第十九話 倒れずに馬車へ

 地面がうねっているように見える。

 息を吸うたび、わき腹に激痛が走る。

 立っていたくないが、まだ倒れるわけにはいかなかった。


 ヒイラギは気を失っている”武器狩り”に背を向けて、今まさに立ち上がった男から隠すようにして立つ。

 

「オニキスさん。最初に出会ったときも同じことを言いましたが、今回も言わせてもらいます。

 命を奪わなくても無力化できています。この人を殺すことは許せません」

 

 森の中で出会った盗賊たちを思い出しながら、辛そうに、そして必死に言葉を紡ぐ。

 

 鼻からしたたる血をぬぐいもせず、無表情のまま構えを取るオニキス。

 殺しを止める様子ではなかった。


「おそらく依頼を受けてだと思いますが、結局のところ脅威がなくなればいいじゃないですか。

 この人も、過去に何かあってこうなってしまったのかも――」

「ヒイラギ。理想があるのはいいことだ」


 この場に来てひと言も発していなかったオニキスが、ついに口を開いた。


「だが、そこに実力が伴わないと、理想は語られるだけの妄想だ」


 宙高く駆け上がる。


 ヒイラギはそれを見上げるばかりで、何もできない。


 あの日のように頭上を越えると、倒れている大男の首を斬った。


「……守られる命。守る命。奪う命。どれも大差ない」


 短刀についた鮮血をまじまじと見つめ、背中を向けたまま無感情に言う。

 ヒイラギは振り返ることができず、目を強くつぶり、うつむいて首を横に振る。


「確かに、命に差はありません。

 ……あってはいけないんです。

 どんな命も奪われてはいけない。救われる命に差をつけてはいけない」


 膝をつくヒイラギ。

 涙は流していないが、苦しそうに胸を押さえる。


「もう目の前で、命が失われてほしくないんです……」


 絞られるように声がなくなっていった。

 小さな子どもがおびえるように震える。


「…………」


 オニキスはヒイラギの言葉を聞き終えると、何も言わず、闇夜の空へと消えていった。


 オニキスがいなくなると、今まで意識になかった、周囲の喧騒が聞こえてきた。

 

 まだ混戦は続いている。


「守らないと……」


 地面についていた膝は土で汚れているが、それを払おうともしない。

 ヒイラギは足を前に出すたび、左右に大きく揺れる。

 それでも、何かに引き寄せられるように、劇団員が隠れている馬車へとたどり着く。


 そこでは”武器狩り”に武器を壊され、体を吹き飛ばされていた傭兵たちが、賊たちを死に物狂いで防いでいた。


 互いが互いを殴り、蹴り、斬る。


「守る……守る……!」


 ヒイラギも倒れ掛かるようにそこへ混ざり、やみくもに剣を振る。

 傷はつけるが命はとらないように。


 そんなヒイラギに迫る無数の刃と拳。


「おい! ”武器狩り”は死んだ!

 お前たちの切り札は死んだぞ!」


 口から血を吐きながら、両手に持った剣で体を支えて、”運と実力の盾”は叫んだ。


 ヒイラギに迫っていた攻撃が一斉に止まる。


「その銀髪の少年が倒したんだ!

 同じ運命をたどりたい者はいるか!」


 がはっごほっごほっ……と、むせる。

 むせても、血を垂れ流しながらも、確実に一歩ずつ近づいてくる。

 馬車を襲おうとする賊たちは、その姿に戦慄する。

 

「おい、どうなってんだあいつは! ”武器狩り”が死んだって!?」

「冷静になれよ! あいつ死にかけじゃねえか! 今がやりどきだろお!?」

「この銀髪のガキがやったのか……?

 ボロボロなくせに、気味悪りぃ真っ白な剣を持ってやがる……!」


 盗賊のひとりが、ヒイラギと目が合う。

 

 こんな状況にまでなって、殺そうとした相手に対して。

 殺意がまったくない。

 むしろ、守るという強い意志を感じた。


「狂ってる……」


 そのつぶやきが、恐慌状態にあった集団への最後の一押しとなった。


 我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていく賊のかたまり。

 その様子を見て、他の賊たちは訳も分からず逃げ出した。


 こうして、ヒイラギの初めての護衛としての戦闘は終わった。

 

 死者は奇跡的に”武器狩り”の1人のみ。

 だが、重軽傷者は双方多数。

 うち、傭兵側の被害は、”運と実力の盾”、重傷。

 ヒイラギ・アクロ、重傷。

 別の班の班長2名、軽傷。

 フェンディー、軽傷。

 そのほかの傭兵も軽傷者から重傷者まで、半数近くの人数がやられていた。


 しかしながら、護衛たちの尽力により、劇団員はかすり傷ひとつも負わなかった。



 護衛5日目。

 護衛の4日目は一日中劇団員たちと元気な傭兵たちが、重軽傷者を手当てする日に使われた。

 退けたとはいえ、いつまた襲ってくるかわからない状況だったため、本音を言えばすぐにでも移動したかった。

 ただ、目の前で苦しそうに横になる傭兵たちを見て、ルカタ団長はそんな考えを捨てたのだった。


 軽症者は看病のかいあって大体が動けるようになった。

 ただ、ヒイラギを含めた重傷者は、まだまだ予断を許さない状態だった。


 進むか、戻るか、留まるか。

 ルカタ団長は2名の班長と共に判断を下した。


「――進みます。ノデトラム公国へと。

 重症の方々には厳しい旅となりますが、今から戻って森を越える方が危険だと判断しました。

 いち早くお医者様に診せるため、強行軍となりますが、よろしくお願いいたします」


 沈痛な面もちで深々と頭を下げたルカタ団長と班長たち。


「俺たちが面倒かけたってのに、そんな表情しないでくれよ」

「ああ。仲間を救おうってんだ。文句を言うやつなんていないさ」

「おっそい歩みに飽きてきてたところだぜ」


 フェンディーを始めとして、傭兵たちは軽口をたたいた。


 そうして護衛7日目。

 予定よりも2日ほど早くノデトラム公国に到着した。

 傭兵と劇団員たちは、受け入れが可能な医者を探し、いまだに意識が朦朧もうろうとしている重傷者たちを運び入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る