第十三話 怒りの鬼ごっこ、終了へ

「あの、依頼の内容は見ましたか?

 命を狙う行為は禁止ですよ」


 言い終えた途端に風を切る音が聞こえる。

 剣を回して弾くと、それもまた投げナイフだった。


 どう考えても生死に関わってくる攻撃である。


 ヒイラギは過敏になっている聴覚と触覚を駆使して、敵の居場所を探る。

 精神も肉体も疲弊しているが、ぐっと気を引き締める。


 それに呼応するかのように、ヒイラギが持つ白銀の剣が、陽光を反射して輝くように光る。

 穢れを知らないようなその剣めがけて、再びナイフが飛んでくる。


 それをしっかりと見定めて防ぐと、確認したナイフの投てき地点に向かって駆けだす。

 

 音をほとんど立てていないが、確実に何かが移動している気配を感じる。


 その気配を見失わないように追うと、ようやく人影を捉えた。


 後ろにつけたとき、牽制に何度かナイフが投げられたが、速度を落とさずにかわした。

 昨日1日森の中で走り回っていたおかげか、木々を使いながら速度を落とさず、むしろ加速することができるようになっていた。

 体に痛みが走り続けているが、敵影に集中しているため、今はそこまで障害になっていない。


 投げ物をヒイラギも持っていれば届きそうな距離まで追いついたところで、敵は急に反転して首を引き裂こうとナイフを振り抜いてきた。

 不意打ち気味だったとはいえ、正面からの攻撃。

 ヒイラギは反撃できるようにそれを大きく弾くと、相手の腰めがけて剣を振った。

 敵は体勢を崩したまま後ろへ飛ぶ。

 剣先がその人物を包んでいる外套がいとうにかする。


 ひと呼吸をお互いに置くと、外套をなびかせながら、ヒイラギに刃を繰り出す。

 その連撃を全て受け切ると、一瞬生じた隙に白銀の剣を刺し込む。

 それは相手の右肩に深く入る。

 ヒイラギは素早く剣を抜くと、ひるんで動きが止まった相手の左足を切る。

 機動力を削ぐことを目的とした斬撃は、致命傷にはならない程度だが、動き続ければ出血がひどくなる傷をつけた。


「ここまでにしましょう。私はあなたの命を取るつもりはありません」


 雪原のような剣身についた真っ赤な鮮血を振り払い、腰の鞘に収める。


「ただ、どうして私を殺そうとしてきたのか。それは教えてもらえますか。

 今回の依頼には、そうした行為は禁止であると書いてあったはずです」


 剣は収めたが、警戒は解かず、何かが起きても反応できる距離を取って問いかける。


「…………」


 問われた方は、黒い外套の右肩をじわじわ赤黒く染めながら、片膝をついて動かない。

 黒い獣の仮面をかぶっていることもあり、目線や口元の動きも確認できなかった。


「とりあえず、その仮面を取って外套を脱いでください。

 抵抗しなければ、これ以上どうこうするつもりはありません」

「…………」


 言葉も発さなければ、言われたことをする様子もない。


 ヒイラギは長く息を吐いた。

 

 どうしたものかと頭を抱えたとき、目の前からナイフと土くれが飛んできた。

 ヒイラギは難なくそれをかわしたが、獣の仮面の暗殺者から目を離してしまった。

 その隙をつき、外套を翻して走り出した姿を把握したあと、抜剣した。

 

 再び、ヒイラギと獣の仮面との鬼ごっこが始まる。


 

「はぁ……はぁ……」


 追い始めて数分後、さすがに無理がたたったようだ。

 ヒイラギは嫌な汗をかきながら、両膝に両手を乗せて、地面を見つめていた。

 そこには、わかりにくいが点々と血の跡が続いている。

 これをたどっていけばまだ追うことができるだろうが、全身の筋肉が無理だと告げていた。


「足と……肩をやってるから……はぁ……。

 機動力と……投げる力は落ちているだろうし……。

 はぁ……んぐ。

 ……一度諦めよう」


 少し胃からこみあげてきたのを耐えて、自分を納得させる。

 そして、なるべく見つかりにくい場所を選んで、倒れるように座り込んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 隠れ方も板についてきたようで、もう日が落ちたが、それまでに1人にしかバッジを渡していなかった。

 その人に今朝あったことを話し、ナーランに伝えてもらうようにヒイラギはお願いをしておいた。

 快く承諾してくれたその人は、なんと携帯食料を置いていってくれた。

 ヒイラギはよく噛みながら、食料のありがたみを再認識し、名前を聞きそこなった恩人への深い感謝と尊敬を抱いたのだった。


 そのおかげで気力はかなり回復したが、いかんせん体がしんどい状態が続いていた。

 今は木と岩の間に無理のない姿勢で隠れているが、できればやわらかい寝床で横になりたい気分だった。


 初日とは違って、夜を起きている状態で過ごしている今。

 視界は黒塗りされたように真っ暗なため、無理やり鍛えられてきた聴覚と触覚で警戒する。

 

 ガサガサガサ――。

 キイキイキイ――。

 サーッ――。


 夜の森は、不安になる音の宝庫だ。


 ハァハァ――。

 ザッザッザッ――。


 自分が出している音ですらも、不気味に聞こえる。


 油断はできない。疲れていても眠ってはいけない。


 少しでも気をゆるめれば――。


 ドドドドドドドドドド!!!


「アクロ君どこー!!!

 ごめんねえええええ!!!

 依頼は終了にしてきたから出てきてえええええ!!!」

「ナーランさん!!?」


 声に気づいたナーランが、猛スピードで飛び込んできた。


 受け止めきれずに、背中を木に打った。


 それに気づかないほど泣いているナーラン。

 軽々とヒイラギを持ち上げると、肩に担いで走り出した。


「すぐに温かいごはんと適切な治療を受けさせてあげるからねえええ!!!」


 ドドドドドドドドドドド!!


 枝や下草を器用によけながら、風のように走っていく。

 担がれているにも関わらず、心地よい程度にしか揺れない。

 疲れと安心感も手伝い、ヒイラギは眠ってしまいそうになる。


「……ナーランさん」

「どうしたのおおおおおおお!!!?」

「……ちゃんと説明してもらいますからね」

「もちろおおおおおん!!」


 もっと恨み言は思いついていたが、これ以上意識を保っていられなかったヒイラギ。

 ナーランが医療所についたころには、ぐっすりと夢の中であった。

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