第三十二話 傷跡へ

 今回集まった30名程度の傭兵たちは、依頼主がいなくなったことにより、ほとんどが解散していった。

 まだとどまっているのは、律儀に荷物を本館に戻そうとする者。

 依頼主がいなくなったのだから少しくらいってもばれないと思って物色している者。

 疲れを感じて休んでいる者などの数名程度だった。


「それじゃあ、私も本部に戻ろうかな。私の依頼主にいろいろと報告しないといけないし」


 温かい飲み物を飲んでいたスクイフは、それを置くと背伸びをする。

 まだまだ暗い時間帯だったが、暗殺部門を主に活動している彼女にはまったく問題ではなかった。


「そうですね。僕は賊を引き取りに来る方々を待ってから戻ります。今回はありがとうございました」

「だから真面目すぎるっての。ここまで一緒にやってきたうえに同い年よ? 力抜いて話しなさいってば」


 ヒイラギの肩をもんで力を抜こうとする。

 鋭くツボに刺さるスクイフの指を痛がって、座っていたヒイラギは立ち上がった。


「最近知り合った依頼主のお子さん以外だと、年上と話す機会が多くて……。砕けた口調は苦手なんだけど、努力するよ」


 ぎこちないながらも敬語を抜いて喋るヒイラギ。

 それでもどことなく固い口調にスクイフはおかしくなって笑った。


 

「おい白銀のクソガキィ!!!!」


 和やかな雰囲気をたたき割る罵声に、ヒイラギは弾かれるように振り向いた。

 声の主はぶくぶくと太ったダリーだった。

 彼は乱れた髪のまま、ヒイラギに対して銃を向けていた。

 初めて銃を見たヒイラギはダリーが何をしたいのかわからなかったが、強烈な殺気を感じて命を取りに来たことを察する。


「何もかもぶち壊しやがって!! 死ね!!」


 激しい破裂音と共に銃口から弾丸が発射される。

 急な爆音と吹かれた炎にひるみ、ヒイラギは回避行動を取り遅れた。

 そうしている間も、凶弾は確実にヒイラギの胸元を撃ち抜く軌道をたどる。


「……ッ!」

 

 避け遅れたヒイラギの体を、体重を乗せた突撃でスクイフが突き飛ばす。

 その彼女の右肩を弾丸がえぐり貫いた。


 そのままの勢いで2人は重なって倒れた。


「いっ……たい……!」

「ス、スクイフさん!? スクイフさん!!」


 一瞬呆然としたあと、自分の胸の上にいるスクイフに焦って声をかける。

 思考がまだまとまっていないヒイラギは、とりあえず彼女を抱えながら起き上がる。

 そのあまりの出血にうろたえていると、そんな彼女に力なく頬をはたかれた。


「馬鹿……! まずはあいつを捕まえないとでしょ……!!」


 脂汗にまみれながら、叩いた手でダリーを指さす。

 

 ダリーはまごまごと次の弾丸を用意していた。


 ヒイラギは強く目をつぶってから開くと、スクイフをそっと地面に下ろして剣を抜いた。

 そしてダリーに向かって駆けだした。


「なあおい白銀!! お前! 自分が関わった依頼で死者を出さないんだったよなぁ!」


 発射準備を終え、向かってきているヒイラギに銃口を向けた。


「残念だったな! もう傭兵が1人死んでいるぞ! そして――」


 それをヒイラギから自分のこめかみへと移す。


「――もう1人死ぬ」

「待て!!!」


 ヒイラギの静止もむなしく、爆発音が鳴り響く。

 ダリーの頭蓋からはあらゆるものが飛び散り、絶命していることを疑う余地はなかった。


 あと一歩のところで届かなかったヒイラギは、足元に転がった死体を見下ろして放心する。


「……違う。まずはスクイフさんを……」


 寝かしてきたスクイフの元に戻ると、大量に出血している傷になるべく清潔な布を強く押し当てる。


「うわあああああああああああ!!!!」


 スクイフの悲鳴が響き渡る。

 その悲鳴と銃声を聞いて、残っていた傭兵たちも事態に気付き、ヒイラギの元へ集った。

 それから各々は協力して、水を汲み、馬を走らせ、知識のあるものは薬草を摘んできた。


 そうした努力によって多少落ち着いたスクイフと共に、ヒイラギはシーナリーム王国へと戻ったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「失礼します……」

「あ、ちょっと! 今はダメよ!」


 新参大会のときにヒイラギもお世話になった医者の医療室に入ったヒイラギ。

 そこには上半身にまだ何も身に着けていなかったスクイフがいた。

 ヒイラギは慌てて目をそらしたが、きれいな肌とそこに亀裂を走らせる傷跡が目に入った。


「……本当に申し訳なかったです……」

「そうよ! 私の返事を待って入ってきなさいよね!」

「そうではなくて! 命を守ってもらったうえに、そんな傷跡を残してしまって……」


 うつむいたヒイラギは辛そうな声で言う。

 それを聞いたスクイフはハッと笑い飛ばした。


「こんな傷くらい、これから先いくらでも付いていくわ。傭兵をやっている限りね」


 傷をなぞり、痛ててと小さく言うと服を着た。


「それでも……!」

「もう! 本人がいいって言っているんだから、大人しく納得しなさいって!」


 黒い髪の毛を後ろで結んだ彼女は、下を向いているヒイラギの顔を両手で持ち上げる。


「私はあんたに助けられて、その私にあんたも助けられた。これでチャラ。平等。いいわね?」


 はっきりとした目元からは有無を言わせないぞという気概きがいが伝わってきた。

 ヒイラギはうなずくしかなかった。


「まったく。真面目で真面目で仕方がないわね。あれから欠かさず毎日お見舞いに来るし。あんたも暇じゃないでしょうにさ」


 あの依頼からしばらく経っていたが、ヒイラギは毎日同じ時間に様子を見に来ていた。

 その間にダリーの所業は明るみになり、私兵や賊たちも投獄された。

 特に私兵長ガルナクを倒したヒイラギの活躍は、今までの人気にさらに火をつけるものとなっていた。

 だが、当のヒイラギは2人の命を失ったことと、スクイフのこともあり、ずっと浮かない顔をしていたのだ。


「……本当にぽっきり折れてもらったら困るから、私を頼りなさいよ」


 言い終えたあと、ちょっと顔を赤くして、慌てて次の言葉をつなぐ。


「私だけじゃなくて! 誰でも頼るの。1人でなんでもかんでも背負える人間なんていないんだから」

「……はい」

「声が小さいわよ!」


 もう一度ヒイラギの顔を両手で挟む。


「わ、わかり……わかったから離してほしい……!」


「すみませーん! ここに”白銀の守護者”様はー……」


 ヒイラギを呼びに来た傭兵は何か勘違いしたのか、失礼しましたと出ていく。


「あっ! すみません! 何の用ですか!?」


 バタバタとスクイフに改めてお礼を言いながら、自分を呼びに来た傭兵を追いかけるヒイラギだった。

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