第二十五話 黒い獣の仮面との再戦へ

 ヒイラギは左手で親子を庇い、白銀色の剣先を黒い獣の仮面に向ける。

 仮面の暗殺者は片手にナイフを持ち、つかみどころのない動きをしていた。


 その右手のナイフがひときわ大きく揺らされた。

 ヒイラギは反射的にその刃へと気を取られる。

 そうして意識を外した左手から、暗殺者は黒塗りのナイフを投げた。

 その標的はヒイラギというよりは、伏せている親子に向いているようだった。


 認知の外側からだったが、瞬時に飛来するナイフに気付く。

 体を少しひねって確実にそれを弾くと、剣を反転させ、その隙に近づいてきていた暗殺者の右手のナイフを受け止める。

 刃が届かないと悟った暗殺者はいちど飛び退く。

 そして姿勢を低くしたまま踏み込み、再度ナイフを振る。

 

 それもまた、ヒイラギの後ろにいる親子に向けられていた。

 

 間に入ってその攻撃も防ぐと、反撃の剣を振るう。

 暗殺者は独特な歩法でかわし体勢を整えると、間髪入れずに素早い連撃を放った。

 ヒイラギは難なくすべてを弾ききる。

 そしてリズムが崩れた暗殺者の体を押し飛ばし、間合いを取ったところで白銀の剣を振り抜いた。


「……!」


 浅く左腕を斬られた暗殺者は、大きく後退する。

 そして乱れてしまったリズムと呼吸を戻した。


「…………」


 この打ち合いの中で、ヒイラギは2つ感じたことがあった。

 

 1つ目は、狙いが親子であること。

 間違いなく初撃は自分を狙ったものであったが、それからはほとんど親子を狙った攻撃だった。

 前回自分を狙ってきた理由もよくわからないが、この親子を狙う理由はもっとわからなかった。


(どちらにせよ、僕はこの親子を守るだけだ)


 2つ目は、暗殺者の動きのぎこちなさだ。

 特にナイフを振っている右腕の動きが、どこか精彩さに欠けている。

 これに関しては思い当たることがあった。

 以前、森林鬼ごっこで襲撃されたとき、右肩深くに剣を刺していた。

 その影響が残っているのだろう。


「そこまでして、僕やこの親子を狙う理由は何ですか」


 油断することなくそう問いかける。

 それに対しての返答はやはりない。


「姿をさらした時点で暗殺はほぼ失敗しています。

 それでも襲ってくるということは、もう退けないということですか」


 傭兵会の暗殺者ならば、失敗しても生きて帰ってくれば、どうにか再起は可能だ。

 ただ、それ以外の暗殺者だと、失敗は死であるとヒイラギは聞いていた。


「…………」


 ナイフを持った腕でゆるやかに空間をなぞる。

 その動きの鈍さと若干の速度の変化に、ヒイラギは答えを得た。

 だからといって、護衛対象を死なせることなど絶対にできない。


 白銀の剣を握りなおすと、親子を最も守りやすい位置に移動する。

 

 そして、両者の呼吸が重なった。


 左右に動きを散らして、暗殺者は八の字にナイフを振り回す。

 そこには若干腕が突っ張ったような動きのノイズが入っている。

 そのナイフを返すタイミングに合わせて、ヒイラギは力を込めた一撃をナイフに入れる。

 刃の根元部分にぶつかると、軽く高い音を立ててナイフがその手から飛んでいく。

 

 ヒイラギは剣を自分の体近くにぐっと引くと、敵の右肩に勢いよく刺突を入れる。

 右肩を貫いた白銀色の刃から、赤い血液がポタポタとしたたり落ちた。


「……ぐっ」


 獣の仮面の下でうめく。

 

 刺さった剣を真っすぐ引き抜くと、剣を反対側へ向け、空色の部分で暗殺者の鳩尾みぞおちを強打した。


 地面に仮面をこすって、うずくまる暗殺者。

 その様子を見下すと、ヒイラギは剣を持ったまま片足を引き、わき腹を蹴り飛ばした。


「ひぃ……!」


 伏せたまま戦いを見ていたレンティスから、小さい悲鳴がもれる。


 ヒイラギはそれを気にすることなく剣を払う。

 緑色の草の上に、点々と一直線に赤色がまかれた。


「これでしばらくこの暗殺者は動くことができません。

 今のうちにもう少し離れましょう。立てますか。」


 ヒイラギはしゃがんで、剣を持っていないほうの手を差し出す。

 何事もなかったような優しい笑顔を浮かべて。


「は、はひ。動きます、動きますとも……!!」


 恐怖でガクガク震えながら、息子と一緒に立ち上がった。

 その目は最初に会ったときの希望を見つけたものではなく、強者にひれ伏す者の目になっていた。


「……かっこいい」


 だが、その息子のフォグは違った。

 元気がなく、この世界に危うく存在しているようだったが、ヒイラギの戦いを見て存在が確立された。

 自分と父親を脅かす得体も知れない敵を、命を奪うことなく完全に倒した姿に強くあこがれた。

 そのヒイラギ自身に傷は一切なく、自分たちにもなんの影響もない。


「すごい……。すごい人だね、お父さん」


 フォグは声を少し弾ませた。

 だがその声は、父親には聞こえていなかった。


 

 ヒイラギは2人を再び馬へと乗せる。

 先ほどまでとは違い、その動きには焦りがあった。


「レンティスさん。お疲れのところ申し訳ないのですが、この手綱たづなを握ってください。

 この馬は賢いので、そうしていれば自分から王国へと向かってくれるはずです。

 ……敵が近いです。なるべく離れないように戦いますが、私が離れてしまっても気にせず前へ進んでください」


 暗殺者を蹴り飛ばしたくらいから、複数人が間近に迫ってきている音がヒイラギには聞こえていた。

 村を燃やした者たちが、親子が逃げたことに気付いて、追っ手を差し向けてきたのだろう。

 

 ――そしておそらく、その集団の中にはあの人がいる。


「わ、わかりました」


 震えた手のまま手綱たづなをつかみ、どうにか馬を進め始めた。

 その速度に合わせてゆっくりと後退しながら、戦いやすい場所を見定める。


「おい! いたぞ!!」


 ヒイラギと親子を見つけた民兵が、大声を出して仲間を呼ぶ。

 粗削りした木の槍を手に持ち、防具を付けていない姿の者たちが、続々と集まってくる。


 その後ろから、明らかにまとう雰囲気の違う男が姿を現す。

 黒色の長いハチマキを風になびかせて、棍棒を片手に持っている。


「その銀髪に白銀色の剣。ヒイラギ・アクロか。

 思い返すに、あのときの試合はよいものだった。

 再会がこのような形になるとは思いもよらなかった」


 傭兵部門第一位、スリーク・ドライ、”参近操術さんきんそうじゅつ”。

 かつて惨敗した相手。

 彼が追っ手としてヒイラギと敵対した。

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