第三十一話 私兵長との戦いへ

 ヒイラギの抜剣と同時に、スクイフは暴れて自身を捕まえている私兵たちに一瞬の隙を作った。

 ヒイラギは回転して飛び掛かってきていた私兵をまとめて弾き飛ばすと、スクイフの両腕を拘束している私兵の1人へとぶつけた。


「本当に! 痛かったわよ!」


 片腕が解放されたスクイフは、舞うようにしてもう片腕を掴んでいる私兵を投げ飛ばした。

 そして腰からやや短めの2本の剣を抜くと、私兵たちをものすごい速さの斬撃でまとめて傷だらけにした。


 あっという間に形勢逆転されたダリーは、怒りに顔を歪め、笛を取り出して強く吹いた。

 吹かれた後にヒイラギはそれを手から弾き落とすと、睨め付けてくるダリーに切っ先を向けた。

 

「お前! 依頼主に刃を向けて! 傭兵としてこれからやっていけると思うなよ!」


 ヒイラギに唾を飛ばし叫ぶ。

 苦し紛れのように聞こえるが、傭兵の禁止事項の1つに、依頼主に危害を加えてはいけないという項目が確かにあった。

 ダリーは今までもそれらを利用して傭兵たちを手なずけていた。


「僕にとって傭兵は、あくまでより多くの命を守るための手段にすぎません。

 あなたを捕らえることでそれが叶うなら、僕1人の立場なんかどうだっていいんです」


 白銀色の刃はぶれることなく、真っすぐにダリーに向けられている。

 自分の立場などどうでもよいというヒイラギの考えがダリーによく伝わった。

 今まで相手にしてきた傭兵とは根本的に何かが違うことに気付いて、ダリーの全身から血の気が引いていった。


「な、なんだお前は!!

 くそっ!! ガルナク!! こいつらを殺せ!!!」


 半狂乱になって騒ぐと、ヒイラギの背後から私兵長ガルナクがやってきた。

 背中に背負った大剣を引き抜くと、両手に持って構えた。

 

 ヒイラギはダリーに突きつけていた剣を引いて振り返る。

 

 そうして向き合ったガルナクとヒイラギの隣を走り去り、笛に呼ばれた賊たちが野営中の傭兵たちに襲い掛かった。


「スクイフさん! ここは僕が! あなたはあちらをお願いします!」

「まだ助けてもらったお礼言えてないから、死ぬんじゃないわよ!」


 了承を伝える代わりに、激励のような言葉を残してあっという間に向かっていった。

 ガルナクはその様子をニタニタ笑ったまま見ていた。

 

「ガルナクッ! こいつを殺したら報酬を今までの倍、いや3倍にしてやろう!!」


 完全に腰が抜けてしまったダリーはわめいた。


「そういうことらしい。金のために死んでくれよなあ!!!」


 ガルナクはそう吠えると、身の丈ほどもある大きな剣を容易く振り回す。

 それをヒイラギが剣で受けるたびに、火花が散って辺りを一瞬照らし出した。

 ヒイラギは重たい斬撃をこともなげに受け続けると、剣を大きく振り、ガルナクから距離を取った。


「噂ほどじゃねえなあ”白銀の守護者”とやらも。

 俺の攻撃を受け続けるだけじゃねえか!」


 無造作に2歩前に詰めると、ヒイラギの頭上から大剣を振り下ろす。

 大剣へ勢いが乗った瞬間に、ヒイラギは左半身を引いて大剣の側面にまわると、そこに向けて剣を振りきった。

 金属がぶつかる大きな音とさっきよりも大きく散った火花。

 大剣は元の軌道を大きくそれて地面へと突き刺さる。

 それを持っていたガルナクは体がひねられて前につんのめった。

 

「何だっ!?」


 筋骨隆々な肉体を無様にさらしながら倒れる。

 そこにすかさずヒイラギの斬撃が放たれ、ガルナクの両手は動かなくなった。


「うおおおおおおおおお!!! がああああああああ!!」


 今度は激痛に吠えるガルナク。

 

 ヒイラギは背を向けると、しりもちをついているダリーに向き直った。


「待て待て待て!! お前が何を吹き込まれたか知らないが、俺は何もやってないぞ!!」


 取りつくろっていた富豪の面が完全にはがれ、一人称も変わっていた。


「むしろ! 若手の傭兵たちの身の丈に合わないくらいの大金を出して、支援してやってんだぞ!!」


 そのダリーの目線は目の前にいるヒイラギではなく、ふらふらと立ち上がったガルナクに向けられていた。

 ガルナクの気配にヒイラギが気づかないよう、ダリーはさらに騒ぎ立てた。


「そんな善良な人間を守護者と名乗るお前は痛めつけるってのか!!?

 そんなのは到底とうてい守護者とは呼べんなあ!

 しかも! 前にも賊たちの手足を使いものにならなくしたじゃないか!

 生き地獄を与えるだけの鬼がよ!!!」


 白銀の剣を握る手にぐっと力がこもる。

 まだ腰が抜けているダリーを睨め付けると、右腕を大きく振り上げた。


「今だ蹴り殺せガルナクウウウウウウウウ!!!!!」


 ヒイラギの背後では、両手をだらんと下げているガルナクが、足を中段にあげていた。

 それに気づいていたヒイラギは振り返って、振り上げた剣をガルナクの軸足へと下ろした。

 血がほとばしると、立っていられなくなったガルナクは再び大地へと沈んだ。


 蹴られてゴミのように跳ねるヒイラギの姿を想像していたダリーは、そうならなかった現実を受け止めきれずに呆然としていた。


「守護者として僕は命を守ります。どんな形になろうと命は取らないと決めたのです。

 ただ……。あなたの言葉に怒りを覚えてしまうということは、心のどこかでは覚悟を決め切れていないのかもしれませんね」

 

 口をパクパクさせているダリーに自身の未熟さを吐露とろすると、混戦になっているであろう野営地へと走っていった。


 

 

「ヒイラギ、無事でよかったよ。これでようやくお礼が言えるわ。あのときはありがとう。助かったわ」


 賊たちを全員で協力して無力化、拘束をして落ち着いたころ。

 スクイフは夜空を眺めていたヒイラギに近づいてお礼を言った。


「どういたしまして。正直なところ、捕まっているのを見たときにはかなり焦りましたけどね」

「本当に悪かったわ。でも、言葉もなしに私を信じてくれて嬉しかった」


 手で首をなでながら言った。

 ヒイラギはふふっと笑って、少し大げさに仕切る。


「皆さんに状況は分かってもらえましたし、結果的にはうまくまとまったので、よしってことにしましょうか」

「終わりよければ全てよしね! 前向きにいかないとしょうがないわよね!」


 少しらしくなかった彼女に元のハキハキとした調子が戻った。


 


「許さん……許さんぞ……白銀のガキが……」


 野営のすみで賊たちやガルナクと一緒に縛られているダリーは、ぶつぶつと恨み言をつぶやいていた。


「今すぐ殺してやるからな……今すぐ……」


 それを見張っている傭兵は彼の言葉を聞き飽きていた。

 

「お前さあ、いい加減黙れないわけ……」


 傭兵の首に黒い矢が突き刺さった。

 音もなくその場に崩れ落ちる。


「よくやったぞ……! さあ、縄を解け! 報酬は望むがままに与えてやろう……!」


 真っ黒い姿のその人物は、短剣を抜いてダリーの縄を切った。

 そしてそのまま闇へと消えていく。


「見ておれよ白銀……!!」


 自身の肉の下から何かを取り出して――。

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