第三十五話 対面へ

「ダリー……!」


 震える手をおさえて、ヒイラギはその名前を絞り出した。

 ジョンとコンは信じられないという顔をヒイラギに向けたが、ヒイラギの表情を見てすぐにダリーへと向きを戻した。

 

 動揺している3人を見てニタニタと笑うダリーが口を開いた。


「せっかくこうやって会えたんだから、今度は俺に殺されてくれるかぁ?」


 銃口をヒイラギに向ける。

 その銃もダリーの死体があった場所から消えていたものだった。


「コン。俺に合わせてくれるか」

「任せてくださいっす」


 ジョンの大盾の影で2人は素早く意思疎通を行った。


「……僕も動けます」


 ヒイラギの体はまだ震えていたが、もう気おくれはしていなかった。

 その姿にうなずくと、ジョンはダリーに呼びかける。


「なあ、あんた。あんたは何者だ?」

「何を馬鹿なことを聞いてくるんだ傭兵の分際でよぉ! このダリー様を知らないやつがいるとはなあ!」


 照準をヒイラギからジョンに合わせると、つばをまき散らしながら青筋を浮かべた。


「あんたは死んだはずだ。銃で頭を撃ち抜いてな」

「その通りだ。なんだ、俺のことをよく知っているじゃないか」


 肉を揺らしながら乾いた笑いを放つ。


「いや、なに。そこにいる白銀のガキを許せねえと思っていたらよみがえったのだ! これはきっと復讐しろとのおぼしに違いねえなあ!」


 言い終わると同時に激しい発砲音が薄暗い森に鳴り響く。

 ジョンは素早くそれに反応して射線上に入り、大盾で防いだ。

 それと同時に無手むてのコンが勢いよく飛び出す。

 独特なステップを踏んでジグザグに進み、あっという間にダリーに肉迫する。


「ディープ……!」


 恵まれた体格から放たれた拳は、ダリーの分厚い肉深くに突き刺さる。


「ダウン!!」


 それを下向きに無理やり振り抜く。

 背中、次に後頭部を打ち付けたダリーは口を大きく開けて気を失った。


「……殴った感じも、生きている人間そのものだったっす。いったいどうなってるっすか」


 駆け寄ってくるヒイラギへ、手を開いたり閉じたりしながら問う。


「わ、わかりません。最初は影武者かとも考えましたが、彼は本人としか思えません。本当に……蘇ったとしか……」

「まさか! 意味わからない力はその辺にあるとは言ったっすけど、死者を生き返らせる力なんて」


 ガサガサと周囲の草むらから不安をあおる音が聞こえてくる。


「そこまでいったら、まるで神話に出てくる神の力じゃないっすか」

「……おい」

「!!?」


 いきなり後ろから声をかけられて飛び上がるコン。

 バッと振り返ると、そこにはオニキスが無表情のまま立っていた。


「な、なんだオニキスさんっすか……。驚かさないでほしいっす」

「それは悪かった。だが、気を抜いている場合ではない。俺たちは囲まれている」

「どういうことっす……!」


 コンが気付いた時には、ヒイラギも、駆け付けていたジョンも、周囲へと険しい視線を飛ばしていた。


「ダリーが現れた後、さらに人影が集まってきていた。……まとまっていた方がこの場合はいいと思った」

「……ああ。これは言う通り、まとまっていた方がよさそうだ」


 ジョンは囲んでいる相手をひとりひとり確認すると、何とも言えない表情でそう言った。

 剣を腰に携えた人物が口を開いた。


「私たちは争いに来たわけではない。ここから立ち去ってほしいだけだ。私たちのようになりたくなかったらな」


 ヒイラギはその声を発した人影に見覚えがあった。

 新参大会の本選、その準決勝で自分と戦った相手。


「……ソジュさん。いったいどうしたのですか……?」

 

 圧倒的な攻撃の手数と、それを持続するスタミナで追い詰めてきたソジュだった。

 さらに周りには、同じく新参大会の本選に残っていたラセターとカゼリの姿もあった。


「私たちは傭兵失踪について調査するためにここへやってきた隊だった」


 そこで口をつぐんだ。


「……そして殺され、生き返らされた」

「何を言って……」

「信じがたいかもしれないが、こんなところで虚言を言う必要がないことはわかるはずだ」


 あまりにも淡々と話すソジュに、ヒイラギの理解と感情はまったく追いついてこなかった。

 他の3人も理解に苦しんでいるのか沈黙を保ったままだった。


「……と言ったな。それはだ」

「ここを進んだ先にいる人物の力だ。名前も顔もわからない。ただ、奴の盾に触れただけで私たちは死に、奴の剣に刺されて生き返ったのだ」


 ソジュの回答を聞いた他の傭兵は、悔しそうな、恐ろしそうな顔で4人を見つめた。


「わかった。俺たちに出された依頼はその何者かの討伐だ。もしまだ立ち向かえる心があるのならば、力を貸してほしい」

「残念だが、それはできない。さっきも言った通り立ち去ってほしいだけだ」


 淡々と話していたソジュの声に感情がにじんだ。


「……それでも、俺たちがこの先に進むと言ったら?」


 ジョンの問いかけに、ソジュは腰の剣をすらりと抜いた。


「非常に。非常に不本意だが、力ずくでも止めさせてもらう」


 その抜剣に合わせて、周囲の傭兵たちも次々に武器を構える。

 しかしそこに殺気は伴っていない。

 

「……ソジュさん……」

「ふん……。因果なものだな」


 ヒイラギは目をらした。そして剣を握っていない方の手で自分の顔を叩くと、ジョンに向けて言った。


「……無力化しましょう。そして、この先にいるという元凶に……問いただしましょう」


 酷く辛そうなヒイラギの決意がこもった言葉を聞き、ジョンは手斧で自身の大盾を打ち鳴らした。

 それはジョンが本気で戦闘へ入るときに行う儀式のようなものだった。

 

「やろう」


 ヒイラギの決意とジョンの決断をソジュは聞いた。

 息を吸って、耐えがたい何かを押しつぶすように目と口を固く閉じた後、ゆっくり開いた。

 

「そうか……。では、私たちは全力でかかる……!」


 傭兵同士の戦いが始まる。

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