、ただ座ってるだけの行事なんだから退屈なものよね?

「……」

「ジョージ?どうしたの?」

 私はさっきから神妙な顔をしてホールの中央を見つめているジョージが気になった。

 何か変なところなんてあったかしら?

「妙だとは思わないか?」

「何が?」

 私がそう訊き返すとジョージは教頭先生の隣にある空席の椅子を指さした。

 椅子には誰も座っておらず、ただ置物のように椅子があるだけだ。

「あの椅子がどうしたの?普通の椅子に見えるけど?」

「問題なのは椅子そのものじゃねぇ。問題は誰も座ってねぇってとこだ」

「誰も座ってない?」

 いまいちピンと来ない私の為にジョージは椅子の右に座る教頭先生を指さした。

「あの椅子の隣には教頭が座ってる」

「……そうね?」

 ジョージは教頭先生の右に座る先生を指さした。

 その先生は四十代半ばくらいの落ち着いた印象を受ける女性の先生だった。

「教頭の隣には学年主任が座ってる」

「……そうね?」

 それがどうかしたの?一番左の席が空いている以外は先生たちが並んでいる。

「流れからして左に座ってるヤツほど偉いって事になる」

「……そうでしょうね」

「じゃあ、校長はどこに座ってんだ?」

「……あっ!」

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