第十一話 交流を経て森へ
ヒイラギが目を覚ましてからの数週間は、慌ただしいものだった。
目を覚ましたその日は、医者から右足の状態について聞かされた。
中度の打撲ということで、ひとまずは数週間安静にするようにとのことだった。
半日後、目を覚ましたことを知ったナーランがやってきた。
起きたことへの喜びと、優勝したことへの賞賛、無茶な戦い方への怒りを一気に詰め込んできた。
ヒイラギが忘れてしまっていた優勝賞金については、傭兵会に預かってもらうようにしてくれたらしい。
本当に気が利くところは気が利くナーランだった。
数日経ったあと、オニキスが静かにやってきた。
ひと言ふた言、言葉を発すると、そこで会話が終わった。
ヒイラギはいたたまれなくなったが、自分は寝床から動けないため逃げようもない。
オニキスは腕を組んでしばらくその場で直立したあと、普通に別れを告げて出ていった。
その1日後、ヒイラギの見覚えがない老婆が訪ねてきた。
曰く、マフィスの
名の師という言葉を知らなかったヒイラギは、磁場ばあと名乗ったその老婆に意味を教えてもらった。
簡単に言うと、駆け出しの傭兵が、通り名のついている傭兵に弟子入りすることができる制度のようだ。
通り名に関係することから、名の師弟制度と呼ばれているらしい。
知名度を上げながら、実力も伸ばせるということで、弟子入りをする傭兵はそれなりにいるとのことだった。
「最後に、ひとつ言いたいことがあるんじゃじょい」
「なんでしょうか?」
「……マフィスと、正々堂々逃げずに戦ってくれて、ありがとう」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました。
あなたのような強い人と戦えたことで、私も色々学ぶことができました。と、お伝えください」
必ず伝えようと言い残し、磁場ばあは帰っていった。
そんな3人が来た日以外にも、ラセター、ソジュ、カゼリ、デッパフ、ドーム、本当に顔を知らない傭兵、普通の町の人など。
まるで示し合わせたかのように、1日1人ずつヒイラギの元へ見舞にきた。
それもそのはず。あんな戦い方で勝利を収めたことで、ちょっとした人気者になっていたのだ。
さらに、そこは新参大会の際に設置された仮設の医療室。
残っているヒイラギのために、撤去されずに鎮座していた。
つまり、そこに行けばヒイラギに会えるということが確実である。
ただ、どうやって1日1人を厳守したのか。それは謎のままであった。
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「大変お世話になりました。
私のためだけに、何週間もこの建物を残していただいて、すみませんでした。
しかも、本来の先生の仕事場からわざわざ通いで看てくださって。
本当にありがとうございました。このご恩は、必ずお返しします」
あざは少し残っているが、足の痛みがしなくなり動けるようになった日。
ヒイラギは深々と頭を下げると、荷物と剣を持って医療室をあとにした。
荷物というのも、ナーランがヒイラギの泊まっていた宿を引き払いながら持ってきてくれていたのだ。
ここまでしてもらって非常に申し訳ないとヒイラギは思っているが、当のナーランは何も気にしていない様子だった。
そのナーランから、今日は傭兵会に来るように言われていた。
「あ! ヒイラギさん! お元気になられたようでよかったです!
優勝おめでとうございました!」
黒髪でショートの髪の毛の受付の子が、晴れやかな笑顔で出迎える。
その子がいるカウンターのそばには、同じく全力の笑顔のナーランが手を振っていた。
「ありがとうございます。優勝できてよかったです。
たくさん学ぶことができました」
ふたりに近寄って、お礼を述べる。
「それで、ナーランさん。今日はなんですか?」
「うん。アクロ君のお金の話と、優勝特典の"参近操術"との戦いについて話そうと思ってね!
まずはお金の話を、イルちゃん、お願いできるかな?」
「はい! ご説明しますね。
まず、優勝賞金についてですが、ナーランさんが代理で手続きをしてくださったので、現在は傭兵会で預かっています。
今後、依頼達成料なども同様にするおつもりがありましたら、ヒイラギさんから承認をいただきたいと思います。
よろしいですか?」
受付のイルは、幼いながらもしっかりとした口調で、ヒイラギの意見を求める。
「もちろんいいですよ。
信頼して預けられる場所もほかにはないですし。
よろしくお願いします」
「はい! 大切に厳重にお預かりしますね!」
ニパッと笑い、書類にヒイラギのサインを求める。
念のため書類に目を通したうえで、自分の名前を書いた。
「じゃあ次は、"参近操術"との戦いについてだぜ!
戦う日は、いまから1週間後。場所は新参大会をやった広場だけど、ステージとかは全部撤去されているぜ!
あと、あくまでもこれは優勝者の
新参大会と違って、催し物というよりは個人的なものらしい。
観客を呼ぶことはせず、告知もしない。
腕試しの意味合いが強かった。
現在の傭兵会における、戦いの需要にこたえる傭兵部門、その第一位。
傭兵会の最強の矛である。
戦い自体にそこまで興味のないヒイラギにとっても、惹かれるものがあった。
自分より強い者からでも、人の命を守れるようにならなくてはならない。
「もちろん戦わせてもらいます。
ルールとかはあるんですか?」
質問を受けたナーランは、目線でその質問をイルにパスする。
「厳密なものはありません。
当人どうしで合意が得られたルールを用いてもらえればと思います。
ただ、スリークさんはお忙しい方なので、日程の変更があるかもしれません。
もし変更がありましたら、ヒイラギさんにお伝えしますね」
今も長期の依頼を遂行中とのことだった。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
頭を下げてカウンターに背を向ける。
すると、すっと隣にナーランが立ってきた。
「アクロ君。数週間横になってて、体がなまっているんじゃない?」
確かに、この状態でもういちどマフィスたちと戦えと言われたら、勝てるか怪しいくらいには衰えを感じる。
「あんなに長く横になっていたのは初めてだったので、確かに本調子ではないですね」
「そういうと思って! 元気が出て、なおかつ体を動かせるものを用意したぜ!」
(うーん……。ナーランさんは度が過ぎることがあるからなあ……)
嫌な予感というほどではないが、念のため心の準備をする。
「あ、ありがとうございます。何を用意してくれたんですか?」
顔の前でガッツポーズをする。
「自然の癒しと野生の感覚! アクロ君復活記念3日間森林鬼ごっこ!」
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