第二十六話 棒術と剣術と槍術の混合へ

 ヒイラギと対峙する民兵たちの間を通るスリーク。

 民兵たちは彼に頭を下げて道を空けた。

 その動きの端々から、彼を尊敬していることが伝わってくる。


 ヒイラギとスリークの間に誰もいなくなると、棍棒の端を地面につけた。


「あなたたちはそこで倒れている者を運び、先ほど占領した村へ戻りなさい。

 逃げた村人はわたしが追う」

「わかりました」


 民兵たちは一礼をすると、倒れている黒い獣の仮面の暗殺者を3人がかりで持ち上げる。

 そして文句や疑問を言うことなく村へと戻っていった。


「追撃は自分1人で十分だとおっしゃりたいんですか」


 数の有利を捨てて目の前に立っている理由がわからず、ヒイラギは疑問をぶつけた。

 確かにスリークほどの実力があれば、護衛がたった1人だけの村人など、一瞬で追討できるだろう。

 ただ、効率を考えるならば、やはり人数の多いほうが色々と有利だ。


 白銀の剣を握る手に、じんわりと汗がにじむ。

 特に何の構えもしていないスリークだが、そこには毛ほどのすきも見当たらなかった。


「わたしは依頼を受けている都合上、依頼主からの指示に基本的には従う必要がある。

 今回は村人を1人残らず捕らえろと命令を受けている。

 ただ、殺すなとは言われていない」


 その言葉を聞き終えたとたん、ヒイラギの緊張の糸が張り詰めた。

 何もされていない、何もしていないにもかかわらず、自然と息が上がる。


「とはいえ、それはわたしが評価している新参傭兵を殺してまですることではない」


 その言葉を裏付けるように、ヒイラギはずっと殺意を感じていなかった。

 それでも体がこわばってしまう存在感。


「では、見逃してくれるということですか」


 じりじりと後退する。

 もう視界からは消えたが、まだそう遠くには行っていない親子を気に掛けた。


「そのつもりだ。

 しかしながら、戦闘をした格好かっこうは取らなければ不自然だ。

 構えろ」


 いつの間にか棒術の構えを取っていたスリークは、ヒイラギの準備ができるのを待っていた。


 ヒイラギの脳裏に、訳も分からないまま倒された1度目の記憶がよみがえる。

 それを振り切るように長く深い息を吐くと、体全体に力を込めた。


「今回は手短にはしない。

 どれだけ成長したか見せてもらう」

 

 言葉が終わって間延びしたような静寂。

 次の瞬間には、ヒイラギの左右から同時に棍棒が迫っていた。

 実際は1本の棍棒を右から振り、そのあと左から振っただけである。

 その動きが素早く、流れるように繋がっているため、ヒイラギの目には同時かのように映ったのだった。


 それに怖気づくことなく、ヒイラギは左を弾いた勢いで右から迫っていた棍棒を弾く。

 そして、すでに眼前に迫っていた突き上げる攻撃を剣の腹で受けた。

 衝撃で地面をえぐりながら飛ばされるが、体勢は崩さずに次の攻撃を見定める。


 そこへ棍棒を1回転させて踏み込んだスリークは、ヒイラギの左肩へと打ち下ろす。

 ヒイラギはそれを体の外側へ受け流すと、袈裟斬けさぎりにしようと剣を振り上げる。

 しかし、外側に受け流したはずの棍棒が地面で跳ねて戻ってくるのを知覚すると、剣を棍棒に向けて振り下ろした。

 棍棒はまた外側へと弾かれたが、スリークは自分の体を軸に棍棒を逆側へ回すと、ヒイラギの胴体を薙ぎ払いにかかる。

 ヒイラギは剣先を地面へ向けて逆手に持つと、左手を剣身に添えて強烈な一撃を受け切った。


「……ふぅ、ふぅ」


 息を継ぐ暇もない攻撃に汗がふき出る。

 脳と全感覚を酷使して多軌道の棒術を防いでいるが、その影響か酸欠気味になってきていた。

 

 そのことに気付いているスリークは、さらに畳みかける。

 

 少ない予備動作からヒイラギのこめかみを狙う。

 体を反らしてよけながら、剣を振ってそれを打ち払う。


 ――そこで、スリークの棍棒の持ち方が変わった。

 棒術を扱うための両手の間隔が空いたものから、まるで剣を持つかのように棍棒の端を両手で持つものへと。


 そのまま剣を振るようにしてヒイラギの右足を叩く。

 棒術のものからタイミングも攻撃方法も変わり、さらには速度が格段に上昇した一撃。

 防ぐことは間に合わなかったものの、足をずらしてどうにか快打かいだは免れた。


「以前の戦いで対応できなかった攻撃は、そういう仕掛けだったんですね」


 足を押さえて距離を取り、苦笑いしながらこぼす。


「わたしの通り名は知っているだろう。

 ”参近操術さんきんそうじゅつ”。

 棒術、剣術、槍術を織り交ぜて戦うところからついた名だ」


 握り方がいつの間にか槍を扱うようなものに変わっていた。


「そうだったんですね。どおりで棒術用の棍棒にしては、少し長いわけです」


 ヒイラギの言い終わりに合わせて、強力な突きが飛んできた。

 十分とっていた間合いは、構えの変化と槍術の歩法でないものとされていた。


 ヒイラギは体にひねりを加えて、その突きを自分の体の後方へと受け流した。

 そのまま今度は自分が得意な間合いへと引き入れると、顔の左側から斜めに斬り下ろした。

 前に体勢を崩していたスリークは勢いをつけてそのまま前転し、白銀色の一閃をかわした。

 

 服についた汚れを払い落とすと、構えを解いて棍棒を背中にしまった。


「わたしが予測していた以上に強くなっている。

 以前も防御の技術は非常に見どころがあったが、今は大きな武器といって差し支えない。

 多くの経験を積んだことで、実戦での対応力が身についている。

 変則的なわたしの攻撃をくらいはしたものの、とっさの判断で重傷を回避した。

 自身及び他者を守る術にかけては、右に並ぶものはほとんどいないだろう」


 あごに手を当てながら、箇条書きのような所感を次々と述べていく。


 ヒイラギはあっけにとられてそれらを聞いていた。

 前回は直接聞くことができず、ナーランに教えてもらっていた。

 そのとき、確かにナーランは言っていた。

 見た目によらずよく喋ると。

 

「課題として上げた攻撃能力については、発展途上といった感じだ。

 しかし、何か軸ができたようだ。

 攻撃をすること自体にはためらいがなかった。

 大きな出来事があったか、あるいは覚悟を決めたとみていいだろう」


 短時間の打ち合いから得たとは思えない分析に、ヒイラギは舌を巻いた。


「一方的に語ってしまった。わたしはこれをよくする。すまない」

「い、いえ。とんでもないです」


 ヒイラギは剣を収める。


「あの、色々言いたいことはあるのですけど。

 今はあの親子のもとへ行ってもいいでしょうか」

「もちろん。

 わたしの勝手に付き合ってもらい、ありがとう。

 次に会ったときはゆっくり語り合おう」


 そう言うと手を差し出した。


「はい。お願いします」


 その手を握った。

 ゴツゴツとした手のひらから、棍棒を振るってきた年月を感じた。


 ヒイラギは頭を下げると、少し足を痛そうにしながら、全速力で走っていった。

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