永久不変の剣を手に、人々の命の守護者となる
なで鯨
第一話 命を守るために傭兵の国へ
右手方向には深い森。
左手方向には小川とその先にまた深い森。
その小川に沿って作られた舗装されていない道。そこを歩く少年がいた。
にぶい銀髪で碧眼のその少年の眼前に、明らかに人相の悪い男が3人立ちはだかった。
「ようお坊ちゃん。そんな荷物と似合わねえ剣を持ってどこへ行くんだぁ?」
「一人で森に入っちゃいけませんって、お母さんお父さんに教わらなかったのかなぁ?」
「ってことで、その荷物と剣を置いて、素っ裸になって土下座すれば、命はとらねえぞ。寛大な心ってやつだ。」
3人は手斧や刃こぼれしているナイフをちらつかせながら、じりじりと少年に近づいていく。
当の少年は顔色一つ変えずに、そして一言も発さずに、荷物を地面にゆっくりと置いた。
そして剣の柄に手をかけて、これまた落ち着いて抜剣して体の正面に構えた。
その剣を見た盗賊たちは、気味の悪い笑顔を浮かべる。
「キレイキレイされている剣でちゅねー。人を切ったことあるんでちゅかー?」
「宝石とかで作った剣なのかなー? キラキラしてて……高そうだなぁ!!」
言うや否や少年に飛び掛かっていく。
身構えた少年と盗賊の剣が交わるかと思われたその時、近くの木の枝を揺らしながら、人影が盗賊の頭上に落ちてきた。
人影は落下の勢いそのままに、盗賊の脳天へ短刀を突き立てた。
地面に顎を打ち付けた盗賊はそのまま動かなくなる。
あまりにも唐突で一瞬の出来事に、少年は目を見開き、盗賊たちは固まった。
だが、盗賊の一人がすぐに怒りをあらわにする。
「てめえ何しやがる! 何もんだ! とりあえず死ねや!!」
雄たけびを上げて降ってきた人に向かっていく。
降ってきた人は、死体の頭に刺さしたままの短刀を引き抜き、盗賊の方へ大きく一歩を踏み込んだ。
クロスカウンターのような形になり、盗賊はほくそ笑む。
盗賊の得物は手斧。対する相手は短刀であり、リーチで圧倒的な有利を得ている。
「……っがふ」
したり顔だった盗賊は、血を吐き出しながら勢いそのままに倒れこむ。
いつの間にか逆の位置に立っていた降ってきた人は、血の滴る短刀を振り払った。
がっちりした体格のその男は、残る盗賊に目を向ける。
「っひぃ!! た、助けてくれ! 死にたくねえ!!」
腰が抜けた盗賊は地面をはいつくばって、慌てて逃げようとしている。
その様子を見ながら、男は再び一歩踏み込んだ。
「待ってください!」
銀髪碧眼の少年が男の進路を塞ぎ、盗賊を背でかばった。
白銀色に光る刀身を男に向けるその表情からは、決意と何か別の感情がにじんでいる。
「彼はもう戦意を失っています。そのような人を殺すことは許せません。
それに、先ほど殺した男たちも、殺さずに罪を償わせることもできたはずです」
大柄な男は話を受け入れたのか、構えを解いて少年を見下ろす。
構えを解きながらも、少年越しに背を向ける盗賊へと視線を飛ばすと、次の瞬間には地面を蹴り、少年を飛び越えていた。
170センチ程度はある少年の頭上を越えると、空中を駆けるかのように移動し、落ちながら盗賊の背中から心臓を貫いたのだった。
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「僕の名前はヒイラギ・アクロ。先ほどは助けてくださりありがとうございました。
しかし、こう言ってはなんですが、僕一人でもなんとかなりましたし、命を奪わなくても、無力化させることができました」
どんどん前を歩いていく男の背を追いながら、銀髪の少年であるヒイラギは、お礼と文句を投げかける。
その言葉は、男の大きな背中に当たって落ちてしまっているかのように、男は振り返りもしない。
「僕の信条として、命の恩人には感謝とお礼と、尊敬をしなくてはならないのです。
ただ、命を大切にしない人は絶対に尊敬しないとも決めているのです。
……あの、聞いてますか?」
あまりの無視っぷりに、顔を引きつらせるヒイラギ。
とはいえ一方的に考えを押し付けているのを悪いと思ったのか、小さく息を吐いた。
「せめてお名前くらいは聞かせてもらえますか? どうであれ、命を救ってもらった形ですし。
自分でどうにかできたとはいえ、ですけど」
「…………」
「もしもし?」
不毛なやり取りを――やり取りというには一方的だが――していると、
ドドドドドドドドドドドドド!
と、二人の背後から地面を蹴る轟音が聞こえてきた。
快晴の森林の小川の横の道の果てから、ものすごい速さで土ぼこりが迫ってくる。
「ん? おーい! オニキスー! 仕事終わりかー!?」
声をかけながら、土ぼこりの主は、速度を落として二人と並走した。
2メートルはあろうかという長身のその男は、声をかけた男――オニキスの後ろに銀髪の少年がいることに気が付くと、人懐っこい笑顔を浮かべて挨拶をした。
「君は初めて見る顔だ! はじめまして。
俺はナーラン・ハイズ。この先の王国で運び手をやってるんだ。
東西南北、山だろうと川だろうと、この足で走って、確実に手紙や荷物を届けるぜ。
君の名前を聞いてもいいかな?」
両肩から提げている大きな2つのショルダーバッグを見せながら、ヒイラギの名前を聞く。
「あ、僕はヒイラギ・アクロと言います。
先ほどこちらの方に命を助けられまして。
お知合いですか?」
「アクロ君ね、これからよろしく!
オニキスと知り合いかって? もちろん知り合いさ。
そしてなんと! このコロッガ・オニキスは、王国の傭兵会、暗殺部門、第二位の実力派の暗殺者だ!
通り名は、”天駆る暗殺者”。
原理は知らないけど、空中を駆けて対象を暗殺するっていう他の誰にもできない方法を使うところからついた名だ。
オニキスの名前と通り名は、オニキスに狙われそうなやつらや、王国の人たちによく知られているぜ」
聞いたこと以上の情報と、理解の難しい情報が一気に流れ込んできた。
ヒイラギはいまだに背を向けて歩いているコロッガと、長身のナーランを交互に見ながら、情報を整理する。
「えーっと……。
この、オニキスさんがすごい暗殺者だということはわかりました。
あと、僕も傭兵会への入会のために王国へ向かっていたので、なんとなくそのあたりもわかります。
ただ、1つ疑問がありまして」
「なんだい?」
「暗殺者なのに、名前も顔も、はたまた暗殺方法まで知れ渡っているのって、なんかおかしくないですか?」
「アクロ君の言う通り! だけど、それでも暗殺を成功させているからこそ、第二位なんだよね」
その言葉に対して再び質問をしようとしたヒイラギを遮って、ナーランが提案をする。
「ここで出会ったのも何かの縁だし、俺とオニキスで傭兵会とかを案内するぜ!
というわけで、俺はとっとと荷物を運び終えてくるから、また!」
ドドドドドドドドドドドドドド
走り去っていった。
「…………」
「…………」
「ちなみに」
「! はい」
「あいつは運び手部門の第一位だ」
「は、はぁ……」
やっと言葉を発したかと思ったら、走り去っていった男の補足情報だった。
ヒイラギはいきなり色々すごい人たちに出会ったと思いながら、王国へ向けて歩いていくのだった。
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