第29話

「ジェニファーは良いヤツだ。でもな、だからって簡単に乗り換えたりは出来ねぇ」

「……どうして?どうしてジェニファーじゃダメなの?」

 何でそこまでジョージは私の事を想ってくれるの?

 私はあなたにとって何なの?ジェニファーと何が違うの?

 分からない。私には自分がそんなに良い人間だと思えない。

「それはお前が俺の初恋の相手だからだ」

「え?初恋?」

 ジョージは私の問いに気恥ずかしそうに答えた。それで全てが腑に落ちた。

 男の子にとって初恋とはとても大切なものだとロベルタに教えて貰った。

 例え何度新しい恋をしても初恋と言うものは忘れられないのだという。

 本来、それはジェニファーが担うべき役割だったのに。

「俺も何度もお前を諦めようとしたさ。でもな、無理だったんだ」

「……ジョージ」

 私はジョージの気持ちにどうやって応えたら良いのだろうか?

 それとも、ハッキリと諦めさせるべきだろうか?

 このままではジョージもエドワードも苦しむだけだ。

「……なるほど。やはりお前が元凶だったか」

「グリーン君」

 私たちのやりとりを見ていたグリーン君は怒りのオーラをみなぎらせていた。

 私をこの場で始末する気なの?私はそんなの嫌っ!

 まだ、エドワードにもジョージにも応えてない。

「メアリーは殺らせねぇぞ?」

「勘違いするな。お前と決着を付けるのは今じゃない」

 そう言うとグリーン君は私たちに背中を見せた。

 その背中をジョージが呼び止めた。

「逃げんのか?」

「追いたければ追ってこい。もっとも、追えるものならな」

 グリーン君は振り返らずに廊下を歩き出した。

 すると、今まで誰も居なかった廊下に急に生徒が集まり始めた。

 まるで、ダムの堰を切ったかのようだった。

「お二人とも、こんなところに居ましたのね?」

「……ソフィア?」

「どうかなさいましたの?剣なんて持って」

 ソフィアの姿を見て、私たちは崩れるように座り込んだ。


「ついにグリーンさんが動いたのですね?」

 ソフィアと合流した私とジョージは事のあらましを説明した。

 グリーン君が私に向ける殺意は並々ならぬものだった。

 本当に彼は私を殺すつもりで動いていると見て間違いないだろう。

「だが、奴は訳の分からねぇ事を言ってやがった」

「ジョージが好きになるべきなのはジェニファーさんと言う話ですね?」

「ジョージだけじゃないわ。エドワードにも同じ事を言ったわ」

 グリーン君は二人に対してジェニファーを愛するように言った。

 それはきっとトゥルー・ハートとしては正しい事なのだろう。

「そんなの大きなお節介ですわ。誰が誰を好きになろうがそんなの本人の勝手ですわ」

「……うん、そうよね」

 だが、ソフィアもジョージもグリーン君の言葉に耳を貸す気は無いようだ。

 まあ、それが普通の反応よね?

「そもそも奴の目的が見えねぇ。奴は何がしたいんだ?」

「メアリー様を殺害しようとする一方でジェニファーさんを推す。意味不明ですわね」

 ジョージもソフィアもグリーン君の意図を掴めない様子だった。

 だが、私には少しずつ彼が何をしたいのかが分かりつつあった。

 キーワードは『運命』だ。

「まあ、こんなところで話し合っても答えは出ねぇだろう」

「そうですわね。相手が来るなら盛大に歓迎して差し上げるまでですわ」

「……それしか無いものね」

 だが、私たちはグリーン君の言う運命に大人しく従う気は無い。

 特に私なんて運命に従ったら死ぬしかないのだからそんなの絶対にお断りだ。

「おい!」

「な、何?ジョージ」

 ソフィアと別れて次の講義へと向かう私をジョージが呼び止めた。

 何?まさかまた私に迫った来るつもりじゃないわよね?

「さっきも言ったと思うが、俺はお前の事が好きだ」

「え、ええ。聞かされたわね」

「今すぐにじゃなくて良いから必ず返事をしろ。良いな?」

「……分かった、必ず返事をするわ」

「それから、背中には気をつけろよ?」

 そう言い残すとジョージは自分の講義へと向かった。

 私はちゃんと二人に返事をするまでは死ねないのだなと思った。


 それからの私は本当にどこに行く時も誰かと一緒だった。

 朝起きた時から眠る時まで本当にいつも。

「あれから何日かたったけど、何も起きないわね?」

「隙を窺っているのかも知れません」

 私の隣を歩くジェニファーはキョロキョロと周囲を見回していた。

 今、一番怪しいのは貴女だと思うわよ?

「お二人とも、こちらですわよ!?」

 教室の前にはソフィアが待っていた。

 ジェニファーは受ける講義が違うから、ここでソフィアと交代するのだ。

「ソフィアさん、メアリー様をお任せします」

「大船に乗ったつもりで居て下さいな」

 私はジェニファーに礼を言うとソフィアと共に教室に入った。

 教室にはジョージが既に着席して待っていた。

「おう、今日は早かったな」

「いつもより少し早くに目が覚めちゃったの」

 私はジョージとソフィアに挟まれるかたちで着席した。

 一瞬、背後から視線を感じた気がしたが誰も見ていなかった。

「いつもこの調子だったら手間もかからねぇんだがな」

「ジョージ?いくら幼なじみと言えども公爵令嬢にそんな口の利き方は……」

 ソフィアはジョージの口の悪さをたしなめた。

 二人はは知らないうちにこう言うやりとりをするようになっていた。

「関係ねぇよ、この学園内では平民も貴族も全員同じ扱いだからな」

「……もう!」

 そうこうしているうちに講師が教室へと入ってきた。

 ジェームズ先生の歴史の授業が始まるのだ。

「ジョージはどうして歴史の授業なんて受けてるの?」

「あん?何だそりゃ?」

 私は隣でジェームズ先生の話に耳を傾けるジョージに尋ねた。

 彼は意外にも真面目に授業を受けており、見た目とはかなりギャップがあった。

「メアリー様は貴方と歴史の授業が結びつかないのよ。フフフッ」

「笑うんじゃねぇ。ちっ!どいつもこいつも」

「ご、ごめんなさい」

「仕方ありませんわ。ジョージはどちらかと言えば武闘派ですから」

「……覚えてろよ」


 私はこんな学園生活も嫌ではなかった。

 不安はあったが、友達や幼なじみと一緒に居られる生活は楽しかった。

「ん?何かドアに差し込まれてる」

「手紙みたいですね?」

 それは夕食を終えて、ジェニファーと一緒に寝室に入ろうとした時だった。

 手紙の差出人はグリーン君だった。

「『明日の放課後、第二音楽室で待っています』か」

「絶対に罠ですわね」

 私は急いでエドワード、ジョージ。ソフィアを部屋に招いた。

 一同は手紙を回し読みして対策を考える事にした。

「無視してはいけないのでしょうか?」

「ジェニファー、残念だがそれじゃ問題の解決にはならねぇ」

 ジョージの言うとおりだった。

 仮に今回やり過ごしたとしても、グリーン君は私を狙い続けるだろう。

「しかし、メアリーをわざわざ危険にさらすというのも私は賛成できません」

「わたしもエドワード様の言うとおりだと思います」

 エドワードとジェニファーは私の身の安全を優先してくれていた。

 火の中にわざわざ飛び込む必要はない。

「火の手が回ってくるより飛び込んだ方が良い時もある」

「君らしい意見だね。ジョージ」

 対してジョージは問題を解決する方法を考えていた。

 自分の力でのし上がり、男爵になった彼らしい発想だ。

「わたくしもジョージの意見に賛同しますわ」

「なぜですか?ソフィア」

「このまま逃げ続けていてはメアリー様はいつまでたっても安心できません」

 確かに、ソフィアの意見にも一理ある。

 降りかかる火の粉は払わなければならない。

「婚約者としてメアリー様に安心して欲しいとは思わないんですか?」

「それは……僕だってメアリーに不安を抱えたまま生活して欲しくない」

 ジョージもジェニファーもそう言われては反論できなかった。

 遅かれ早かれグリーン君は私の命を狙ってくる。

「幸いにもこの手紙には『一人で来い』とは書かれてないしな」

「僕たち全員で挑むと言いたいのですか?」

「それ以外に何があるってんだよ。王子サマ?」

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