第30話

 翌日の放課後、私はグリーン君の指定した第二音楽室へと来ていた。

 開けようとした音楽室の扉がやけに重く感じられた。

「……来たか」

 グリーン君は音楽室の中央に立っていた。

 彼は私の後ろに居る仲間たちを見ても眉一つ動かさなかった。

「グリーン君、要件は何?」

「要件は既に伝えてあるはずだが?」

「それは、私を殺すって言う事?」

「それ以外に何がある?」

 グリーン君はさも当然のように言ってのけた。

 後ろに居るエドワードやジョージたちがわずかに殺気立つのが感じられた。

「どうして私を殺そうとするの?私に何か恨みがあるの?」

「恨みなんかない。ただお前の存在が許しがたいだけだ」

「許しがたい?それって以前、話した『バグ』と関係する事?」

「そうだな、殺される理由くらいは知りたいだろうからな」

 グリーン君は手近な所にあった椅子に腰掛けた。

 座っては居たが、彼から殺気が少しずつ漏れているのが分かった。

「個人の幸せと世界のバランス、どちらが大切だと思う?メアリー・シーモア」

「何の話?世界のバランスと私が殺される理由が関係あるの?」

「大いにある、お前の存在はこの世界にとって癌なんだ」

「私が何をしたって言うの?私はただ……」

 破滅の未来を回避したいだけで何も悪い事はしていない。

「運命をねじ曲げようとしている。自分の都合だけで」

「なっ!?」

 何よそれ!?私はただ幸せになりたいだけなのにそんな事を言われるなんて。

「お前は知っているはずだ、自分が本来ならどんな立ち位置なのか」

「……それは」

 私は知っている。メアリー・シーモアの本来の役割を。どんな最後を迎えるか。

 それを知っていて私は今まで運命を変えるために行動してきた。

「お前の存在そのものが罪なんだ!お前は許されざるイレギュラーだ!!」

「何の話をしているのか良く分かりませんが、そこまでにしていただきましょう」

「うだうだと訳の分からねぇ話をしてんじゃねぇ!自由に生きて何が悪い!?」

「そうですわ!なぜ自分に与えられた役割に従わなくてはならないのですの!?」

「自分の運命は自分でつかみ取るべきだとわたしも思います!」


「皆っ!?」

 私の前にエドワードもジョージもソフィアもジェニファーも立っていた。

 グリーン君から私を守ろうとしているのだ。

「メアリー、僕たちは貴女に出会って『なりたい自分』を知りました」

「エドワード!」

「大切なのは『どうあるべきか?』じゃねぇ『どうありたいか?』だってな」

「ジョージ!」

「与えられたものに甘んじるのではなく、自分で勝ち取るべきだと教わりました」

「ソフィア!」

「わたしたち皆がメアリー様に出会って変われたんです」

「ジェニファー!」

 皆は私に出会えて良かったと言ってくれた。

 本来なら悪役令嬢で皆に嫌われているはずの私を好きだと言ってくれた。

「ふんっ!茶番だな」

「例え茶番だとしても、僕たちはこの茶番を全力で演じきります」

 エドワードは腰に刺していた剣を引き抜いた。

 彼だけではない、四人はグリーン君と戦う体勢に入っていた。

「まさかここまで毒されているとは……やはり貴様には死んでもらう!」

「!?」

 グリーン君が床をドスンと踏むとエドワードたちが急に膝をついた。

 まるで上から押さえつけられて居るように見えた。

「か、身体が……!?」

「てめぇ!何しやがった!?」

「これも魔法なんですの!?」

「身体がっ!動かない!?」

 その場で立っているのは私とグリーン君だけだった。

「やはりお前には効かないようだな。メアリー・シーモア」

「皆に何をしたのっ!?」

「安心しろ。少しの間、動きを封じさせてもらっただけだ」

 グリーン君は椅子から立ち上がると中国拳法のような構えをとった。

 彼の殺気が急に膨れ上がったのを察知した私は隠していた剣を引き抜いた。

「そうでなくちゃな。無抵抗の女を殴り殺す趣味はない」

「女だとか男だとか言ってると痛い目を見るわよ?」

 私はロベルタ直伝の剣技を発揮する時が来たのだと思った。


「ほう、死ぬ覚悟は出来ているようだな」

「悪いけど、死ぬつもりはないわよ!」

 私は皆を戦いに巻き込まないように回り込んだ。

 動けない皆を守れるのはこの場には私一人だけだ。

「心配せんでもそいつらには手を出さない。用があるのはお前一人だけだ」

「どうして私一人にそこまでこだわるの?私のしてる事ってそんなに悪い事?」

 私にはグリーン君がなぜそうまでして私を殺そうとするのか分からなかった。

 私一人が運命を変えたところで、この世界にどれほどの影響があるの?

「もはやオレたちの間で交わされる言葉なんてない!大人しく死ね!!」

「そんなの、お断りよ!!」

 グリーン君は疾風となって私に踏み込んできた。鋭い手刀が私の心臓を狙う。

 だが、この程度でやられるほど私も甘くはない。

「ハァァァアアアッ!!」

「せやぁぁぁあああ!!」

 私は線香花火のような火花を散らしながらグリーン君と戦った。

 グリーン君は素手の筈なのになぜ剣が受けられるのだろうか?

「ほう『強化の魔法』か、珍しいな」

「いきなり何の事!?」

 グリーン君は私との戦闘中に何かを語り始めた。

 私は自分には魔法の才能がない物だと思っていたからちょっと意外だった。

「なんだ、気付いていなかったのか?まあいい、冥土の土産に教えてやるよ」

「その台詞は生存フラグだけどね!」

 私はグリーン君の説明を遮るように剣撃を繰り出した。

 わざわざ彼の解説を聞いてあげる道理はない。

「王子サマ!どうだ?動けそうか!?」

「まだ少し無理そうです。かなり強力な魔法です」

「こうしている間にもメアリー様が危ないって言うのに!」

「せめて、一人でも動けるようになれば……!」

 メアリーの戦いを見守りながら四人は拘束を解こうと足掻いていた。

 そんな彼らの傍らに立つ人物が一人居た。

「アタシが助けてあげようかしら?」

「誰だ?てめぇ」

「貴方はあの時の!?」

 エドワードはその紫の髪の人物を知っていた。


「どうした!動きが鈍くなって居るぞ!」

「う、うるさいっ!!」

 私はグリーン君との戦いを続けていたが徐々に身体が重くなっていた。

 身体から力が少しずつ抜けていくのが分かった。

「強化の魔法は他の魔法と違って燃費が悪い。その動きをあと何分続けられるかな?」

「私は、負けない!!」

 私は気力でグリーン君の攻撃を捌き続けたが動きは目に見えて悪くなった。

 ついに私は決定的な隙を見せてしまった。

「もらった!死ねぇぇぇえええ!!」

「しまった!!」

 そう思った瞬間、視界がゆっくりになった。グリーン君の手刀が私の命を取りに来る。

 あ、これは死んだなと覚悟した時だった。

「おいたはそこまでよ、グリーン」

「アレックスっ!?」

 アレックスと呼ばれた紫の髪の人物を私は知っている。

 エドワードと貧民街に行った時もソフィアと闇市に言った時も見ている。

「アタシたちの役目はあくまでも物語を導く事よ?登場人物を殺しちゃダメ!」

「うるさい!もうこの物語を導くのは不可能だ!!だから終わらせる」

 グリーン君はアレックスに攻撃対象を移した。

 いや、アレックスが私をグリーン君の攻撃から守っているのだ。

「貴男がこの子を殺しちゃったらそれこそ物語が滅茶苦茶でしょ?違う?」

「ではどうしろと言うのだ!?この狂った世界を放置しろとでも言うのか!?」

 グリーン君とアレックスは何かを議論している。

 だが、何の事を言っているのか私にはいまいちピンと来なかった。

「この世界はすでに観測者たちによって見られている。この世界は存在するの」

「それが認められないから俺たちはこうしているんだ!どけっ!!」

 アレックスは涼しい顔をしてグリーン君の攻撃を防いでいる。

 この人、かなり強い! 

「もう、我が儘を言っちゃダメよ。この物語が好きな人も居るんだから」

「ふざけるな!俺たちは娯楽のためではなく秩序のために居るんだ!!」

 グリーン君はアレックスから一歩引くとそのまま音楽室から飛び出した。

 アレックスの守りを崩すのは不可能だと判断したのだろう。

「……仕方のない子」

 アレックスさんはほおに手を当て、小さくため息を吐いた。

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