第二十二話 命を守るために――

 数週間経ち、ヒイラギの傷は完全にえた。

 適切なリハビリも行ったことで、体の調子も十全に整っていた。

 

 その間もソフルトが毎日看てくれたが、あれ以来、ぎこちない会話しかできなかった。

 険悪になったとかではまったくなく、ただ歯車がかみ合わないようなもどかしさがある状態だった。


「ヒイラギさん……。えっと……。

 ち、近くの病室にヒイラギさんの班長だった方がいらっしゃるので、ごあいさつしてからお発ちになられてはどうでしょうか……」

 

 ソフルトに言われて、薄暗い廊下を通って顔を出す。

 ”運と実力の盾”、名前はリビだということがそこで判明した。

 内臓と骨を派手にやられていたらしいが、運よく致命傷には至っていなかったらしい。

 彼は通り名にある実力の文字をなくしてほしいと切に望んでいた。

 

「ヒイラギくん。何か雰囲気変わった……?」


 去り際、リビにそう言われた。

 ヒイラギは自然な笑顔を浮かべて、そうですか? とだけ言った。

 

 最後に医者とソフルトにもあいさつをして、ノデトラム公国を後にした。

 


 王国への帰路についている途中で、ヒイラギは道を少し北にそれた。

 それから野宿で2晩過ごすと、焼け跡だらけの廃村の入り口に立った。

 とはいえ、黒焦げになっている部分はもう少なく、緑色に覆われつつあり、村だった面影はほとんどない。


「…………」


 入り口で少しためらったが、思い切って足を出す。

 そして迷うことなく廃村を歩くと、ある場所ではたと止まる。

 そこにはもう何もなく、生命力豊かな植物がそよ風に揺れているだけだった。


 ヒイラギは片膝をつくと、その地面を右手でそっと優しくなでる。

 ――いつか誰かに、そうしてもらったのを返すかのように。


 目をつぶり、しばらくそのまま黙る。

 2度、風が通り過ぎたころに立ち上がり、手についた土を握りしめた。

 そのまま村の中を周り、様々な行動をとった。

 ある場所では甘い芋を供え、ある場所では自分の名前を刻んだ。


 村の入り口に戻ってくると、改めて全景を眺める。

 記憶の中とはまったく違う景色に、胸の奥が痛んだ。


「遅くなっちゃってごめんなさい。

 忘れたことはいち度もなかったけど、来る勇気がどうしても出なかったんだ。

 ……僕、行ってくるよ。命を守るために」


 いつもの丁寧な口調ではない、家族に向ける砕けているが優しい言い方。

 深く、長く、頭を下げると、まだほんの少しだけ残っていた灰が、風に吹かれて消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お坊ちゃん? ひとりでこんな森にいるの? 寂しくなぁい?

 お兄さんたちが遊んであげようかぁあぁ?」


 シーナリーム王国に向かう途中の森の中で、いつかと同じように、銀髪の少年が悪人面の男たちに絡まれていた。


「遊んであげるんだからさあ。それなりのが欲しいなあ、なんつってえ!!」


 がははははと笑いあう。


 少年は言葉を聞き流しながら、荷物を地面に置き、剣を鞘から抜く。

 

 白銀色の剣身を見た盗賊たちは、舌なめずりをする。

 これは上質なカモがやってきたぞ、と。


「その剣をくれるんでちゅかいな?

 そんな優しいお坊ちゃんには、相応な遊びを提供してやらんとなあ!!」


 一番欲深そうな男が、剣を片手に襲いかかった。

 少年は左手で何かを庇うような構えを取ると、間近に迫った盗賊の剣を大きく弾いた。

 そしてがら空きになった胴体へ、白銀色の一閃をくらわせる。

 倒れた盗賊が苦痛を叫ぶ前に、剣を振り下ろして足の腱を斬った。


「なあああああいでええええええ! 足! 足がああああ!!」


 横になってのたうち回る仲間を見た盗賊たちは、恐怖によって後ずさる。

 中には味方の背に隠れて、盾にしている者もいた。

 

 それらを逃さないように、銀色の軌跡を残して肉迫する。

 応戦しようとした武器を弾き落とし、手や足の腱を切り、戦意を殺した。

 同じことが淡々と繰り返され、すべてが終わった。

 顔の前で半円を描いて、剣についた血を振り払う。

 赤色に染まった下から、何の変化もない白銀色が姿を現した。


「……今から人を呼んできます。

 無理に逃げようとさえしなければ、命を落とすことはありません。

 とはいえ、これから先、物を握ったり歩いたりするのには、難儀なんぎすると思いますけどね」


 荷物を持ち、剣を収めて、そう言い残したヒイラギ。

 ただ、痛みに狂っている男たちにその言葉が届いたかはわからない。

 地をはっている彼らは、自分の動かない手足を見ては絶叫する。


「怪物がよおおおお! 人の心がないのかてめえは!!」


 そのうちのひとりが、目を真っ赤にしながらヒイラギをののしる。

 すでに少し離れていたヒイラギは振り返った。

 

 その顔を見て、盗賊は痛みが吹き飛んだ。

 

 瞳は憎悪をたたえているにも関わらず、その表情は優しさに満ちあふれている。

 相反する強烈な感情が、反目することなく同時に存在していた。

 

「何と言われようと、僕はを守るだけです。

 その先がどのような形になっても、絶対に失わせません」


 それは覚悟だろうか。それとも執念だろうか。

 いずれにせよ、まともな人間の思考ではなかった。


 何も言えなくなった盗賊から目を離すと、ひとり、王国へと向かっていったのだった。

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