第14話

 私とソフィアが秘密の約束をして部屋から戻るともうゲストでごった返していた。

 ゲストの中にはエドワードやジョージも当然のように居た。

 まあ、エドワードは婚約者だしジョージは幼なじみだから当然と言えば当然よね。

「メアリー、七歳の誕生日おめでとう御座います」

「ありがとうございます、エドワード」

 私はエドワードにスカートの裾を持って挨拶をした。

 普段だったらここまでかしこまった挨拶はしない。

 しかし、今日は賓客がたくさん来ているフォーマルな場だ。TPOはわきまえなければ。

「今日はいつにも増して輝いていますよ。あなたが大人になる日が楽しみです」

「何言ってんだ、お前?十八歳までまだ十一年もあるんだぞ?」

 エドワードの隣のジョージが横やりを入れてきた。

 確かに今からそんな未来の事を言われても、何が起こるか分からないものね。

 エドワードの気持ちがジェニファーに移る事もあるだろうし。

「おやジョージ、居たのですね。気がつきませんでした」

「・・・・・・メアリーの手前、今日は大人しくしておいてやるけど覚えておけよ?」

 あからさまに邪険に扱われてジョージの肩に怒りのオーラがみなぎってる。

 こんなところで喧嘩でもされたら大変だ!

 ここは私がなんとかしなくては!

「ジョージも今日は本当にありがとう!来てくれて嬉しいわ」

「・・・・・・別に、ただ予定が空いてたから来ただけだ」

 ジョージは顔をかきながらそっぽを向いてしまった。

 そんな照れ隠ししなくても良いのに。

 でも、この素直じゃないところがジョージらしいって言うか何て言うか。

「それでも嬉しい!二人とも今日は楽しんでいってね!」

「ええ、もちろんそのつもりですよ?」

「・・・・・・ああ」

 二人は一応は拳をおさめてくれたようだ。これで一安心。

 なんだかんだ言って、二人とも悪い子じゃない。ちょっと癖が強いだけだ。

 だから、ちゃんと言って聞かせれば分かってくれる。

「メアリー、パーティーが始まるよ?」

「あ、お兄様。でも、まだ二人に・・・・・・」

「私たちの事は気にしないで下さい」

「変なドジ踏むなよ?」

 私はエドワードとジョージに送り出されてパーティー会場へ向かった。


 パーティーにはたくさんのお客さんが来ていた。

 シーモア家は公爵家だから、お客さんもたくさん居るのは当然だ。

 私は主役だからその人たちに挨拶して回らなくてはいけない。

「おめでとう御座います、メアリー様」

「ありがとうございます」

 こんな感じのやりとりを十何回も繰り返して回る事となった。

 主役なのにのんびり出来ないなんて、日本の誕生日とは大違いだ。

 私はやってきたゲストをひたすらもてなして回り、休む暇なんてほとんどなかった。

「・・・・・・つ、疲れた」

「お疲れ様ですお嬢様。とても立派でしたよ」

 パーティーが終わる頃には私はクタクタになっていた。

 ロベルタが出してくれたお茶を飲んで一息つくと、ドッと疲れが出た。

 七歳の誕生日が特別なのは分かるが、こんなに大変とは思わなかった。

「ずいぶんお疲れのようですね、メアリー」

「あ!エドワード、すみません。変なところを・・・・・・」

 私は慌てて立ち上がった。座ったままお客様に対応するなんて変でしょ?

 でも、エドワードは手のひらを見せておさえるジェスチャーをした。

 精根尽き果てた私の事を気遣ってくれての事だろう。

「いえ、座ったままで大丈夫ですよ。楽にして下さい」

「・・・・・・そうですか?では、お言葉に甘えて」

 私は再び椅子に座ると、エドワードも椅子に座った。

 私たちは向かい合って座るかたちになった。

 なんだか、こうやって座ったのが随分久しぶりな気がした。

「今日は本当にお疲れ様でした。メアリーの姿はとても凜々しかったですよ」

「え!?私、また何か変な事を?」

 嘘でしょ!?これでも普段は普通のお嬢様を演じてるつもりなんだけど?

 やっぱり、根ががさつだから少しくらい取り繕ってもすぐにボロが出るんだ。

 ま~たロベルタに怒られる。

「いえ、変だったと言いたいのではありませんので大丈夫ですよ」

「え?そうなんですか?」

「はい、大人相手でも堂々としていたと言いたいのです」

 そう言いながらエドワードは私を目を輝かせて見ていた。

 何の表情なの?それは?

 何か、前もその目で私の事を見ていたような気がするけど?


 私の誕生日が終わって、一週間くらい過ぎた頃にソフィアが私の家を訪ねて来た。

 今日は私たちの初めての『秘密のお茶会』の日なのだ。

「あ、あの・・・・・・メアリー様、今日はよろしくお願いします!!」

「よろしく、ソフィア。そんなにかしこまらなくても良いのよ?」

 私がソフィアに椅子を勧めると彼女はうやうやしく座った。

 講師のロベルタはこのお茶会に案外肯定的であっさり引き受けてくれた。

「さて、お嬢様がお茶会を始めますのでどうかナンシーさんは部屋の外へ」

「・・・・・・かしこまりました」

 そうロベルタに言われてソフィアの付き人のナンシーさんは部屋から出て行った。

 ナンシーさんは老齢のメイドだったが本家のメイドのロベルタには逆らえない。

「・・・・・・さて、お目付役も居ませんし早速始めたいと思います」

「ロベルタさん、よろしくお願いします」

「かしこまりました」

 ロベルタは手早くお茶や菓子を私たちの前に配置した。

 何か、この位置関係どこかで見た事があるような気が・・・・・・?

「さて、メアリー様の方角を北とします。そして我が国の北には国は御座いません」

「あ!これってお菓子が国のかたちになってる!!」

「お嬢様、大きな声はご遠慮下さい」

「・・・・・・ごめんなさい」

 私はとっさに自分の口を押さえた。外に聞こえたら大変だものね。

 ロベルタはお茶会のために特別な菓子を用意してくれていた。

「すごいですわ、ロベルタさん。こんな方法を思いつくなんて・・・・・・」

「お褒めにあずかり光栄です」

 私たちはロベルタから政治について教えてもらう事になった。

 国の位置関係から、各国の特産品や人口。軍事力や同盟関係についてもだ。

「・・・・・・ですから、島国である我が国は南からの攻撃に備える事が肝要なのです」

「なるほど。そして、南にある共和国は四方を囲まれてしまっている」

 ソフィアは夢中になってロベルタの講義を聴いていた。

 それはもう、お茶がぬるくなってしまうくらい。

「そうです。ですから共和国は我が王国と友好関係を築きたいのです」

「そうすれば背中を刺される心配が無くなるものね」

「その通りです、お嬢様」

 ロベルタの講義は分かりやすく、とても有意義な時間を過ごせた。

 でも、ロベルタって何でこんなに色々と知ってるの?


 ソフィアとの第一回目のお茶会が終わってから一週間程たった晴れの日。

「メアリー様、ソフィア様がいらっしゃいました」

「分かったわ、お通しして」

 ソフィアはウキウキしながら私の部屋に入って来た。

 歩き方はおしとやかなお嬢様の歩き方だったが肩が喜んでいた。

「メアリー様、お招きいただきありがとうございます」

「ええ、早くお茶会を始めましょう。座って」

 私とソフィアは今日もお茶会を開く事にした。

 さて、今日のロベルタは何を教えてくれるのかしら?

「ロベルタ、はじめてちょうだい」

「本日もよろしくお願いします。ロベルタさん」

「かしこまりまして」

 ロベルタは手品のようにどこからか『お金』を出して私たちに見せた。

 今日は経済の話をするって事?

「お嬢様たちは『お金とは何か?』考えた事が御座いますか?」

「・・・・・・お金、ですか?いえ、あまり良く考えた事は・・・・・・」

「ありがとうございますソフィア様。今回はお金の話をする所存です」

 ロベルタは私とソフィアの間にあるテーブルにお金を置いた。

 金で出来たそれは陽光を反射して鈍く輝いていた。

「お嬢様たちはお買い物をなさる時、お金を使いますね?」

「・・・・・・はい、小切手の場合もありますが・・・・・・」

「では、なぜこの金属の塊でお買い物が成立するのでしょうか?」

「・・・・・・なぜ?言われてみればなぜでしょう?こんな物で・・・・・・」

 ソフィアは金貨を手に取り、しげしげと見つめていた。

「それは国がお金の価値を保証してくれるからでしょ?」

「その通りでございます。お嬢様」

「・・・・・・そうか、国が『これには価値がありますよ』と保証するからなんですね」

「はい。なので国が破綻したらこれは価値のない物になってしまうのです」

 ロベルタはその後も貨幣の役割について教えてくれた。

 ソフィアはその話を真剣な顔で聞き逃すまいと集中して聞いていた。

 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎ、ソフィアは帰る時間になった。

 講義の終わりにロベルタは次回について教えてくれた。

「次は実際にお金が使われている現場に行ってみようと思います」

 それはソフィアが待ち望んだ事だった。

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