第八話 応援を背にして決勝戦へ

「ナーランさんにオニキスさん。応援していただいてありがとうございました。

 お陰でどうにか勝てました」


 決勝までの10分間の休憩時間に、ヒイラギは2人の元へお礼を言いに来ていた。


「そんな! お礼を言われることなんてしてないぜ!

 勝ったのはアクロ君の実力だよ! あ、だぜ!

 それに、あの対戦相手の強さの仕組みも、とっくにわかってたんでしょ?」

「いや、それでも。きっかけをくださったのはおふたりのお声だったので」

「そこまでいうなら! 素直にお礼の言葉を受け取らせてもらうよ!」


 にっこにこの笑顔でそう答える。

 その隣にいるオニキスは、腕を組んだままヒイラギを見つめる。


「……ヒイラギ」

「! はい!」

「俺は別に声を出しての応援はしていないぞ」

「あー……。それでも、来てくださって嬉しかったので」


 他のことは気にしないくせに、こういう細かいところは気になったようだ。

 

 苦笑いしたヒイラギだったが、すぐに真面目な顔になって2人に相談する。


「あの、ご相談したいことがあるんですけど」

「お! なになに?」

「決勝で戦う相手の話なんですけど、少し聞いてくれますか?」

「もちろん!」

「…………」


 ヒイラギは、マフィスのこれまでの試合での戦い方や控室での態度。

 そして、前髪に隠れた貫くような殺意について簡単に説明した。

 その殺意にあてられて、精神的にかなりのダメージを負ったことも付け加えた。


 話を聞き終えて、先ほどまで笑顔だったナーランも、真面目な顔で視線を落とした。

 オニキスはマフィスがいるであろう方向へ顔を向けていた。


「そうかー……。だからどことなく動きに精彩さが欠けていたんだね。

 今は大丈夫なの?」

「はい。ただ、決勝戦の時にあの目を見てしまったら、正直どうなってしまうか……」


 遠距離で、なおかつ一瞬見えただけであの威力だったのだ。

 ヒイラギは耐える自信がなかった。


「なるほどね。僕は戦闘系の部門じゃないから、戦いに関してはよくわからないけどさ。

 気持ちの部分でアドバイスをするなら、気にしないで全力で戦えばいいと思う!

 もし見ちゃったら、その時はその時だよ!」

「確かに気にしていても仕方がないかもしれないですけど……」

「ヒイラギ」

「はい」

「相手の手と足だけを見て戦え」


 ナーランのアドバイスのあと、オニキスから思いもよらないアドバイスがあった。


「相手の目が気になるのならば、見なければいいだけだ」

「……僕にできるでしょうか」

「それはわからない。できるかできないかは、ヒイラギ自身が判断することだ」


 突き放すような言い方だが、本当に突き放そうとしているわけではないことが伝わってくる。

 実際に見てしまうことが問題というよりは、それを恐れていることが問題と判断しての助言。

 ヒイラギは2回小さくうなずくと、顔を上げ、まっすぐにナーランとオニキスを見据える。


「おふたりとも、本当にありがとうございます。

 この後もお時間があったら、僕の決勝戦。見てくれますか」

「もちろんだよ! な、オニキス!」

「…………」


 腕を組んだまま何も言わないオニキスを気にすることなく、ナーランはヒイラギの肩を叩いたのだった。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「今回の新参大会もまもなく決勝戦!

 多くの前途有望な傭兵たちを打ち倒し! 勝ち残ったのはこちらの2名だ!」


 ステージの端に姿を見せたのは、凛とした顔つきになったヒイラギ。

 ここまでの試合でキズがついてきた木剣を見て、ゆっくりと長い瞬きをした。

 そしてステージの中央へと進む。


 反対側からは、今までと何も変わらず、淡々と歩いてくるマフィスが姿を見せた。

 特別な動作をすることなくステージの中央へ行くと、ヒイラギと対面する形で立ち止まった。


「今回の参加者の中でも非常に若い2名です!

 まさに期待の新星! 注目株です!

 攻められ続けてもすべて受け止め! 盤石な戦い方で勝ち上がったヒイラギ・アクロか!

 それとも! 圧倒的な速度で攻撃を繰り出し! 短時間で相手を仕留めてきたマフィス・グネットか!

 新参最強の盾と! 新参最強の矛! どちらが優勝するのか!

 どのような試合展開になるのか! 一瞬で終わるのか! 長期戦になるのか!」

「おい司会! 長いぞ!!」

「もう待ちきれねえって! 早く始めてくれ!」


 力説し始めた司会者に向けて、観客からの要望が飛びまくる。

 ハッとした司会者は、おおげさに咳払いをした。


「大変失礼いたしました! ついつい力が入ってしまい!

 また長く語ってしまう前に! 試合開始といきましょう!」


 試合開始という言葉に、ヒイラギとマフィスがまとう雰囲気が変わる。


「それでは! 新参大会、決勝戦!」


 いつもは何ともない言葉の間が、永遠のように長く感じる。


「――試合開始!!!!」


 鐘が鳴る。


 瞬間、今までは相手の攻撃を待っていたマフィスが、ヒイラギの目の前に飛び込んでいた。

 持ち前のスピードから繰り出された突きは、軌道上に出されたヒイラギの木剣によって防がれた。

 木剣のぶつかる音が鳴り響く。

 マフィスは止まった木剣をそのまま沿わせて、ヒイラギの指を払いにかかる。

 それを剥がすように手首をひねると、少し浮いたマフィスの木剣を大きく外側へ弾いた。


 手首をひねることでマフィスの木剣を離せることは、ドームとの試合を見て把握済みだった。


 右手が浮いたマフィスに、今度はヒイラギの木剣が迫る。

 にもかかわらず、マフィスはめちゃくちゃな体勢で踏み込んだ。

 勢いが完全に乗り切る前に、左手でヒイラギの木剣をつかむと、浮いていた右手を力を込めて振り下ろす。

 それを見たヒイラギは、軽くタメを作って前に飛ぶと、振り下ろされる前にマフィスの右手首をつかみ、勢いそのまま押し返した。


 ここでようやく、鐘が鳴り終えた。


 一瞬すぎて何が起きたかよくわからない観客は、よくわからないなりに大きく盛り上がった。

 逆に、その打ち合いを全て把握できた者は、とんでもない逸材が出てきたと各々の反応を見せた。

 

「アクロ君以外にも、こんなに戦える新参者がいるなんて!

 これはうかうかしてると、俺やオニキスもあっという間に過去の人物かもしれないぜ!」

「…………」


 初めてマフィスの動きを自分の目で見たナーランは、驚きに目を輝かせる。

 はしゃぐナーランの横で、黙って試合を見つめるオニキス。

 2人を含めた観客の視線が集まる中、ステージ上が再び動いた。


 

 今までは能動的に攻撃をしなかったヒイラギが、左手で誰かを庇う構えのまま距離を詰めた。

 その接近の仕方を嫌がってか、マフィスは牽制に何回か木剣を振ると、ステージを広く使って間合いを取る。

 

 そこでひと呼吸を置くと、姿勢をやや前に倒す。

 それはドーム戦の時に見せた、速度を上げる構えであった。

 

(来る……!)


 緊張の糸が張り詰める。

 マフィスはその姿勢のまま微動だにしないが、顔はヒイラギを捉え続けている。

 

 どれくらい経ったのか。

 

 ヒイラギは瞬きをした。

 

 すると、眼前にマフィスの飛び蹴りが迫っていた。

 反射的に体をねじって避ける。


(避けてしまった……! もし後ろに守るべき命があったなら、僕は守護者として……!)


 そんな考えが頭をよぎったとき、鈍い痛みが右足に走る。

 顔を歪めて右足を見ると、飛び蹴りの体の影にうまく隠してあったマフィスの木剣がめり込んでいた。


「ぐううう……!!」


 歯を食いしばってうなりを上げると、飛んでいるマフィスの体に木剣を振る。

 それを軽々かわすと、着地したその足で、再び突っ込んできた。

 その攻撃はしっかりと受け切るが、右足の踏ん張りが弱く、続くマフィスの二撃目は受け切れずに上体が流れる。


「やばい! アクロ君!!」


 思わずナーランが身を乗り出す。


 マフィスはそうして防御が薄くなった胴体……ではなく、先ほど攻撃した右足へもう一撃を入れた。

 その激痛に耐えながら、ヒイラギは左足に力を込めて、渾身の横振りでマフィスをいったん退かせた。


 ヒイラギは痛みによって血の気が引き、肩で浅い呼吸をしている。

 動かしにくそうに右足を前に出すと、左足で踏ん張る構えを取る。

 その顔は青白くとも、勝負を諦めた者の表情ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る