第16話
ロベルタの案内で私たちが表通りに出るのにそう時間はかからなかった。
ジェニファーが私たちに同行している事はそれとなく教えた。
「ジェニファー!!」
「お母さん!!」
ジェニファーはお母さんの元へと返され、事件は落着したかに見えた。
しかし、実際は何も解決していなかった。
「ジェニファーはどうなったの?ロベルタ」
「お母様と家路につかれました。一応、お嬢様の連絡先を教えておきました」
「・・・・・・そう、それが安心よね」
私は正直、ジェニファーと関わりを持ちたくは無かった。
彼女に恨みがあるわけでも嫌いなわけでも無いが未来の事を考えると怖かった。
「してお嬢様方、なぜゆえ勝手にあのような場所へ参られたのですか?」
「違うのよ!別に好きであんなところに行ったわけじゃ無いの!!」
私は静かな怒りを燃やすロベルタに必死に事情を説明した。
ソフィアも『紫の髪の人』について援護射撃をしてくれた。
「・・・・・・なるほど。確かにジェニファー様の説明と矛盾しないですね」
「信じてくれるの?普通『嘘をつくな』とか言う場面でしょ?」
「あの短時間で初対面のジェニファー様と口裏を合わせるのはほぼ不可能です」
ロベルタは私たちの説明を案外、あっさりと信じてくれた。
私がロベルタに包み隠すこと無くすべてを話せるのはこのためだ。
「それに、私がお嬢様を信じなくて誰が信じます?」
「今日、ここに居るのが貴女で本当に良かった。いつもありがとうロベルタ」
私は素直にロベルタに感謝していた。
今日だけでは無い、彼女はいつも私の味方で居てくれる。
「そう思うのならもう少し後先考えてから行動して下さいね」
「だから、好きであんな場所に行ったわけじゃ無いんだって!」
ロベルタにチクりと釘を刺されて私はムキになって抗議した。
全部、紫の髪の人が悪いんだって今説明したばかりじゃ無い。
「そこではありません。自ら人さらいに立ち向かったりした事です」
「だって目の前で人が誘拐されそうになってたら誰だってそうするでしょ?」
「・・・・・・世の中には見て見ぬふりをする方がたくさんいらっしゃいますよ?」
ロベルタは大真面目な顔をしてとんでもない事を言ってのけた。
確かに現実はロベルタの言うとおりかもしれないのだけれど・・・・・・
私はロベルタの意見を理解する反面、納得出来ずに居た。
メイドに叱られて苦虫を噛みつぶしたような顔をするメアリー。
そんな彼女を遠くから眺めている人物が居た。
「これで面白くなってきたわね」
「何が面白いんですか?アレックス」
紫の髪をしたアレックスはジャック・クラウドに壁に押しつけられた。
押しつけられたと言うよりも力任せにたたきつけられた。
「壁ドンだなんて強引なんだから。アタシどうなっちゃうの?」
「ふざけないで下さい。これはどう言う事ですか?説明して下さい!」
ジャックは言葉遣いこそ礼儀正しかったが、怒っているのは明らかだった。
そんなジャックの顔を見てなおアレックスは飄々としていた。
「見ての通り『悪役令嬢と主人公の顔合わせ』をしただけよ?」
「それはもっと後での事でしょう!?これでは順番が滅茶苦茶です!!」
ジャックは語気を強めていく。同時に手の力も強くなっていった。
アレックスは微笑みを浮かべたままジャックの話を聞いていた。
「多少、順番が前後しても帳尻が合えば良いじゃ無い?」
「それはこちらで判断する事です!貴方は余計な事をしないで下さい!!」
「あら?ならどうする?アタシを消す?」
「それが出来るならとっくにそうしています!これでも多めに見ているんですよ!?」
ジャックは忌々しそうにアレックスの事を睨んでいた。
しかし、ジャックに出来るのはあくまでそこまでだった。
彼にはアレックスを殴ったり拘束したりする事が出来ないのだ。
「そうよね。消せるわけ無いわよね?だってアナタとアタシは光と影なんだもの」
「・・・・・・」
ジャックは反省の色を見せないアレックスから手を離した。
そしてため息を一つ吐くとアレックスに背を向けた。
「あら?どうするの?」
「グリーンに応援を要請します。この件は私一人の手に余る」
その名前を聞いてアレックスの顔がわずかに曇った。
アレックスは崩れた衣装を直しながらジャックに尋ねた。
「・・・・・・あの人に任せて大丈夫かしら?」
「少なくとも貴方を野放しにしておくよりはマシです。彼もこちら側ですから」
そう言い残してジャックは人混みの中に消えた。
アレックスはメアリーを心配そうに見てからぽつりと言葉をもらした。
「これからが大変よ?悲劇のお姫様」
私がジェニファーと出会って数日がたったある日、突然の来客が会った。
来客はお母さんに連れられたジェニファー本人だった。
「いかがしますか?お嬢様」
「会わないわけには行かないでしょ?」
正直、門前払いしたい気持ちでいっぱいだったがそういう訳にも行かない。
そんな事をしたら、相手に失礼だ。
「チューリングさん、ようこそシーモア邸へ」
「突然の訪問にも関わらず受け入れていただき誠にありがとうございます」
お父様とチューリング婦人が応接間で話をする間、私はジェニファーと会った。
ジェニファーはよそ行き用の服を着て、髪も今日のためにセットしてあった。
「いらっしゃいジェニファー。遠かったでしょう?」
「こんにちはメアリー様。この間はありがとう御座いました」
ジェニファーは私に深々と頭を下げた。
やっぱり、エドワードが惚れるだけあって礼儀正しい娘だ。
「ううん、気にしないで。そんな事より私の部屋を見せるわ」
「メアリー様のお部屋ですか?是非みたいです!」
私はジェニファーを自分の部屋に案内する事にした。
ジェニファーにとってシーモア邸は珍しい物だらけのようでキョロキョロしていた。
その様子はどことなく小動物っぽくてかわいかった。
「さあ、ここが私の部屋よ」
「・・・・・・ここが、メアリー様のお部屋」
ジェニファーは私の部屋をグルッと見回していた。
私の部屋はお嬢様のかわいい部屋と言うより、大人の女の落ち着いた部屋だった。
「想像していたのとは違った?」
「いいえ、思っていたとおりでした」
「え?」
「わたし、メアリー様を一目見た時に『かっこいい人だな』って思ったんです!」
「そ、そう?」
「はい!そうしたら思っていた通り、お部屋もかっこいいお部屋でした」
「かっこいい・・・・・・ねぇ・・・・・・」
私は自分の部屋でジェニファーをもてなす事にした。
ジェニファーは私についてあれこれと質問を浴びせて来た。
そして、私の回答を聞いては満足そうに「かっこいい」と喜んでいた。
ただ、私はかっこいいつもりは全然無いんだけどなぁ・・・・・・
「あっ!」
それは厨房から聞こえたメイドの声だった。
廊下に出て家の中をジェニファーに案内していた私は声の方へと走った。
「どうしたの!?」
「あ、メアリーお嬢様。いえ、何でも御座いません!」
何でもないとそのメイドは言っていたが、私の目には赤い物が見えた。
どうやらそのメイドが手を切ってしまった様子だった。
「ちょっと見せて!」
「いけませんお嬢様!」
「良いから見せなさい!」
私は半ば強引にそのメイドの手を見た。傷は深くは内容だが傷からは血が出ていた。
早く手当をした方が良いだろうと思い、私が薬箱を取りに行こうとした時。
「わたしが治します!」
「ジェニファー?」
ジェニファーがメイドの傷に手をかざすと、傷が淡く光り始めた。
私は忘れていた。ジェニファーには世界でも珍しい『治癒魔法』が使える事を。
その能力が認められてジェニファーは十六歳の時に魔法学校へ入学するのだ。
「はい、治りました。痛みとかはありますか?」
「・・・・・・いえ、平気です」
メイドは光っていた自分の手をしげしげと見つめていた。
そこには傷など無く、怪我をする前の状態になっていた。
「なんと言う事だ」
「お父様!?いつからそこに?」
私たちの後ろ、食堂の入り口からお父様が一部始終を見ていた。
何でこんなにタイミング悪くお父様が居るの?あなたは応接室に居たでしょ?
「私を呼ぶ声がしたから来てみれば今のは一体なんだい?」
「わたしの『治癒魔法』です」
「治癒はもうだって!?婦人、それは本当ですか?」
お父様に問われてジェニファーは正直に話してしまった。
って言うか誰もお父様の事なんて呼んでないんですけど?
「娘には生まれつき治癒魔法の才能があるんです」
「そうですか。そう言う事だったのですね」
お父様はチューリング婦人から事情を説明されて得心がいったようだ。
なんだかとてもまずい状況になりつつあるような気がするわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます