第二十一話 炎を背負う父親へ

 小さな村だった。

 言葉が話せなかったり、片腕がなかったり。

 何かを失ってしまった人々が自然と集まってできた村。


 その村で唯一の子どもだったヒイラギは、村人全員から実の息子や孫のようにかわいがられていた。


「アクロちゃん。甘いお芋をお食べ」

「アクロはすごいな! もう足し算が完璧じゃないか!」

「あらあら。自分の名前が書けるようになったのね。かしこいわねぇ、アクロくんは」

「かくれんぼか? いいぜ、すぐに見つけ出してやるからな!」


 本当は勉強は苦手だったが、村のみんなに褒められたい思いでヒイラギは頑張った。

 甘いものも体を使う遊びも大好きだった。


 それらを差し置いて、父親が一番大好きだった。

 それと、父親から剣を教わることも同じくらい好きだった。


 父親は片腕がなかったが、村で一番強く、そこらの盗賊など相手にならないほどだった。


 そんな父親の戦う姿を見て、ヒイラギは自分もそうなりたいと強くあこがれた。


「お父さん! 今日も教えてよ

 もっともっと強くなって、僕も村のみんなを守れるようになるんだ!

 だって、僕はみんなが大好きだからね!」


 鼻息を荒くしながら、隻腕せきわんの父親にねだる。

 彼はそれを断る言葉が出かかったが、あまりにも純粋で真っすぐな瞳に見つめられて、ヒイラギの頭をくしゃくしゃになでる。


「アクロ。優しいお前には戦いなんて知らずに大きくなってほしいんだ。

 でも、みんなを守りたいっていうなら……今日特別に教えてやろう!」

「やったああ!」


 いつもこの流れだった。


 そんな風に毎日毎日お願いをして、毎日毎日教えてもらった。

 それらはすべて、自身を守るための剣術だったことを、ヒイラギは知らなかった。

 

 ――村を出ていくまでは。


 

 その日の朝も、いつも通り目が覚めた。

 

 算数を教わろうか、文字を教わろうか。

 何して遊ぼうか、何を食べようか。

 父親との訓練も楽しみだ。


 ヒイラギはスキップしながら仕度したくをして寝室を出ていった。

 

 外はのどかでそよ風が気持ちいい。

 ただ、子どもながらに不思議に思うほど、なぜか村の人たちの様子がおかしかった。

 

 算数を教えてくれるおじさんは、どこかそわそわしていた。

 文字を教えてくれるおばさんは、いつもよりおとなしかった。

 甘いものをくれるおばあさんは、普段よりもニコニコしていた。

 遊んでくれるお兄さんは、いつもよりも元気だった。


「お父さん! 今日は何かみんな変だったよ!

 落ち着いていられないみたいな感じで!」


 帰宅してから父親に報告する。

 

「ふふふ。それはだな」


 背中に隠していた片手を、勢いよくヒイラギの前に出す。

 そこにはの直剣が握られていた。

 ヒイラギの瞳の色にそっくりな空色の柄頭つかがしらに、村の人たちのこだわりを感じる。


「アクロ! 誕生日おめでとう!

 村の皆からのプレゼントだ!

 ……この剣がお前を、そしてお前がこの剣で誰かを守ってくれますように、ってな」


 顔を輝かしてその剣を両手で受け取る。

 それは訓練用の剣よりも重く、持ち上げるのがやっとだった。

 しかしそんなことは関係なく、嬉しさが大爆発中のヒイラギは、ぎゅっと剣を抱きしめた。

 冷たい鉄の感覚が服越しに伝わってくる。

 その冷たさが温かかった。


「ありがとうお父さん! みんなにお礼言ってくる!」



 感謝を言って回って、あっという間に夜になった。

 月がなく、明かりがないと何も見えないほど真っ暗な夜だった。


 はしゃぎすぎて疲れてしまったヒイラギは、その暗闇の誘うまま眠りに落ちた。

 枕代わりに、さやに収められた剣を大事そうに抱えながら。


 

「アクロ!! どこだアクロ!!!」


 普段聞いたことがない父親の大声にびっくりして目が覚めた。

 

 真っ暗だったはずの窓の外が、目を背けたくなるくらいまぶしい。


「アクロ!! 返事をしろ!!」

「お父さん! ここだよ! 寝室だよ!!?」


 大きいロングソードを手にした父親が蹴破けやぶるように扉を開け、その手でヒイラギを抱きかかえた。


「行くぞ。しっかり捕まっていろ!」

「何? どうしたの? なんで? 何??」


 目を白黒させるヒイラギに説明することなく、家の外へと出た。


「……え」


 そこは地獄だった。


 天を衝く炎火がごうごう音を立てて、家々を飲み込んでいた。

 おじさんの家も、おばさんの家も、おばあさんの家も、お兄さんの家も。

 

 視界に入るのは、月のない闇夜をまぶしくむしばむ炎。

 その強すぎる光に目がくらむと、嫌な臭いを伴った煙が追い打ちをかけてくる。

 

 それが嫌で父親の胸に顔をうずめると、聞きたくもない音が聞こえた。

 家の材木が燃えて弾ける音。逃げ惑う人々が発する悲鳴や足音。


 父親は周囲に目をやりながら、村のすみにある岩へたどり着くと、その隙間にヒイラギを下ろした。

 そして、自分自身の焦りを落ち着かせるように、優しい口調でおびえるヒイラギに語りかけた。


「いいかアクロ。何があってもそこから出てくるんじゃないぞ。

 そこにいれば、炎がくることもない。悪い人に見つかることもないからな」


 どこかへ行こうとする父親を、ヒイラギは必死に呼び止めた。

 

「待って! 一緒に逃げようよ! みんなで一緒に!!」


 目を閉じ、いち度だけゆっくり首を振ると、剣を置いてヒイラギの頭をそっとなでた。

 

「アクロ。お前は本当に優しくて良い子だ。

 こんな状況でも、俺や村の皆のことを心配してくれている。

 お前の優しさのおかげで、俺はまた戦うことができる」


 剣を取り、背を向ける。


 待って! ダメ! 行かないで!!


 ヒイラギの言葉は、なぜか口から出ていかなかった。


 そして父親は炎に向かっていき、小さな人影と何か言い争うと、剣を振り、そして死んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


「な、なんだこれは……。いったい、何があったというんだ……」


 その村によく出入りしていた行商人がやってきたのは、炎の日から2日後のことだった。


 あまりの惨状に言葉を失くしていると、炭になった何かのそばで立ち尽くしている、鈍い銀髪の少年を発見した。

 雨が降っているにも関わらず、剣を胸元に引き寄せたまま微動だにしていなかった。


「アクロくん……! アクロくん! 大丈夫かい!? ケガは!? みんなは!?」


 行商人は、矢継やつばやに質問をしてしまったことを瞬時に反省した。

 何があったにしろ、こんなところに子どもを置いておくわけにはいかない。


「……すまない。何も言わなくていい。

 ……体が冷えてしまっている。私の荷馬車の中に入りなさい」


 優しく肩を抱いて、割れ物を扱うようにヒイラギの隣を歩く。

 それにまったく抵抗することなく、荷馬車に足をかけたヒイラギ。


 そのとき、持っていた剣が地面へと落下する。

 行商人が拾おうとすると、その手を払いのけ、すぐにヒイラギが拾った。


 そんなヒイラギの様子と、落ちたときに見えたの剣身が、行商人の目に焼き付いた。


 剣の空色の部分へと、すがるように額をつける。

 荷馬車のすみでうずくまったヒイラギがぽつんとつぶやいた。


「僕が守らないと……」


 その言葉を聞き届けた人間はいなかった。

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