第二十三話 指名依頼を受けて東へ

「なあお前、2か月くらい前にやった新参大会、見てたか?」

「ああ。決勝戦で怪物みたいな強さの、若いふたりが戦ったやつだろ。

 あれはすごい試合だったな」


 強面こわもての2人の傭兵は、傭兵会本部の飲食スペースで、酒を飲みながら語っていた。


「そのうちの前髪が長いやつの話は聞かないんだけどよ。

 もうひとりの銀髪のやつ。あいつの活躍聞いたか?」

「俺が聞いたのは、襲ってきた盗賊たちの手足の腱を切って、生かしたまま捕らえたって話だけだな」

「それも関係ある話なんだがよ。

 そいつが参加した護衛依頼は、敵も味方も、誰ひとりとして死なないんだってよ」

「敵もか? じゃあくだんの盗賊たちも、わざわざ殺さずに手足を使えなくしたってことか?」


 信じられないものを見る目で隣を見ながら、酒をのどに流す。


「どうやらそうらしいぞ。

 そんな風になっちまった賊どもは、口をそろえて、狂ってるって言っていたらしいぜ。

 護衛依頼で一緒になった俺のダチもよ、味方としてはこの上なく心強いけど、敵だったらと思うとゾッとするって言ってたぜ」


 興奮気味に語る男は、酒が入った容器を持ったまま、飲むことを忘れていた。


「しかも、そいつが持っている剣は白銀色らしいぞ。そんな剣の色見たことねえ」

「それで思い出したんだが、あの”武器狩り”のハンマーが何度も直撃したってのに、その剣には傷ひとつ付かなかったって誰かが言ってたぜ」

「まさか! それはさすがにうわさに尾ひれが付きすぎだろ」

「……まあ、そりゃそうか。ありえないことだもんな」

「ああ。とはいえ、そんな風に変わった色の剣を持って、死者を出さないってなれば、あんな通り名にもなるよな」


 そんな本当かどうかもわからない話が飛び交っている飲食スペースを抜けて、ヒイラギは受付のイルのもとへ向かう。

 初めてイルと出会ったときと比べて、ヒイラギの体は筋肉が付き、身長も少し伸びていた。

 ただ、最も変化があった部分は、顔つきだとイルは思っている。

 

 初依頼で大けがをしたと聞いた。

 それからしばらくして、盗賊を生け捕るために人手が欲しいと受付にきたヒイラギを見たとき、いつも絶やさない弾ける笑顔が、一瞬だけ消えた。

 優しい表情の裏にある、何か大きな負の感情。

 

 ヒイラギにとって重大な決断を下したのだと、イルは子どもながらに感じ取ったのだった。

 


「ヒイラギさん! 護衛依頼お疲れさまでした!

 今回も死者を出さなかったということで、依頼者の方から感謝の言葉が届いていますよ!」


 イルは前と変わらないようにヒイラギに接する。

 ヒイラギは優しい笑顔を浮かべた。


「そうなんですね。そういった言葉は素直にうれしいです。

 その貴重な命を大切に、過ごしていってほしいです」


 完了確認の署名をすると、貼り出されている護衛依頼の紙を見に行こうとする。


「すみませんヒイラギさん。もう少しよろしいですか?」


 業務モードの丁寧な口調になったイルが、それを呼び止めた。

 その手には、少し上質な紙を1枚持っていた。

 

「どうしました?」

「ヒイラギさん。いえ、”白銀の守護者”さん」


 ヒイラギはピンとこず、笑顔のイルを間の抜けた顔で見つめた。

 

「え。もしかして、通り名ですか……?」


 受付のカウンターに両手を置いて、身を乗り出す。

 イルはしっかりうなずくと、手に持っていた用紙をヒイラギに差し出す。


「そうです! 少し前からヒイラギさんの活躍が広まって、通り名がつきました!

 ”白銀の守護者”。

 ヒイラギさんにぴったりな、いい通り名だと思います!

 そしてなんと! さっそく指名依頼が来ています」


 受け取った紙には指名依頼書という題があり、確かに”白銀の守護者”、ヒイラギ・アクロ様と書いてあった。

 その内容は、親子2人の護衛。

 東の村からグルーマス王国へと移住したいため、護衛を依頼したいとのことだった。

 

 グルーマス王国は、シーナリーム王国と友好的な関係を結んでいる王国である。

 定期的に国の騎士団どうしで合同演習を行うほど親交が深い。

 また、傭兵会の支部が置かれている数少ない国でもある。

 

 指名理由には、依頼料が少額でもきっちり守ってくださる腕の立つ方と聞いたためと、正直なことが書かれていた。

 今までもヒイラギは報酬の多い少ないにかかわらず、それこそうわさが立つほどの成果を上げてきた。

 貧しい人々にとっては、希望の、そして待望の守護者となっていた。


「東の村……は、確か傭兵部門第一位のスリークさんがいるところですよね。

 長期依頼を遂行中で、その内容は争いが起きている東の村々の平定だった気がします」


 以前、ヒイラギが手も足も出なかった傭兵部門第一位、”参近操術”、スリーク・ドライ。

 彼は東にある村々のひとつから、現場の指揮と戦闘を依頼されていた。

 その村と敵対関係にある村人からの依頼だった。


「はい。聞いたところによると平定はもうすぐとのことでした。

 おそらく依頼者の方は、負けてしまう前に逃げたいということだと思います」


 負けてしまったらどのような扱いを受けるかわからない。

 そうした考えのもと、ヒイラギに依頼を出したのだろう。

 戦いの最中でもヒイラギのことを耳にしたということは、あらかじめそうした情報を集めていたのかもしれない。


「いずれにせよ。この依頼を受けさせてもらいます。

 なるべく急ぎたいので、馬をいただきたいです」


 依頼を受注をすると、その足で東の村へと駆けた。

 初めての指名依頼ではあるが、ヒイラギは一切の不安を持たずに、馬を走らせたのだった。



 その姿を確認して、をつけた人影は、音をほとんど立てずに同じ方向へと消えていった。

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