第12話

 結局、馬車は無事に王城に着いてしまったしパーティーは滞りなく行われるようだ。

 エドワードも風邪なんか引かなかったし、絶好の日和になってしまった。

「今日は天気も良いし気候も悪くない。まるで世界が二人を祝福しているようだ」

 お父様、世界は私の事を嫌いだと思いますよ?

 だって、私は悪役令嬢でジェニファーを引き立てるための舞台装置なのだから。

 世界は私じゃなくてジェニファーが好きなんだと思います。

「シーモア郷、お待ちしておりました」

 王城には私とエドワードを祝おうとたくさんの人が集まっていた。

 名のある貴族たちがお父様の元へと集まって挨拶をしてきた。

 普段はのんきそうなお父様もこんな時はやけに威厳があるように見える。

「メアリー様、この度はおめでとう御座います」

「ありがとうございます、カービー郷」

 私は次々と来る貴族のお偉いさんたちと挨拶を絶え間なく交わすこととなった。

 この日のために顔と名前をロベルタにたたき込まれたのだ。

 王子の婚約者としてこれくらいは出来て当然らしい。

「メアリー!ここに居たのですね!?」

「あ、エドワード」

 来賓の方々と挨拶をしていた私をエドワードが呼んだ。

 エドワードは息を切らせて私に駆け寄ってきた。どうしたんだろ?

「『あ、エドワード』ではありませんよ。探したんですからね」

「すみません。皆さんにご挨拶をしていたら・・・・・・」

「パーティーまで時間がありません。急いで支度して下さい」

「あ、ちょっと・・・・・・」

 エドワードは私の手を取るとそのまま走り出してしまった。

 そんなに時間ギリギリに着いたつもりはなかったんだけど・・・・・・

 私はエドワードに案内されるまま控え室へと入った。

「あなたはこのパーティーの主役なのですから、自覚を持って下さい」

「・・・・・・すみません」

「まだ、最後の打ち合わせが終わっていません。私から離れないように」

「・・・・・・はい」

 私はその後、エドワードと二人で打ち合わせを時間ギリギリまでした。

 エドワードは時間がないと言っていたが、その割にゆっくりしていた。

 打ち合わせ自体はすぐに終わって、後はとりとめもない会話がほとんどだった。

 私、もうちょっとお客様に挨拶してて良かったんじゃないの?


 パーティーは王城の一角で盛大に行われた。

 国中から有力な諸侯が集まり、私とエドワードの婚約を祝福してくれた。

 婚約しただけでこんなに大げさに行われるなら、結婚式ってどんな規模なの?

「メアリー、皆さんに応えてあげて下さい」

「あ、はい」

 私は作り笑顔を浮かべ、手をひらひらさせて会場に居る人たちの声援に応えた。

 私とエドワードは会場中から見えるように階段の上に立っている。

 私の作り笑顔は国中の貴族に見られているわけだ。

「メアリー、足下に気をつけて下さいね」

「ご心配、ありがとうございます」

 私はエドワードの腕に手を回すと彼と共に階段を降り始めた。

 階段を一段一段降りる度に拍手が大きくなり、会場中が埋め尽くされた。

 悪役令嬢がこんなに喜んでいただいて少し申し訳ない気分だった。


「ハァ~~、疲れた」

 一通りのスピーチやら挨拶やらを済ませた私はヘトヘトだった。

 エドワードは慣れた様子で対応していたが、私はこんなの生まれて初めてだ。

 私は一息つくために、会場に並べられたお料理でもいただく事にした。

「わぁ、どれも手が込んでるなぁ」

 どれも流石は王族のパーティー料理としか言えない料理だった。

 シーモア邸で出される料理もかなりのものだが、これらは段違いだ。

 きっと料理人が腕によりをかけて作ってくれたに違いない。

「いただきまーす。んん!おいしい!!」

 私は料理を端から順に楽しむ事にした。正直、今日で一番幸せな気分だった。

 あとで料理長にお礼を言っておこう。

「お前、飯食ってる時が一番生き生きした顔してるぞ?」

「あら、ジョージ。来てくれたの?」

「・・・・・・ああ、まぁな」

「正装をしたらやっぱりそれなりに見えるわよ、ジョージ」

「『それなり』は余計だ。そんな事よりもお前、こんな事してて良いのか?」

「それってどう言う意味?」

「もう始まってるぞ?」

 そう言うとジョージはホールの中心部を指さした。

 そこにはペアになって踊る男女が何組も居た。


「あっ!忘れてた!」

 私は社交ダンスの存在をすっかり忘れていたのだ。

 パーティーの主役がこんなところでのんきにご飯食べてる場合じゃなかった。

 私は持っている取り皿を置いて急いでダンスに参加しようとした。

「待てよ、あんなところにいきなり入っていったら目立つぞ?」

「・・・・・・う・・・・・・それも、そうだけど・・・・・・」

「俺が手を貸してやるよ」

 そう言うとジョージは私の手を取り私をリードして踊り出した。

 え?ジョージって踊れたの?知らなかった。

 ジョージは私と踊りながらホールの中心部に上手く入り込んだ。

「ほら、こうすれば不自然じゃないだろ?」

「驚いた。ジョージって踊れたのね」

「・・・・・・一応、貴族だからな。これくらいは出来るさ」

 ジョージは上手に私を踊らせてくれた。

 ジョージは『一応』とか言ったけど、その割には踊り慣れている様子だった。

 実は結構ダンスが好きだったりして。

「助けてくれてありがとう、ジョージ」

「あん?これくらいた大した事じゃねぇよ」

「ううん、こんなに上手にリードしてくれるんだもの。大したものよ」

 私とジョージがそんな風に会話をしていた時の事だった。

 私の手が不意に何者かにとられて、ジョージとその人が交代させられた。

「エドワード!?」

「いけない人だ。婚約者の私をほったらかしにして・・・・・・」

 私の手をさらったのはエドワードだった。

 エドワードは私の目をじっと見つめている。何か言いたい事があるのかしら?

「てめぇ!何しやがる!?」

「悪いですが、交代してもらいますよ?ジョージ」

「勝手に決めんな!そいつを返しやがれ!!」

「そちらの方が待っていますよ?」

 エドワードの視線の先には手が空いている貴族の子が居た。

 その子は所在なさげにジョージの事を見つめている。

「・・・・・・ちっ!」

 ジョージはしぶしぶと言った感じにその子の手を取った。

 ありがとう、ジョージ。おかげで助かったわ。


 私はエドワードと踊る事にした。

 ロベルタから剣の稽古の傍らでしっかりと踊りも仕込まれた。

 公爵令嬢としてこれくらいは出来て当然らしい。

「エドワードもお上手ですね」

「エドワードも?」

「ええ、ジョージも上手に私を踊らせてくれました」

「・・・・・・ハァ~」

 え?何か今、エドワードがため息をついたように見えたんだけど?

 私、もしかしてまずい事を言っちゃったのかしら?

「メアリー、今は私と踊っているのですから私の事だけを考えて下さい」

「ご、ごめんなさい。エドワードとジョージは仲が悪いんでしたね」

 そうだった、エドワードとジョージはいつも張り合っているんだった。

 それなのにジョージとエドワードを比較したりして。私のバカ!

 エドワードも複雑そうな顔してるじゃない!

「どうして私とジョージがいつも喧嘩するのか分かっていますか?」

「え?どうして?」

 そういえば考えた事、なかったな。どうして二人は仲が悪いんだろう?

 あれかな?エドワードはいずれ王様になるけどジョージには何もないからかな?

 ジョージは誰にも期待されてない事を気にしてるみたいだったし。

「メアリー、僕とジョージがいつも喧嘩するのはメアリーを・・・・・・」

 グゥゥゥウウウ・・・・・・

 へ?何?今の音?え?私?私のお腹が鳴ったの?マジで?このタイミングで?

 そう思ったら顔がすごい勢いで熱くなってしまった。

「・・・・・・ふふふ、場所を移しましょうか?」

 そう言って。エドワードは私を連れてホールの中心部から外れていった。

 そういえば私、昨日の晩から緊張のせいでほとんど何も食べてなかったんだ。

 そりゃお腹がすくわけだよ。

「メアリーはどんな物が好きなんですか?」

「え?私は基本、何でも食べますよ?」

 ホールの片隅に私を連れ出したエドワードは私に料理を盛ってくれた。

 そんな事してくれなくても、私自分でとれるよ?

 そう思ったが、取り上げるのもどうかと考えた。

「どうぞ、メアリー」

「ありがとう、エドワード」

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