第17話
ジェニファーが帰った後、私はロベルタに泣きついた。
「ロベルタ!どうしてこうなっちゃったの!?これ?」
「落ち着いて下さいお嬢様。まずは現状の把握から始めましょう」
お父様がジェニファーを援助すると言った以上、彼女との縁は切れない。
私は否が応でもジェニファーとお付き合いする事になってしまった。
「私、一生懸命ジェニファーに関わらないようにしてきた筈なのに……」
「お嬢様、なってしまった事を悔やんでも仕方ありません。大切なのはこれからです」
ロベルタは半泣きの私を優しく抱きしめると頭をなでてくれた。
子供扱いされているような気もしたが、彼女の体温で私は少し落ち着いた。
「そうよね!過去を振り返ってもどうにもならないわ!大切なのは未来よね!!」
「はい、お嬢様はジェニファー様とエドワード様の邪魔をしなければ良いのです」
ロベルタの言うとおり、私は二人を見守っていれば難を逃れられる。
元々、婚約者にさせられただけなのだからジェニファーに譲ってあげれば良い。
「後はエドワードが私からジェニファーに乗り換えればそれで万事解決よね!?」
「はい、仰るとおりです。お嬢様」
ロベルタは力強く私に頷いて見せた。
彼女にそう言われたら、不思議となんとかなりそうな気がしてくる。
「いつもありがとう、ロベルタ」
「もったいないお言葉で」
私はロベルタに礼を言うと、食堂へと向かった。お腹が空いて来ちゃった。
「……お嬢様にはああ申し上げたが、何かが妙だ」
メアリーが居なくなり一人になったロベルタは考えていた。
この状況はあまりにも出来すぎているからだ。
「お嬢様が仰った状況とは違うが、役者は順調に揃いつつある。なぜだ?」
メアリーとロベルタは破滅の未来を回避するべく努力してきた。
しかし、メアリーの元には続々と彼女が言った登場人物が集まってくる。
「まるで何者かが無理矢理お嬢様が今の状況になるよう仕向けているようだ」
偶然と呼ぶにはあまりにも都合が良すぎる。
まるで逃れられない宿命の糸に絡め取られているかのようだった。
「誰が一体何のつもりでこんな事をしているのかが問題か」
ロベルタは立ち上がると食堂へと向かった。
いかなる困難が待ち受けていようと主を支えるのが自分の本懐だからだ。
少なくとも彼女自身はそう考えていた。
私とジェニファーが半ば強引に友人関係になってから年月が過ぎた。
その間、私は何度もエドワードやジョージと勉強をし、二人を仲裁した。
他にもソフィアやジェニファーと『お茶会』も開いた。
もちろん、その間も剣の錬磨を絶やさなかった。そして、私は十六歳を迎えた。
「ここが『聖エリザベス学園』ね?」
「はい、今日からお嬢様が三年間学ぶ場所です」
馬車から降りた私はロベルタと一緒に目の前の校門を眺めていた。
ここは聖エリザベス学園、通称『魔法学園』である。
私が前世でプレイしていた『トゥルー・ハート』はここを舞台に話が展開される。
「何、校門の前で仁王立ちになってやがる?邪魔になってんぞ?」
私の横から緑色の髪をした柄の悪い男が話しかけてきた。私はこの人を知っている。
「ジョージ!やっぱりあなたもここに入学するのね?」
「こんなボンボンしか居ない場所、来たくはなかったがな」
十六歳に成長したジョージは既に制服を着崩していた。
まるで不良漫画から出てきたような出で立ちだが、彼もれっきとした攻略対象だ。
「ジョージ、来たくなかったのなら帰っていただいても結構ですよ?」
「あん?王子サマが直々にお出迎えとはたいそうな待遇だな?」
ジョージは長身の金髪の男にガンを飛ばした。
王子サマと呼ばれた男は作り笑いを浮かべてそれを笑い飛ばした。
「勘違いしないで下さいね。君ではなく婚約者のメアリーを迎えに来たのです」
「エドワード、校門で喧嘩なんかしたら他の皆が迷惑するでしょ?」
「おっと、そうでしたね。私とした事がうっかりしていました」
エドワードはそう言いながら私の手をさりげなく取った。
ジョージが今にも噛みつきそうな顔をしてこっちを見てるんだけど?
「エドワード様?生徒会長ともあろうものが個人を贔屓するのは良くありませんわ」
「ソフィア!ついに学校への入学を許してもらえたのね?」
私はお嬢様らしからぬ仁王立ちをする亜麻色の髪をした娘を知っている。
もう立派なレディになっていたが、子供の頃の面影がちゃんとある。
「もちろんですわ。最後には『親子の縁を切る』と脅しました」
「……それはやり過ぎだと思うわよ?いくら何でも」
ソフィアの家にはソフィア以外の子供は居ない。
そのソフィアがいなくなってしまったら、血が絶えてしまうのだ。
「何を仰いますの?今まで耐え続けたのですからこれくらい当然ですわ」
ソフィアは誇らしげな顔で胸をそらせて見せた。
「皆さん!ここにいたんですね!?」
「ジェニファー!」
登校する生徒をかき分けて金髪をボブカットにした女生徒がこっちへ来た。
その姿は私が前世で何度も見た乙女ゲームの主人公そっくりだった。
そっくりと言うか本人そのものなのだが。
「ジェニファーさんも今日から同級生ですわね」
「はい!シーモア公爵様のおかげでわたしも今日から魔法学園の生徒です!!」
ジェニファーはかつてシーモア邸で『回復魔法』を披露した事があった。
その才能をオリバーお父様に認められて引き立ててもらえたのだ。
この世界には回復魔法が使える人はとても珍しいのだ。
「あの時、メアリー様に助けてもらえなかったら今頃どうなっていた事か……」
「気にしなくて良いのよ?ジェニファー」
ジェニファーはかつて海外に売り飛ばされそうになった経験があった。
それを偶然見つけた私が助けた事で彼女との交流が始まったのだ。
その出来事をジェニファーは十数年経った今でも恩に感じているのだ。
「そんな事ありません!メアリー様はわたしの恩人なんです!!」
「あ、あはは……」
私は目を潤ませるジェニファーに対して、笑ってごまかすしかなかった。
私の前世の記憶ではジェニファーはいずれ私メアリーを破滅させる存在だからだ。
そんな相手に懐かれても、正直複雑な気持ちにしかならなかった。
「ジェニファーさん、メアリーが困っていますよ?」
「はっ!す、すみません!わたしったらつい……」
エドワードに言われて、ジェニファーはやっと距離をとってくれた。
ジェニファーはとても良い子なのだけれど、距離感が少し近いのが玉に瑕だった。
「ううん、気にしないでジェニファー。これから三年間よろしくね」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!!」
ジェニファーは私の手を強く握ってまたさっきと同じ目で私を見つめた。
お願い、その子犬みたいな目で私を見つめるのをやめて。
「メアリー様、わたくしもよろしくお願いしますわ」
「ソフィアも三年間よろしくね」
「メアリー、僕……私の力が必要だったらいつでも頼ってくださいね?」
「ええ、頼りにしてるわエドワード」
「……」
「ジョージもこれからよろしくね!」
「……別に俺はそんな事、頼んじゃいねぇよ」
ジョージはそんな事を言っているけど、私には彼の気持ちがすぐに分かった。
彼は少し素直になれないところがあるから、こういう時は私から動いてあげる。
「そうね、ジョージは何も言っていないわね。だから、私が仲良くしてほしいの」
「……まあ、お前がそう言うなら」
私はジョージはそう言いつつ差し出してきた右手を両手で握り返した。
私が握った彼の手は子供の頃よりずっと大きくなり、ゴツゴツしていた。
「メアリー、ジョージはあまり貴女とは仲良くしたくないようですよ?」
「あん?勝手な事、言ってんじゃねぇぞ?王子サマ」
私がジョージの手を握っているのを見て、エドワードが茶々を入れてきた。
エドワードは昔から私とジョージが何かしていたら横やりを入れてきた。
「ではジョージ。君は私の婚約者であるメアリーと仲良くしたいのかい?」
「コイツが仲良くしてほしいって言ったんだろうが!」
ま~た始まった。
どうしてエドワードはジョージに突っかかりに行くの?
「そうよエドワード。私がジョージに『三年間よろしくね』って頼んでるの」
「メアリー、ジョージに気を遣う必要はありませんよ?」
エドワードはジョージの右肩をむんずと掴んだ。
エドワードの指がジョージの肩に食い込んで、服にしわが出来ていた。
「……必死だな?王子サマ」
「少々おいたが過ぎますよ?ジョージ」
二人の視線がぶつかり不穏な空気が漂い始めていた。
そう言えば昔もこんな事があったっけ?あの時は確か……
「元気があって大変よろしいですね?お二人とも」
「!?」
後ろから聞こえたうちのメイドの声に二人はすくみ上った。
そうだった。あの時もこんな感じでロベルタが二人を引きはがしたんだった。
「……今日のところはこれくらいにしておきましょう」
「良かったな、白黒ハッキリさせなくて済んだな」
エドワードはジョージの肩から手を離し、ジョージもまた私から手を離した。
二人が大人しく言う事を聞くなんて、ロベルタと何があったの?
「お二人が学園で騒ぎを起こさなければ良いのですが……」
「ロベルタが居てくれたら心強いんだけどね」
私はロベルタと今後の学園生活について頭を悩ませた。
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