第十八話 ”武器狩り”は不気味な笑顔へ

 ”武器狩り”を正面にとらえて、戦闘態勢を取っているがっちりとした男。

 大柄な”武器狩り”と並んでも引けを取らない大きい背中に、ヒイラギは安心感を覚えた。


「オニキスさん……。なんでここにいるんですか……」


 痛むわき腹を押さえて、荒い息のまま、もういちどオニキスに問いかける。


「…………」


 その質問に答える気配は微塵もない。

 短刀を持った両手を少しずつ動かして、”武器狩り”とのを合わせているようだった。

 

 ヒイラギはこれ以上の声掛けは邪魔になると考えたが、背を向けて逃げようとは考えなかった。


(あの足元に刺さっている剣を取り戻して、オニキスさんに加勢するんだ……!)


 にらみ合うふたりを中心とした円を大回りして、白銀の剣を取り戻そうと、ふらつきながら移動を始めた。


 一方、視覚に入るその姿を完全に無視して、いきなり降ってきた男に集中する”武器狩り”。

 その登場方法と2本の短刀を持つ姿から、その正体へとたどり着く。


「お前。”天駆る暗殺者”か。

 俺もお前に狙われるほどの男になったということか」


 今まで無表情だった顔に、気味の悪い笑顔が彫られる。


「殺してきた甲斐があった。

 そして。

 ここでお前を殺せば、俺の悪名はもっと轟くことになる」


 手に持ったハンマーの石突で地面を穿うがつと、オニキスに向かって突撃した。

 勢いが乗った大振りの横薙ぎを見て、何もない空中に両手の短刀を刺して体を持ち上げると、笑ったままの顔へと膝蹴りを見舞う。

 しかし、”武器狩り”は上体を反らしてそれを避けると、ハンマーの頭を地面につけて支えとし、空につかまったままのオニキスに上段蹴りを放つ。

 その足を蹴って宙返りすると、オニキスは音もなく着地する。

 

 見た目からは想像できないほどの柔軟な”武器狩り”の体に、外から見ていたヒイラギは顔を引きつらせる。

 さらに、以前も見たオニキスの何もない空間に短刀を刺す行動に、自分の目を疑った。


 そんな異様な戦いが再開する。


 今度はオニキスが夜空へと素早く駆け出し一気に距離を詰めると、落下の力を乗せて頭部を狙う。

 それを叩き落とそうと、”武器狩り”のハンマーが弧を描くように振るわれる。

 ハンマーが直撃すると思った瞬間に、再び短刀を何もない空間に突き立てると、軌道を急に真横へ変える。

 そのまま体を回転させると、”武器狩り”の背中を2度切り裂いた。

 斜めに入った傷から、少量の血しぶきがあがる。


 両足と片手で地面を滑って回転を止めたオニキス。

 しかし動きは止めずに、身を沈めてタメを作った後、バネが元に戻るかのように飛び出し、”武器狩り”の背後から心臓めがけて短刀を突き出した。


 突如として、オニキスの視界から”武器狩り”の姿が消えた。


 今の今まで見えていたものがなくなり、突き出した短刀が宙を泳ぐ。


「オニキスさん! 下!!」


 声に反応して目線を下ろすと、そこには腹ばいになっている大柄の男がいた。

 それはグルンと仰向きになると、狂気に満ちた三日月型の目でオニキスを見る。

 そのまま上体を起こしながら、その勢いを使って長く持ったハンマーを振り下ろす。


 オニキスは瞬時に気を取り直し、バク転をして距離を取ると、足元に刺さっていた剣をヒイラギに投げる。

 痛みに耐えてどうにか確保すると、”武器狩り”に向けてそれを向ける。


「…………」


 静寂が訪れた。


 ヒイラギに剣が戻ったことをつゆほども気にしていない”武器狩り”は、歪んだ笑顔のままオニキスへと無造作に近づく。

 オニキスは横目でヒイラギを確認する。

 目が合ったヒイラギは、真っすぐに見つめ返す。

 特に反応もなく元に直ると、オニキスは先手を取って単純な右ストレートを打つ。

 ”武器狩り”は、その短刀を少し体をひねってかわす。

 かわされたのを見て、短刀を空中に刺して勢いを止め、素早く引き戻す。

 それと同時に左手で同じような攻撃をする。

 またかわす。


 そんな単調なやりとりが、目で追えないほどの速度でいくたびも繰り広げられた。


 その濃密な時間のなかに一瞬のほころびが生まれた。


 ”武器狩り”は背中の傷が影響したのか、体を十分にひねりきれず、オニキスの短刀が頬にかすったのだ。

 それを見逃さず、その短刀を空中に刺して固定すると、それを軸に体を引き寄せ、もう1本の短刀を腰の上あたりに突き刺した。


 ”武器狩り”の両手からハンマーが滑り落ちる。


 ”武器狩り”の体がゆっくりとのけ反っていく。


 突然、オニキスの頭が”武器狩り”の両手によってはさみ掴まれる。

 反った体の先にある顔だけが、ゆっくりと起こされ、オニキスと相対する。

 そこからしなるように体を元に戻すと、その反動を利用してオニキスの顔面へと”武器狩り”は頭をめり込ませる。


「……!」


 鼻から血を出しながら、オニキスは”武器狩り”の顔の横の空間に刺していた短刀を刃を立てて引き、”武器狩り”の左肩を裂いた。

 オニキスを捕まえていた左手が離れる。

 だが、”武器狩り”は残った右手に震えるほど力をこめると、地面へそれをたたきつけにかかる。

 オニキスは左肩を裂いた短刀を宙に刺し、”武器狩り”に刺さった短刀を無理やり押して、少し勢いを弱めた。

 それでも強引に右頬から地面に激突させられ、右目に光が散る。


 ”武器狩り”は顔を押さえつけたまま、そこにむかって容赦のない蹴りを向かわせた。


「うわあああああ!!」


 ”武器狩り”の体の左側に向かって、オニキスの影から姿を現すヒイラギ。

 右手で振り上げた剣を、”武器狩り”の左足へ振り下ろす。

 完全に眼中になかった不意の一撃に反応できない。

 無茶苦茶な体勢を支えていた軸足深くに刃が入り込む。

 巨大な木が倒れるように、体が傾いていく。

 オニキスの頭を押さえていた手から力が抜ける。


「お前……! お前ええええ!!」


 絶叫しながら地面に倒れると、使えなくなった左手と左足をものともせず、立ち上がってくる。


 ヒイラギは歯を食いしばって、振り下ろしていた剣を体勢を崩しながら振り上げる。


 鮮血が飛ぶ。


 ”武器狩り”の大きな体が、天を仰ぐように沈む。


 ヒイラギも同時に倒れそうになったが、剣を支えにしてなんとかこらえる。

 

 その白銀色の刃は、それでも変わらず穢れのないままだった。

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