第十四話 説明を受けて前へ
「それでは、説明してもらえますか」
「……はい」
宿の一室でイスに座っている銀髪碧眼の少年。
その目の前には正座をして地べたで縮こまっている長身の男。
言わずもがな、ヒイラギとナーランである。
あの森林鬼ごっこから2日経ち回復したヒイラギは、新しく宿を取り、そこにナーランを呼んで事情を聞こうとしていた。
普段は躍動している長い手足を微動だにさせず、神妙な面持ちで口を開いた。
「改めて、まずはごめんなさい!
勝手に色々して、有無を言わさず参加させちゃって申し訳なかった!」
床に頭を打ち付けて謝罪をする。
「謝罪はたくさん受け取りました。
これ以上謝らなくても大丈夫です。
ただ、本当に、なんでそうなったのか教えてほしいです」
ナーランに顔を上げさせ、ただ疑問を投げかける。
その問いかけに、順を追って説明を始めた。
「まずはね、新参大会でボロボロになったアクロ君を見て、何かしてあげたいって思ったの。
それで、どうせなら体も動かせて、いい鍛錬になるものがいいなって考えて。
しかも、精神にもダメージがあったみたいだから、癒しも同時に届けられればなって」
「そのお気持ちは本当にありがたいです。
出会ってまだ少ししか経っていないのに、お世話になってばかりで」
今度はヒイラギが頭を下げる。
ナーランは慌てて顔を上げてもらうように言い、説明を続けた。
「そんなそんな! アクロ君がいい子だからそうしてあげたくなるんだよ!
でも、今回は本当にやりすぎちゃって……」
「体を動かせて、鍛錬にもなって、癒しもある。
この3つの条件が組み合わさって、どうして……?」
「閃いちゃったんだよね。
森林を使った鬼ごっこなら、のびのびと体を動かせるし、自然の力で癒されてもくれるって。
そう思ったら、依頼を出してたの」
行動力の高さは尊敬するものがあるが、ブレーキ役がいないとまずい人間だった。
ヒイラギは悪意がないことをわかってはいたが、あまりの唐突さに疑問を持っていた。
適度に気が利くタイプのナーランが、病み上がりの人間をあんな状態に陥れるかと。
だが、この話を聞いてわかった。
(良かれと思ったら、とにかく行動するタイプの人の究極系みたいな人なんだな。
普段は気が利いて、すごくいい人なんだけど。
人のためになると思ったとたんに視野が狭まっちゃうんだろうな)
以前、王国を案内しようとしてくれていた時も、長い時間をかけて紹介しようとしていたことを思い出す。
ヒイラギは小さく困ったように笑うと、残っている質問を口にした。
「これからは、何かしようと思ったら1回誰かに相談してくださいね。
それで、あの夜はどうして僕を迎えにきたんですか?」
「あの日は、アクロ君が言伝を頼んだ人が傭兵会を通して俺を呼んでね。
森の入り口にいたんだけど、急いで傭兵会本部に行ったんだ。
そうしたら、偶然その場所にいたアクロ君もお世話になったお医者さんと、その暗殺者の人にすごく叱られて。
病み上がりの人間にさせることじゃないとか。せめて日数は短くしないととかね」
少しだけその人たちの声をマネながら話した。
「でもまさか。アクロ君の命を狙ってくる暗殺者がいるなんて、思いもしてなくて」
ナーランはだんだんとうつむいていく。
飼い主に叱られた大型犬のようにしゅんとなっていた。
「だから夜になっちゃったけど、急いで迎えに行かないとって思って。
それで大声でアクロ君を呼びながら、森の中を走ってたの」
その結果、こうなっているということだった。
ヒイラギは伝言をお願いした濃い緑のスカーフをしていた暗殺者に深く感謝した。
そして、新参大会のときのお医者さんには二度もお世話になって、頭が上がらない思いだった。
「そんなに落ち込まないでください。
実際、すごくきつかったですし、なんでこんな仕打ちをするんだとも思いましたけど。
そのおかげで、体の調子は戻りましたし、聴覚と触覚の使い方も少し上達しましたよ」
イスから降りてナーランの顔を下からのぞき込む。
「ただ、何か僕にしてくれるというなら、提案があります」
困り眉のままのナーランが、ヒイラギの目を見る。
「あと数日間。スリークさんとの戦いに備えて、体の使い方とかを教えてください」
「え。でも、俺は戦闘専門の傭兵じゃないし、そういうのはオニキスとかの方が適任だと思うよ」
「いえ。ナーランさんに教えてもらいます。長距離をかなりの速度で走るコツとか色々です」
年相応の笑顔を浮かべるヒイラギ。
こうして、傭兵部門第一位のスリークとの戦いに向けて、ナーランとヒイラギは数日間、特訓をするのだった。
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森林を抜け、険しい雪山を越えて、さらに岩がごろごろしている地域を越えると、北の帝国、トーレスト帝国にたどり着く。
1年のほどんどを雪に覆われ、育つ作物が限られるほど、厳しい環境の国だ。
人口はシーナリーム王国と比べるとその半分程度だが、国民1人1人は恵まれた体格をしていた。
過酷な環境にも耐えられるようにか、引き締まった肉体の長身で、手足も長かった。
白いじゅうたんのようになっている道を駆け抜ける黒い獣の仮面の人間。
町の複雑な路地を迷うことなく進むと、1軒の民家の前で立ち止まった。
「神たるは我らが皇帝。その黒き獣として、阻むものを喰い殺さん」
「お主は何番目の獣ぞ」
「末席をけがす者なり」
見た目以上の厚さを持つ扉があけられる。
そこに入ると、平伏して報告する。
「任務を遂行できませんでした。
処罰はなんなりと頂戴いたします」
部屋の影が濃い部分から、浮き出るように姿を現す人物がいた。
苛烈に怒る形相の獣の仮面をつけたその人物は、地に伏せる者に向けて短く告げた。
「処罰。命をとして任務を再遂行すること」
「承知しました」
部屋を飛び出ていく黒い獣の仮面。
外套の隙間から見えた左足には、赤く血のにじんだ包帯が巻かれていた。
部屋の中にいる怒りの形相の仮面をつけた人物は、いつの間にかそばにいた半分白い獣の仮面の者へと告げる。
「
「……はっ」
命令を受けると、仮面の白い部分を浮かび上がらせながら、闇へと消えていった。
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