第二十四話 親子と共に村の外へ

 馬を走らせるヒイラギは、東に行くにつれて酷くなる争乱の跡に、顔をしかめていく。

 自分が知らないところでどれだけの命が失われたのだろうかと、手綱たづなを握る手に力が入る。

 

 ヒイラギは自分の思想を相手に押し付けるつもりは、もうなかった。

 ただ、命を奪うことを主な活動内容にする傭兵部門と暗殺部門に、多少なりとも思うことはあった。


「平定するって聞いていたけど、もう少し穏便な方法はないのか……!」


 口にしたのはただの理想だ。

 それを実現できるだけの実力はまだなく、妄想にすぎない。

 だからこそ初依頼の日から覚悟を決め、鍛錬を重ねて、命を守ってきた。

 

 今では、森林鬼ごっこで無理に鍛えられた聴覚と触覚を、負担なく使いこなせるようになった。

 ナーランに教えてもらった体の使い方を自分のものにして持久力がかなり向上した。

 課題だった攻撃能力についても、相手の腱を狙うことで致命傷を避けつつも打撃を与えられるようにした。

 それでも、まだまだ、ヒイラギが思い描く絶対的な守護者にはほど遠かった。


「いや、まずは目の前の依頼に集中しないと。

 つい思考が飛躍ひやくしてしまうのは悪い癖だな」


 つぶやきを置き去りにすると、さらに1段階、馬の速度を上げた。

 


 そうして全力で馬を飛ばし、夜は休憩をしっかり取りながら5日。

 家としての役割をほとんど果たしていない建物が乱立する村へと到着した。


 うつろな目で空を見上げている者。

 ハエのたかる人型に寄り添ってまったく動かない者。

 同じ場所をぐるぐる回る者。


 馬から下りたヒイラギに見向きもしない村人たち。

 観察してみると、女と子どもと年配者しかいなかった。

 おおよそ、若い男は戦場へと行かされたのだろう。


 ヒイラギは些細ささいな音も聞き逃すまいと警戒し、右手を剣の柄に乗せたまま村の中を進んだ。


「その銀髪碧眼! もしやあなたが”白銀の守護者”様でしょうかぁ!」


 家が少なくなってきた地点で、ボロボロの服を身にまとった初老の男にすがりつかれた。

 涙を流しそうな顔をしているが、やせた体から出る水分はなかった。


「そうです。あなたが指名依頼をくださった方ですね。確か、レンティスさんでしたね」

「はい!! 私がレンティスで、息子はフォグといいますぅ!」


 よろよろと自立すると、レンティスは息子がいるボロ家へと案内した。


「フォグと言います。本当に今回はありがとうございます」


 息子のフォグは多少生気が感じられないが、父親のレンティスと比べるとまだ肉がついていた。

 食事を分け与えていたのだろうか。


「遅くなってしまいすみませんでした。さっそく護衛を始めようと思います。

 村の入り口に馬がいますので、まずはそこまで行きましょう」

「おぉ。なんて心強い……! もう必要最低限のものは包んでありますので、すぐにぃ!」


 レンティス親子は小さめの荷物をそれぞれ抱えた。

 それを待ち、ヒイラギは2人と一緒に動き出した。


 家の外に出る前から、ヒイラギの耳が近づいてくる戦いの音を拾っていた。

 本心を言えば全力で走ってしまいたかったが、親子の体力的に不可能だと判断した。

 親子の背後を守りつつ、その方向から迫る敵に注意を払った。

 

 そうして、どうにか敵影が見える前に馬の場所へと到着した。

 ヒイラギは親子と荷物を馬に乗せると、自分は馬を引いて走り出した。


「かなり揺れると思いますが、最初のうちだけですので、全力で捕まっていてください」

「よろしくお願いします……!!」

「お願いします」


 しばらく進むと、村があったところから黒煙が昇った。

 その様子が故郷と重なり、ヒイラギは目をそらすと、足に力を込めてさらに走った。


 煙が木々にさえぎられて見えなくなると、ヒイラギはようやく速度を落とした。

 馬上の親子はかなりぐったりした様子だった。


「大丈夫ですか。ここで休憩を取りますね」

「……はい。初めての経験で……ちょっと……」


 レンティスは地面に下りると、そのまま大の字になって背中を預けた。

 その息子も父親のそばで横になった。


「こちらに飲み物と食べ物がありますので、落ち着いたら食べてくださいね」

「ありがとうございます……。まずは、息子に、食わせてやってください……」


 いい父親だと、ヒイラギは息子に渡しながら思う。


「レンティスさんも落ち着いたらしっかり口に入れてくださいね。

 お望みのグルーマス王国へ行く前に、いったんシーナリーム王国に寄りますが、それでもまだ数日かかります。

 食べられるときに食べて、元気をつけて、新たな地に向かってください」


 辛そうな顔をしていたレンティスだったが、ここにきて初めて柔らかい表情になった。


「”白銀の守護者様”。なんてお優しい――」


 レンティスの言葉を聞こうとしたヒイラギの耳が、どこかで聞いたことのある風切かざきおんを捉えた。

 一瞬で抜剣すると、飛んできていたそれを安全な場所へと弾き落とす。


 見覚えのある黒塗りされた投げナイフ。


「おふたりとも。そのまま地面に伏せていてください」


 状況が飲み込めていない親子に指示を出す。

 レンティスは多少ほうけていたが、息子のフォグに半分かぶさるように体勢を変えた。

 それを目の端で確かめたあと、姿を見せない敵に話しかける。

 

「前にもお会いした暗殺者ですかね。

 あの時は疲れているときに襲い掛かってきたくせに、逆にやられていましたよね」


 挑発して動きを誘う。

 それに乗せられたか、2本続けて投げナイフが投てきされた。

 それらを自分の足元に落とすと、拾い上げて飛んできた方向へ投げ返した。

 

 茂みが揺れて人影が飛び出す。

 その人物はヒイラギの思った通り、黒い獣の仮面をしていた。


 その人物との2度目の邂逅に、白銀色の剣が光る。

 両者は正面からにらみ合い、静かな緊張感が一気に張り詰める。

 その静寂に押しつぶされながら、親子のおびえる声が聞こえていた。

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