第十五話 大きな壁を知って初依頼へ

 傭兵会傭兵部門の第一位である、通り名”参近操術”のスリーク・ドライとの戦いの日がやってきた。

 数日間という短い間だったが、ナーランの教えによって体の使い方を学び、持久力が少しだけ向上した。

 鍛錬も気合も十分に臨んだ試合だったが、端的に言うとヒイラギは惨敗した。

 少し打ち合ったかと思ったら、次の瞬間にはあっけなく地面に倒れていたのだ。


 

 浅黒い肌のスリークは、気を失っているヒイラギをしばらく眺めると、近くにいたナーランに声をかけた。


「長期依頼を遂行中のため、手短に済まさせてもらった。

 とはいえ、わたしの攻撃をあそこまでさばいた者など、最近ではいなかった。

 より精進するようにと伝えておいてほしい」


 黒色の長いハチマキを結びなおしたスリークは、手に持っていた装飾の少ない棍棒を背にしまう。


「時が経てばよい傭兵になるだろう。

 戦い方から察するに、護衛部門での活躍が見込まれそうだ。

 吸収力もまだまだあるように見える。

 白銀色の剣との呼吸もあっていた」


 短時間のうちに感じ取ったヒイラギへの所感を次々に述べるスリーク。

 ナーランはそれを黙って聞いていた。


「足りない部分としては、攻撃の質が低いことが挙げられる。

 今回、防御に関する技術や勘はよかったが、攻撃になると単調だった。

 そもそも攻撃すらさせてくれない敵や、中・遠距離の相手との戦い方も考えた方がよいだろう」


 顎に軽く手を添えて、アドバイスを述べていく。

 ナーランと、たまたま立ち会った観客たちは、うなずきながら話を聞いた。


「すまない。一方的に多くを伝えてしまった。

 簡単にまとめると、防御の技術は申し分ないが、攻撃の部分に改善の余地があるということだ」


 置いてあった荷物を手に、別れのあいさつをする。


「よい試合だった。またいつか会おう」


 帰り際に町の人々から握手を求められ、それに快く応じながら王国を出ていった。

 


 それを見送ったあと、ナーランは苦笑いしてヒイラギに歩み寄った。


「見た目によらず本当によくしゃべるぜ!

 そして……本当に強いぜ……!

 しかも、短い打ち合いであの情報量を取り込む観察力も半端ないぜ!」


 倒れているヒイラギをひょいっと背負う。


「いくら光るものがあるアクロ君とはいえ、光りが輝きに変わっているドライ相手じゃ、厳しいよね」

「……いえ、それでも、どんな相手にも負けないで、守れるようにならないといけません」


 ナーランの背で目を覚ましたヒイラギは、悔しそうに唇をかむ。

 

 ヒイラギに頼まれて地面にそっと降ろすと、ナーランは肩に手を置いて励ます。


「ドライも言ってたけど、もっと時間をかけて経験を積めば、アクロ君なら絶対に守れるようになるぜ!」

「はい。そうなるつもりです。絶対に」


 右手を強く握りしめ、決意が込められたはっきりとした声で答える。


 爽やかにほほ笑んだナーランは、大げさな動きでどこかを指さす。


「じゃあまずは! 初めての依頼を受けてみよう!」

「はい! ……依頼対象になったことはあっても、依頼を受けたことはないですからね!」


 意地悪そうな顔をしてから、ナーランを置いて走り出す。

 ナーランはびっくりしたあと、申し訳ないような、面白がっているような顔になる。


「その節は本当にごめんねえええ!」


 あっという間にヒイラギを追い抜くと、ふたりは傭兵会本部へと駆け込んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お、銀髪の少年じゃないか。久しぶりだな。

 俺のこと覚えているか?」


 十数人の傭兵が集まっている場所で、ヒイラギは声をかけられた。


「はい。お久しぶりです。

 僕が王国へ初めて来たときに、ナーランさんからの伝言を教えてくださった見張りの方ですよね?」

「ああそうだ。あのときは”健脚”が待っているってのもあって、落ち着いて話せなかったからな。

 名乗りがかなり遅れたが、俺はフェンディーっていうんだ。改めてよろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。

 フェンディーさんもこの依頼を受けるのですか?」


 握手を交わすと、ヒイラギから質問をする。


「ああ。俺はこれでも元護衛部門第一位の”歩行城壁”の名の弟子をやっているからな。

 まだ俺自身に通り名はないんだが、無駄に経験はあるから、何かあったら頼ってくれ」


 自虐気味に笑うと、目じりに笑いじわができる。


「僕は今回が初めての依頼なので、お言葉に甘えて頼らせてもらいますね」


 壮年のフェンディーと和やかに会話をしていると、旅の格好をした老人が台の上に立った。


「みなさん。この度は依頼を引き受けてくださって、誠にありがとうございます。

 私は依頼者のルカタと申します。

 一応、この演劇旅団の団長を務めております」


 見た目は普通のお年寄りだが、若々しくよく通る声であいさつを始めた。


「今回の依頼の内容を、改めて簡潔にご説明します。

 私たちを、次の巡業地である西のノデトラム公国まで護衛していただきます。

 期間は私たちが公国に到着するまで。

 依頼完了の確認方法につきましては、到着した際に私が直筆の証明書をお渡しします。

 そちらを傭兵会本部へお持ちいただければ、完了したと認められ、報酬が支払われる手はずとなっています。

 また、護衛中の食料はこちらで用意いたしますので、ご心配いりません」


 真面目に話を聞いて、依頼の内容を復習するヒイラギ。

 受注条件がなく、複数人が参加することもあって、ナーランからおすすめされた依頼だった。

 フェンディーを始めとして、通り名こそないが経験豊富な傭兵や、通り名がついている傭兵も数人いた。

 最初に受ける依頼としてはちょうどよい感じであった。


「以上が今回の依頼となります。

 今回は通り名のある方が数人いらっしゃいますので、私たちも安心しています。

 もちろん、他の方々も頼りにしていますよ」


 ルカタ団長のあいさつが終わると、通り名のある3名を中心に、3つの班に分けられた。

 この班を基本として、見張りや休憩などを行っていくようだ。

 ヒイラギの班の班長となったのは、腕にバックラーを付けて、剣を2本腰にさげた男だった。


「今回は班長なんて役割を持たされているけど、あまり期待をしないでほしい。

 僕は”運と実力の盾”なんて通り名がついているんだけど、実際は運だけだから、本当に」


(体格はちょっと逆三角形だけど、すごい気弱そうな人だなあ。

 確かに、なにかの長ってがらじゃなさそう。

 でも、運だけでそんな通り名がつくなんて考えにくいし、実力者には違いないな)


 そんな班長からの簡単な紹介のあと、一行は西のノデトラム公国へ向けて出発した。

 同じ班にフェンディーがいたこともあり、安心感が大きかったものの、ヒイラギは捨てきれない小さな不安とともに初依頼へと臨むのだった。

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