第二十八話 自然豊かなグルーマス王国へ
「話には聞いていましたが、これはすごいですね……!」
「本当ですね。大自然に人間が無理やり入り込んだような形で、圧倒されますね」
ヒイラギたちが到着したグルーマス王国は、巨大な木々に合わせて街が作られている国だった。
四方八方に伸びた枝が通行路や柱となり、人間を包み切れてしまうほど大きな葉は屋根となっていた。
王国の周囲も生命力であふれており、少し目をやるだけで、のんきそうに草を食んでいる動物たちを見つけることができた。
「これで荷物検査は終わりです! ご協力ありがとうございました!
ようこそグルーマス王国へ! 歓迎いたします!」
樹木によって要塞になっている街への入り口には、他の場所からやってきた人々が列をなしていた。
彼らもレンティス親子と同様に、移住者への好待遇を聞きつけて来たのだ。
それを騎士の格好をした人たちが、複数の班に分かれてにこやかにさばいていた。
「続いての方どうぞ! まず出身をお聞きしてもよろしいですか?」
「私と息子は、東の村の出身です」
出身地を聞いた騎士は、大げさに驚くしぐさを取る。
「なんと! 東の村からお越しくださったんですね!
そちらは戦が起きてしまっていると聞いています。
私たちのグルーマス王国が、あなた方親子の安全を保障いたします!」
心の底から心配そうな顔をした後、優しい声色と包容力のある笑顔でそのように言った。
「こちらの銀髪の方はご家族ではないのですか?」
「ええ。私たちが護衛をお願いした傭兵の方です」
これもまた大きな動作で納得したという動きをすると、ヒイラギに向けて笑顔で話しかけた。
「傭兵の方でしたか! いつも私たちを助けてくださってありがとうございます!
傭兵会のグルーマス支部にもぜひ立ち寄って行ってください!」
そうしてその騎士を始めとした数人でレンティスとヒイラギの荷物を確認した。
非常に手際よく丁寧に行われた。
特に何かを言われることもなく、快く迎え入れられると、ヒイラギたちは道のすみに寄った。
「”白銀の守護者”様。この度は本当にありがとうございました……!」
「ありがとう!」
レンティス親子は深々と頭を下げる。
「いえいえそんな。何度か危険な目に合わせてしまって申し訳ないくらいです」
ヒイラギは顔を上げるように伝えると、今度は自分が頭を下げた。
「そんなことないですよ。
……まあ、こんなことを言い合っても仕方がありません。
気持ちばかりにはなりますが、報酬を傭兵会支部で受け取ってください」
「そのことなんですが、レンティスさん。一緒に受付まで来てもらえますか?」
「ええ。完了確認には私の言葉が必要ですからね。もちろんですとも」
依頼の完了を確認する方法は、確認係の傭兵が確認するもののほか、依頼者が独自に定めるものでもよかった。
以前受けた劇団の場合は、団長が完了を証明する書類を書くというものだった。
今回はレンティス本人が傭兵会の受付で完了を伝えるというものになっていた。
話がまとまると、ヒイラギは近くにいた住民に道を聞いて、迷うことなく傭兵会支部に到着した。
支部の外見は本部とはまったく違い、ツタやコケに覆われていた。
しかし内部は本部と
ここにも飲食をするスペースがあり、そこを通り抜けると、大人っぽい女性が立っている受付があった。
「すみません。依頼の完了確認をお願いします」
「わかりました。あなたは……”白銀の守護者”、ヒイラギ・アクロさんですね」
「ご存知なんですか?」
「もちろん。本部と各支部では情報を
そうして流し目をヒイラギにくれたあと、書類を持って戻ってきた。
「護衛依頼ですね。隣にいらっしゃる方が依頼者のレンティスさんでよろしいですか?」
「はい。私が依頼者のレンティスです」
「では、依頼する際に決められた、ご本人である証明のお言葉をいただけますでしょうか」
レンティスはうなずいて軽く咳ばらいをした。
「銀色の、月に我らの定め有り、沈むる先は巨木の
堂々と言いあげたそれは、小気味よい詩であった。
「ありがとうございます。これにて今回の護衛依頼は完了となります。
ヒイラギさん。大変お疲れさまでした」
手をそろえて会釈をすると、優しく微笑んだ。
「報酬はどうなさいますか? お預かりする形にいたしますか?」
「あ、いえ。今回の報酬分はいただいてもいいですか」
そうして報酬を受け取ると、それをそのままレンティスに渡した。
「ええ!? 何をしていらっしゃるのでっ!?」
「レンティスさんたちは、これから新天地での生活があります。
色々と入り用だと思いますので、
何かを言いたそうなレンティスを手で制して、ヒイラギは続ける。
「ただし、生活が落ち着いてきたら、きっちりともらうことにします。
そういうことなので気にしないでください」
実際のところは、ヒイラギにとって報酬はどうでもよく、いらないといっても過言ではなかった。
ただ、それでは依頼者側の気が済まないこともヒイラギはよく知っているので、仕方なくもらっているにすぎなかった。
レンティスは村を出発するときには出なかった涙を流して、お金の入った袋を握る。
「本当に……本当に! あなた様に依頼をしてよかった……!
命を守っていただいただけでなく、ここまで私たちのことを考えてくださるなんて……!
息子とも親しくしてくださって……! そのお陰で息子も明るくなりました……!!」
レンティスはヒイラギに抱きついているフォグを見て、さらに涙を追加した。
「ヒイラギさん! 絶対に僕も強くなって、ヒイラギさんのお役に立てるようになりますね!」
旅の間、ずっとフォグが言っていたことだった。
フォグはヒイラギを見上げながら、抱きついている腕にぎゅっと力を込めた。
「……無理しないでよ」
ヒイラギはフォグの背中を軽くたたいた。
フォグはヒイラギから離れると、うん! と力強くうなずいたのだった。
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「おい。ここにいた仮面のやつどこにいった!」
「さっきまで確かにここにいたぞ! スリーク様から捕らえるように言われていたのに!」
「急いで探せ探せ!!」
木の槍を手に持った民兵たちがそう騒ぎ立てたのは、ヒイラギとスリークの戦いが終わった翌々日の夜だった。
それまではずっと大人しく縛られていた暗殺者は、すでに緩めておいた縄を解いて脱出したのだ。
黒い獣の仮面の暗殺者は、右肩を押さえ、わき腹の痛みに耐えながら、道の外れを走っていた。
目指すはシーナリーム王国。
もう一度ヒイラギを狙うために潜伏する考えだった。
(失敗したことがばれないうちに、やつの息の根を止めねば……!)
彼は前回失敗した後、2か月をかけてヒイラギを観察し、時期を見計らって襲い掛かり、またもや失敗した。
ヒイラギも予測していたとおり後がなかった。
(ようやく帝国の獣になれたというのに、いきなり死んでたまるか……!!)
肩の傷が開いて血が出てきているのにも構わず、ひたすらに王国を目指していた。
「ごっ……」
そんな彼の胸を、黒塗りの刃が貫いた。
刃はそのまま体を斬り上げて進み、彼の体は右肩の傷まで大きく裂ける。
そうして血をまき散らしながら死んだ。
彼を刺した半分が白い獣の仮面をつけた者は、刃に着いた血をボロ布でふき取る。
「獣に2度目はない。
シーナリーム王国の方角を見て死体に話しかけると、刃をしまってその方向へと駆けて行った。
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