第15話

「わぁ~~ここが港の市ですか?」

「はぐれないで下さいね。場所によっては治安が悪いので」

 私とソフィアはロベルタに連れられて国の南の港に来ていた。

 ここには貿易船がたくさん往来して金と人と物が集まる。

「わたくし、こんなにたくさんの方が集まっている場所なんて初めて来ました」

「ソフィアは市に来るのは初めて?」

「はい『市には物取りや人さらいが居るからダメだ』と母が・・・・・・」

 ソフィアはある意味、私よりもお嬢様なのかもしれない。

 家の中に押し込められて箱入り娘にされている。

「今日はロベルタも居るし、大丈夫よ」

「はい!どれもこれも屋敷では見られない物ばかりです!!」

「さあお嬢様方、参りましょう」

 私たちはロベルタに連れられて市の中でも特に大きな通りを歩く事にした。

 市では魚介類はもちろん反物や書籍も売ってあった。

「本当にいろんな物が売ってあるのね?」

「本当ですね、何でも売ってありそうです」

「本当に何でも売ってありますよ?」

「え?」

 ロベルタの含みのある言い方に私たちは少し引っかかった。

 彼女は『何でも』と言ったが、それはどう言う意味だろうか?

「武器でも麻薬でも人でも売ってありますよ」

「・・・・・・え?嘘でしょ?」

「ロベルタさんったら、脅かさないで下さい」

 私とソフィアはロベルタが冗談を言っていると思った。いや、思おうとした。

 自分たちが見て回っている裏でそんな物が売買されているなんて考えたくなかった。

「・・・・・・」

 だが、ロベルタの沈黙がそれが嘘でも冗談でも誇張でも無い事を表していた。

 私たちは物言わぬロベルタの顔を見て、つばを飲み込んだ。

「・・・・・・少し休憩にしましょうか?」

「・・・・・・お願いします」

 私とソフィアはロベルタに雰囲気の良い喫茶店へ案内された。

 だが、あんな恐ろしい話をされた後にお茶を楽しむ余裕は無かった。

 私とソフィアは手を止めてなんとなく雑踏を眺めていた。

 そんな時、私の目にある人物が止まった。


 紫の髪を伸ばした男性とも女性ともつかないその人を私は知っている。

 私とエドワードが貧民街に迷い込んだ時もその人を見たからだ。

「・・・・・・」

 私とソフィアはその人の手招きで操られるようにフラフラと歩き出した。

 ロベルタは一瞬、席を外していて私たちは二人きりだったのだ。

「・・・・・・あれ?」

「・・・・・・メアリー様、ここは!?」

 私とソフィアは大通りから外れた治安の悪そうな場所で気がついた。

 柄の悪い大人がウロウロしていて、いかにも物騒な場所だった。

「どうしましょう!?メアリー様!」

「落ち着いてソフィア!下手に目立つとかえって危ないわ!!」

 私はソフィアを落ち着かせると大通りに出る方法を探す事にした。

 あの紫の髪の人は気になるけど、今はそれどころではない。

「とりあえず、方角だけでも分からないかしら?」

「・・・・・・太陽があっちに見えるから私たちは今、北を向いていると思います」

「・・・・・・すごいわね、ソフィア。そんな方法を知って居るだなんて」

「前に航海士の自伝を読んだ事があるんです」

 私とソフィアは太陽を頼りにここを抜けだす事にした。

 私たちが歩き出して少しするとあるものが見えて来た。

「・・・・・・本当にこっちにお母さんが居るんですか?」

「ああそうだよ、すぐに会わせてあげるからね」

 それは金髪の女の子が怪しい男の人に誘拐されそうになっている現場だった。

 ロベルタが言っていた『何でも売ってる』と言う言葉が思い出された。

「そいつに着いて行っちゃダメよ!国外に売り飛ばされちゃうわよ!!」

 気が付いた時には私はそう叫んでいた。こんなの見過ごせる訳がなかった。

「・・・・・・何だ?そこのガキどもは?人の商売の邪魔すんのか?」

 人さらいは私たちを睨むと値踏みするように私たちをジロジロと見た。

「・・・・・・結構良い物を着てるな。コイツは『カモネギ』かもしれねぇな?」

 人さらいは標的を金髪の女の子から私たちへと変えたようだ。

 下品な笑みを浮かべたままゆっくりと私たちへと歩いて来る。

「ソフィア!何か武器になりそうな物は無い!?」

「え?武器になりそうな物?そうだ!」

 ソフィアは手近なところにある敷石に自分の手のひらを押し当てた。

 すると、敷石が形を変えて石の剣が出来た。


「ソフィア、あなた魔法が使えたのね!?」

「わたくし、魔法は得意なんです」

 この『true heart』の世界には魔法の概念がある。

 そして、どうやらソフィアには『土属性』の魔法が宿っているらしい。

「いくら魔法が使えようとガキ二人に何が出来るってんだ!?」

 人さらいはナイフを腰から取り出すと私たちにチラつかせた。

 見たところ武術のたしなみは無いらしく、ただのチンピラのようだ。

「何が出来るかはその目で確かめるのね!」

 私は石の剣を構えるとチンピラに挑みかかった。

 ロベルタから鍛えられた剣技をこんなところで披露するとは・・・・・・

「なめるなよ、ガキが!」

「せいっ!」

 私はチンピラの左手の甲に剣を寝かせた状態でたたき込んだ。

 男は痛みのあまり、悶絶してナイフを落とした。

「どう?まだやる?」

「・・・・・・クソッ!今日の所は見逃してやるよ!!」

 男は小物くさい捨て台詞を吐くと大急ぎで私たちの前から消えた。

 その場には私とソフィアと金髪の女の子だけが残された。

 あの金髪の女の子、どこかで見た事があるような気がするんだけどな?

「メアリー様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。ソフィアも無事で良かったわ」

 私は互いの無事を確かめると呆然としている金髪の女の子に声をかけた。

 年齢は私やソフィアと同じくらいかしら?身なりからして平民のようだけど・・・・・・

「・・・・・・怖かったでしょう、もう大丈夫よ。何もされてない?」

「あ、あの・・・・・・ありがとうございます。メアリー様」

 その女の子は私の名を呼んだ。さっきソフィアが呼んでいたのを聞いたのね。

「どういたしまして。その、あなたのお名前は?」

「ごめんなさい。わたし『ジェニファー・チューリング』って言います」

「え?」

 私はその名を聞いて、一瞬思考が止まった。

 ジェニファー・チューリングとは『true heart』の主人公の名だからだ。

 確かに言われれば液晶画面に映されていたジェニファーもこんな感じだった。

「・・・・・・どうかなされたのですか?メアリー様、顔色が悪いですわ」

「え?あ、いえ、何でも無いわソフィア」


 私はソフィアとジェニファーと共に帰り道を探す事にした。

 どうしよう、ジェニファーに会っちゃったよ。私これからどうなるんだろう?

「まあ、それではジェニファーさんも紫の髪の方に?」

「はい、気が付いた時にはあそこに居て・・・・・・それで・・・・・・」

「先ほどの人さらいに声をかけられたと言う訳ですね?」

 私の隣でソフィアとジェニファーが互いの事情を話していた。

 私はジェニファーをどう扱ったら良いのかでいっぱいいっぱいだった。

「メアリー様、どうかなされたのですか?先ほどから黙り込んでしまって・・・・・・」

「え?いや、何でも無いのよ。ただ、あの紫の髪の人は何者なのかな?って・・・・・・」

 私はそう言ってごまかすだけで精一杯だった。

 ソフィアやジェニファーに『前世の記憶』について話すわけにもいかないし。

 そんな私たちと陰から付け狙っている人が居た。

「畜生・・・・・・あのガキ共、俺に恥をかかせやがって」

 それは私がさっき追い返した人さらいだった。

 人さらいは私たちを仕留める機会を物陰から伺っていたのだ。

「・・・・・・へへ、見てやがれ。大人をなめるとどんな眼に会うのかを教えてやるぜ」

「・・・・・・もし、そこの御仁」

「うわっ!・・・・・・何だただのメイドかよ。この俺に何か用かよ?」

「申し訳ございません。お時間は取らせませんのでお付き合い下さい」

「・・・・・・良く見たらお前、美人だな。へへっお礼はしてくれるんだろうな?」

「ええ、たっぷりとお礼して差し上げます。嫌と言うほど」

「何だよ何だよ。やる気満々かよ?何だよ用事ってのは?」

「・・・・・・エイメン」

「・・・・・・は?」


「お嬢様!」

「ロベルタ!どうしてここが分かったの?」

 私たちは声の方向を振り向いた。するとそこには頼りになる家の使用人がいた。

 その姿を見た途端、私の中に緊張の糸が切れるのが分かった。

「説明は後です。すぐにこんな『掃きだめ』から出ましょう」

「そうね、私お腹が空いちゃった」

 緊張の糸が切れると同時に私のお腹の虫が催促してきた。

 こんな事が前もあったっけ?

「すぐにご用意いたします」

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