第三十話 舞姫を信じて抜剣へ

 王国を出た先にある森の中。

 富豪であるダリーを守る傭兵たちがそこを行進している。

 ヒイラギは黒髪を1つに縛った女の傭兵と並んで歩きながら、小声で会話を続けていた。


「――つまり、あなたはダリーさんを調査する依頼を受けてきたと。

 それでその依頼者曰く、ダリーさんは王国周辺の盗賊の大頭目の可能性が高い、ということですね」


 周囲に気を配りながら、彼女から聞いた情報を整理する。

 それにうなずいて彼女はこう付け加えた。


「そうよ。そして、ダリーは優秀な若手の傭兵に声をかけて、私兵に引き入れるの。

 万が一の事態になっても自分の身を守る盾にするためにね。

 で、私が調べた中だと、今回はあんたが一番優秀そうだったってわけ」


 彼女がヒイラギの通り名を知っていたのは、そうした事前の調査によるものだった。

 他にも何人か目星をつけていたようだが、一番可能性が高く、なおかつ協力してくれそうなヒイラギに接近したとのことだった。


「…………」

「こんなことをいきなり言われても、すぐに判断できないわよね。

 まあ、協力者がいなくても、私は調査しないとならないわけだし。

 どう決断するにしても、せめて、この情報を黙っていてほしいわ」


 頭に手を当てながら、彼女は自嘲気味に笑った。


「協力しますよ」


 しばらく黙っていたヒイラギは、彼女の目を見てまっすぐに答えた。


「本当!? 結構大博打おおばくちかなーって思ってたから安心したわ!

 さすが”白銀の守護者”様ね」

「できれば様付けは止めてほしいのですけど」

「冗談よ。ヒイラギって呼ばせてもらうわ。通り名長いし」


 そう言うと拳をヒイラギの前に出した。


「私はスクイフっていうの。通り名は”またたきの舞姫”なんてものが付いてるわ。よろしく」

「よろしくお願いします。スクイフさん」

「やっぱ真面目すぎるわね」


 ヒイラギはそこに拳を合わせた。

 

 そうして2人は協力してダリーを調査することになった。

 周辺の調査はスクイフが、声をかけられたら近い部分をヒイラギが調べると決めた。

 ヒイラギは本当にそんな誘いがあるのか半信半疑ではあったが、1日目の終わりに私兵の1人から呼び止められた。


「おい。そこの銀髪のやつ。お前が”白銀の守護者”か?」

「そうですけど。何かご用ですか?」

「何も聞かずにこっちへこい。

 うるさくしたらどうなるかわかってんだろうな?」


 その脅しに屈してしぶしぶついていくように装いながら、遠くにいたスクイフへ視線を送る。

 彼女はヒイラギに向けて片目をつぶると、参加していた食事の輪から離れた。


 

 ヒイラギは私兵に連れられて、野営の明かりがぼんやり届く程度の場所にやってきた。

 そこにはダリーが1人、昼間見たときと同じ格好、同じ表情で待っていた。

 ただ、ヒイラギの耳には、見えない場所で待機している数人の音が届いていた。

 

(返答によっては口封じで殺されるのかもしれないな)


 そう感じながらも、気づいていないふりをしてダリーの前に立った。


「これはこれは。”白銀の守護者”様。

 夜分遅くにお呼び立てしてすみませんね」


 うやうやしく頭を下げるダリー。

 首からさげている豪華な装飾がジャラララと音を立てた。


「いえ。こちらこそ指名依頼をくださってありがとうございます」


 いつものように丁寧な口調で対応する。


「さっそくですが、あなた様はあの”武器狩り”をも倒した優秀な傭兵であると聞き及んでいます。

 そんなあなた様にご提案なのですが、こちらを差し上げますので、わたくし専属の護衛となりませんか?」


 ダリーは懐からずっしりと膨らんでいる布袋ぬのぶくろを取り出した。

 そしてその口が開かれると、中にある金銭がわずかな明かりに反射してきらめいた。

 

 ヒイラギは生唾を飲む演技をして、それとダリーの顔を交互に見る。


「こんな大金を私にくださるのですか?

 確かに”武器狩り”は倒しましたけど、それ以外はお眼鏡にかなうほどの活躍はしていないと思いますが」

「そんな謙遜けんそんしないでくださいな。

 敵味方に関わらず死者を出さないあなた様の活躍を、知らないものなどおりませんよ」

 

 ダリーは贅肉ぜいにくを波打たせながら笑う。


(さて、どうやって情報を聞き出そうかな)


 合わせるために一緒に笑いながら、鎌のかけ方を考える。


 その時、ダリーの後ろ側のさらに向こうから、大勢が移動してくる音が聞こえてきた。

 枝を折り、落ち葉を踏み、ゆっくりと近づいてくる音だった。


(……ここで僕が引き受けなかったら、近くにいる数人で僕を殺す。

 そのあと遠くに控えさせている賊たちを突撃させて、そいつらに殺されたってことにする算段かな)


「さて、どうされますかな。引き受けていただいた方が何かといいとは思いますよ」


 その予想を裏付けるように、ヒイラギを囲んでいた数人の輪が狭まる。

 ダリーも含みのある言い方をしていた。

 

(ここは一度引き受けてから、少しずつシッポをつかんでいこうかな)


 そうしてヒイラギは引き受ける旨を伝えようとしたとき、ひとりの真っ黒い姿の人間が現れ、ダリーに何か耳打ちした。

 

「……そうか。ご苦労。

 ”白銀の守護者”様。少々お待ちいただけますかな」


 言われるがままに待つと、暴れている誰かが連れられてきた。


「!?」

「離せ! 離しなさいよ!!」


 それはスクイフだった。


「最近わたくしを嗅ぎまわっているやからがいたのでね。

 優秀な私兵を増やしておいたのですよ」


(これは罠か……!)


 剣の柄に手をかけるが、スクイフに刃が突きつけられて、それ以上動けない。


「その鬱陶しい虫が仲間を作ったと聞いて、まとめて片付けようと思ったのですよ。

 のこのわたくしの周りを、ブンブン飛び回られては邪魔ですからね」


 勝利を確信したダリーの口から、大頭目という言葉がこぼれた。


「これでやっとせいせいしますよ。

 さあ、やってしまえ!」


 そう言うと手を2回打ち鳴らした。


 直後に、ヒイラギを中心とした3方向から一斉に私兵が飛び出してきた。

 ここでスクイフと再び目が合う。

 彼女は小さくうなずいた。

 

 ヒイラギは白銀色の剣を抜剣する。

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