第二十九話 心に留めつつ秘密の調査へ

「最近行方不明になる傭兵が多くなってきているので、ヒイラギさんも気を付けてくださいね」


 親子を送り届けてからしばらくしたころ、ヒイラギは指名依頼がきたということで傭兵会本部にいた。

 その依頼の説明を受けたあとに、受付の少女イルからそのような忠告をされた。

 

「命を落とすことは残念ながら多いんですけど、生死不明で居場所もわからないことは珍しいのです。

 どんな原因や理由かはまだわかりませんので、気に留めておいてもらえれば幸いです」


 イルはつとめて冷静に伝えようとしているが、瞳の奥が揺れていた。


「捜索や調査はしているんですか?」

「ちょうど今朝、依頼を出してみなさんに調査をお願いしました。

 何かわかればいいんですけど……」


 そう言うイルは、不安そうに自分の手でもう片方の手を包んだ。


「……わかりました。僕も今回の依頼が済みましたら、調査のお手伝いをさせてもらいます。

 依頼中も頭の片隅へ置くようにしますね」

「ありがとうございます。気を付けてくださいね!」


 必死に作られた笑顔に送り出された。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 今回ヒイラギが受けた指名依頼は、とある富豪からの護衛依頼だった。

 屋敷の本館から別荘へと家具や宝石類を移動したいため、その護衛を依頼するとのこと。

 報酬の金額は今までに見たことのないような値段になっていた。

 

 さらに、今回はヒイラギだけへの指名ではなく、通り名のついている若手の傭兵へまとめて依頼されていた。

 イル曰く、年に1、2回必ずこの形式で依頼を出す人物らしい。

 ヒイラギはすごい人がまだまだいるなと思いながら、受注の署名をしたのだった。


 

「新進気鋭の皆様方! 指名依頼に応じてもらいありがとうございます。

 わたくしが依頼人のダリーと申します。以後お見知りおきを」


 30名近く集まった傭兵たちの中心の台に立ち、太い体をせかせかと動かしながら挨拶をした。

 その動きに合わせて、身に着けた宝石などの装飾品がぎらぎら輝く。


「わたくしは努力している若者が大好きでしてねえ!

 特に、芽が出てきている方々なんかは応援したくて仕方がないんですよ!」


 自分を囲むひとりひとりの顔を見回すと、満足そうに腕を組んだ。


「この屋敷から別荘までは近いですが、森の中は危険性が高いので、皆様方のお力を頼りにしていますよ」


 たるんだ肉を揺らして台から下りると、その代わりに筋骨隆々の男が台に上がった。


「今回は俺らダリー様の私兵も数人同行するぜ。

 俺が私兵長のガルナクだ!

 お前ら傭兵は俺の指示に従って動いてもらうぜ」


 大きな剣を背中に背負ったガルナクは、荒々しい口調で放り投げるように伝えた。


「そんなこと聞いてないぞ!」

「黙れ! 文句があるなら今すぐ帰れ!

 どうせ大金が欲しくて集まったんだろ?

 それが欲しかったら命令を聞け!」


 ひと言だけ文句を言った傭兵に対して、いら立ちを隠さずに台からおりて詰め寄った。

 傭兵は引き下がりはしなかったものの、黙ってそれ以降何も言わなくなった。


「いいかお前ら。

 報酬がもらえるかどうかは俺らの機嫌次第だってこと忘れんじゃねえぞ!」


 もう一度台の上に立ってそう言い放つと、肩で風を切りながらダリーの後ろへと戻った。


「はい。じゃあ仕度をして出発しましょうか」


 ダリーが先ほどと何も変わらない調子で進めたため、傭兵たちは顔を見合わせながら動いた。


 その後、ダリーの私兵たちは馬車の中に待機し、傭兵たちは全員馬車の外を警戒して歩くという風に決まった。

 完全に不公平だったか、さっきの私兵長ガルナクの剣幕を見て、文句を言うものはいなかった。

 移動に必要な時間が3日程度だということも手伝い、全員が我慢した。


 

「あーあ。やってらんないわね」


 そうして移動が始まって間もなく、ヒイラギの近くを歩いていた女の傭兵が、私兵たちに聞こえるかどうかくらいの声で不満を口にした。

 近くにいた他の傭兵たちは身を守るためにじわじわと距離を取ったが、ヒイラギは離れなかった。

 依頼開始のときの悶着もんちゃくを見て、少なからず同じ思いを抱えていたヒイラギ。

 依頼は依頼だと割り切るように心がけていたが、くすぶっていた感情を言葉にしてもらい、すっとした心地だった。


「聞こえちゃいますよ。他の方も離れていきましたし」

「でもあんたもそう思わない?

 報酬がいいと思って食いついたけど、これだったら普通の依頼を何個もこなしたほうがましだわ!」


 後ろに結んだ黒い髪の毛が荒ぶって揺れる。

 意志の強そうなはっきりとした目元から、うんざりとした感情が伝わってきた。


「実は僕もそう思います。

 でも、命を守ることには変わりはないので、そう思うようにしています」


 ヒイラギの言葉に彼女は若干引いたような顔をした。


「げー。あんた真面目ねー。

 私から離れなかったことは評価してあげるけど、仲良くなれそうにないわ」

「しょ、正直な人ですね」


 ヒイラギは苦笑いを浮かべるが、なぜか嫌な思いはしなかった。


「じゃあ逆に、私と仲良くなれると思うわけ?」

「自分の意見をはっきり言える人は嫌いではないですよ。

 それだけ自分に自信を持っているってことですからね」

「はぁ。あんた堅っ苦しいわね。そんなんだといつかポキッと折れちゃうわよ」

「……あはは」


 歯に衣着せぬ物言いに顔の引きつりが止まらないヒイラギ。


「そんなあんたが折れる前に教えてあげる。

 ダリーが毎回こうやって若手の通り名がついた傭兵を集めている理由をね」

 

(さっき仲良くなれそうにないって言ってたのに、なんかすごく馴れ馴れしいな)


 そう思ったヒイラギだったが言葉にするのをぐっと抑えた。

 そして手招きされるままに顔を近づけると、彼女は小声でこう告げた。


「ダリーは裏で悪事を働いているって情報があるの。

 一緒に調査してもらえる? ”白銀の守護者”様」


 理由ではなく急に調査の話をされたヒイラギは驚きに目を見開く。

 それに、名乗っていないはずの通り名を言われて、多少動揺した。


「どういうことですか?」


 ヒイラギからの当然の疑問に、彼女は真面目な顔をして言う。


「怪しまれないうちに簡単に説明するから、よく聞いてなさいよ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る