第二話 傭兵になるために傭兵会本部へ

 ナーランが走り去ってから数時間後、目指していた王国にようやく到着した。

 王国の名前はシーナリーム王国、中央の貴族が住まう場所以外には城壁はなく、外へ外へと森を切り拓いて発展している国である。

 特に入り口らしい入り口はないが、森から抜けてきた先には、簡易的な道と見張りの人間が数人立っており、櫓も立っていた。

 その見張りのうちの1人は、森から出てきたヒイラギとオニキスを見つけると、小走りで駆け寄ってきた。


「お、来たな。さっき”健脚”に会って話は聞いたぜ。

 銀髪の少年は傭兵会に入りに来たんだよな。俺は別にそういう立場でもなんでもないが、ようこそと言っておこう。

 それで、その”健脚”から伝言がある。『傭兵会本部で待ってる』だとさ。あいつちょっとせっかちだから、早く行ってやってくれ」

「あの、ちょっとすみません。

 一応確認なんですけど、”健脚”ってナーランさんのことであってますか?」

「ああ、そうだが……」


 そこまで言って、ちらっとオニキスの方を見て、苦笑いをする。


「なるほどな、”健脚”本人からは名前だけ伝えられて、”天駆る暗殺者”のオニキスからは特に説明はなかったわけだ」

「その通りです……」


 数時間、二人っきりで特にアクシデントもなく歩いてきたヒイラギとオニキスだったが、その間、会話はまったくなかった。

 オニキスからナーランに対して、急に案内役を担わされた文句が出るかとヒイラギは考えていた。

 しかし、オニキスは気にした様子もなく、嫌がっている様子もなく、その類いの言葉もなかった。

 会話がなかった数時間を経て、ヒイラギは1つの仮説を持つことになった。


(オニキスさんはもしかすると、無口というよりは、物事への関心が薄いのかもしれない)


 ヒイラギは16歳ながらも、今までの経験から、人を見る目が養われていた。


「オニキスは無口なやつだからな。まあ、”健脚”は逆に喋り過ぎるかもしれないが、この国と傭兵会の案内人には適役だからな。

 おっと、これ以上待たせると、”健脚”が走ってこっちに来かねないな。

 じゃあまたな。どこかで会ったときはよろしくな」

「はい、ご丁寧にありがとうございました」

「…………」


 丁寧にお礼を言ってヒイラギは町の中に入っていった。

 オニキスは軽く手を上げると、ヒイラギの後ろをついていった。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「遅かったね二人とも! あと少しで探しに行くところだったよ!」

「お待たせしてすみません。ちょっと色々ありまして……」


 見張りに別れを告げてから数分後、ようやくナーランの待つ傭兵会本部入り口に到着した。

 色々あったというのは、町に入ってからヒイラギが先頭を歩いていたせいで、微妙に遠回りをしたというただそれだけだった。

 ヒイラギは王国に来るのが初めてだから仕方がないのだが、オニキスはヒイラギに文句を言われるまで、助け船を出す気配がまったくなかった。

 ヒイラギの仮説の信ぴょう性が数段アップした。


「じゃあさっそく紹介していくぜ! ここが傭兵会本部。

 依頼の受注や、指名依頼の受注、情報交換から飯まで、大体なんでもここでできるよ! あ、できるぜ!」

 (語尾が安定しないのかな……?)


 入り口をくぐると、中は熱気であふれかえっていた。

 入ってすぐの場所は飲食スペースになっており、疲れた顔の人や豪快に酔っぱらっている人たちでほぼ満席状態だった。

 カウンターには豪快な人たちと豪快に笑いあっているおばちゃんが忙しそうに働いていた。

 奥に見える厨房には、腕利きの傭兵と言われても納得できるような図体の男が、大きな鍋を使って料理を作っていた。


「すごい人数ですね……!」

「でしょう? なんてったってここシーナリーム王国は、傭兵の国といっても差し支えないからね!」


 飲食スペースを抜けて右に進むと、大きな掲示板が2つ、その先には活発そうな女の子が立っているカウンターがあった。

 掲示板の片側にはびっしりと依頼書が貼り出されていた。

 その反対側には、傭兵部門、護衛部門、暗殺部門、運び手部門、害獣退治部門、救助部門の上位3名までの名前と通り名が書かれていた。

 もちろん、運び手部門の第一位にはナーランの名前と通り名の”健脚”の文字があり、暗殺部門の第二位には、オニキスの名前と”天駆る暗殺者”の文字が大きく書かれていた。


「あ、オニキスさん! もう盗賊討伐の依頼を達成されたのですか?」


 カウンターの中から、黒髪ショートの女の子が、元気よく飛び跳ねながら声をかける。

 オニキスはナーランとヒイラギの横を通り抜けると、カウンターの少女と話し始めた。

 その姿を例にしながら、ナーランは案内を続ける。


「ここに貼り出されている依頼を受注して、完了したらオニキスみたいに報告する。

 その報告を受けたら確認係の傭兵が完了を確認して、そのあとに報酬が支払われる仕組み!

 失敗しても報告は必要だよ。生きて帰ってこれたらの話だけどね」


 オニキスが話し終わるのを待って、ナーランとヒイラギはカウンターの少女に話しかける。


「お仕事お疲れ様! 今日はこの新人君の入会の案内に来たぜ!

 さっそくだけど、入会手続きしてもらっていいかな?」

「ナーランさんお疲れ様です。入会手続きですね!

 では、書類を用意するので少々お待ちくださいねー」


 一度奥の部屋に引っ込むと、すぐに中質の紙とペンを持って戻ってきた。


「では最初にお名前をお伺いしてもいいですか?」

「はい、私はヒイラギ・アクロと申します」

「ヒイラギさんですね。いきなり失礼なことを伺いますが、字の読み書きはできますか?」

「簡単な単語と自分の名前程度でしたらできます」

「わかりました。では、最後の自筆のサインだけご記入をお願いしますね。

 今から、入会のためにいくつかの質問に答えていただきますが、答えたくない場合はそのようにおっしゃってくださいね。

 また、虚偽の申告だった場合は、特に罰則などはありませんが、信用に関わってきますので、なるべく本当のことを伝えていただけると助かります」

「わかりました」


 質問が始まる前に、ナーランはヒイラギの横を離れて、オニキスと何かの打ち合わせを始めた。

 個人的な情報を勝手に聞くまいとする配慮と、この後の案内プランを立てるためのようだった。


「では、ヒイラギさんの出身地は?」

「えっと……。すみません。わかりません」

「そうなんですね。失礼しました。

 では、ご希望の部門はありますか?」

「はい、護衛部門を中心に活動しようと考えています」

「護衛部門ですね。承知しました。では次に――」


 そのままいくつかの質問に答えたあと、注意事項やルールを説明してもらい、自筆のサインをした。

 

「ありがとうございました。ようこそ傭兵会へ!

 ヒイラギさんの活躍、期待していますね!」


 弾けるような笑顔でヒイラギを歓迎してくれる少女。

 ヒイラギも微笑み返し、丁寧にお礼を言ってカウンターを去ろうとする。


「あ、すみません! もう少しいいですか!」

「大丈夫ですよ」


 後ろを向きかけていた体を元に戻す。

 

「ちょうど毎年この時期にですね、新参の人たち限定の武闘大会が開催されるんですけど、参加されますか?

 実力を見せて、名を売るチャンスだと思いますよ」

「そんな大会があるんですね。もう少し詳しくお聞きしてもいいですか?」

「はい。新参限定武闘大会は、入会してから半年以内の傭兵限定の大会です。

 参加人数によってルールは多少変わってきますが、基本的には予選が1対1の総当たり戦です。

 そして本選がトーナメント戦での1対1になっています。

 優勝者には賞金と、傭兵部門第一位の方と手合わせをする権利が与えられます」

「傭兵部門の第一位は……?」


 ヒイラギはふりかえって、順位表を確認する。


 ――傭兵部門 第一位 スリーク・ドライ ”参近操術”――


 よくわからない通り名がついている。

 何かを操るのだろうか。


「あと、自身の実力を示すための大会ですので、武器はこちらが用意する、木剣、木短剣、棒、練習用の槍、木盾などを使用してもらいます。

 そして、命に関わるような行為をした場合には、即刻敗退扱いとなり、傭兵会からの退会もしていただきます」


 ヒイラギは説明を聞き終えて、目をつぶって少し考えてから、参加の意思を伝えた。


「はい、受け付けました! 呼び止めてしまってすみませんでした。

 改めまして、これからよろしくお願いしますね!」


 再びの弾ける笑顔に送り出されたヒイラギは、何やら盛り上がっている二人の元へと合流した――盛り上がっているのはナーランだけだが。


「じゃあこの案で決定ってことで! シーナリーム王国を巡るヒイラギ君歓迎十泊九日案内ツアー!」

「ちょっと待ってください!?」


 親切の領域を超えてしまっているナーランに、慌てて待ったをかけるヒイラギであった。

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