第一・五話~上総煬の憂鬱~



私の名は上総煬かずさよう

名門“九尾の一族”の中でも最強格の実力を誇る逸材中の逸材。あと超絶美人(ここ重要)。


東京都怪異対策局鎮圧一課に所属する超エリート。

……だったんだが、ちょっとやらかしたことで体よくこの青森のド田舎に島流しだ。


別に私は悪いことなんてしてないんだけどね。

人間を人質に取った怪異を消し炭にしたり、くだらねえ陰口叩く同僚どもをボコボコにしたり、セクハラ上司のタマを蹴り潰したくらいで特に身に覚えはない。


ただでさえ田舎な下北支部の更に奥地の辺境町庁舎に赴任して教官職となってから早一年。

毎日浴びるように酒を呑んではストレス解消代わりに“二等官(ひよっこ)”どもを“指導きょういく”してやっている。


端から見ればもう完全に腐ってるよな。自分でもそう思う。


さて、今日は入庁してきたばかりのガキどもの実力を測る能力評価試験だ。

今年は何人が“入庁即退職”となるかな。



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俺の名は八塚繋やつかけい

東京から帰郷し、地元の怪異対策局で働くこととなった新社会人だ。



「おーっす八塚!久しぶりだな」


「おお、寺山。実家は継がなかったのか?」


「兄貴がもう継いでるからな、俺はお払い箱よ。

まさかお前も対策局員になるとは知らなかったぜ」



入庁式を無事終え次のカリキュラムへ向かう俺の肩を叩いたのは、小学生からの同級生である寺生まれの寺山輝雄てらやまてるおだ。

俺と同じくらいの大きな体格とミディアムツーブロック。高校まで五厘坊主にされてた反動で髪を伸ばし始めたようだ。  


通称“寺生まれのTさん”。

生まれながらに霊感が強く対幽霊においては不敗の実力がある、とかなんとか。



「ふふ、二人とも元気そうだね」


「百目鬼!?お前も対策局に入ったのか」


「あはは、お父さんがむつ対策局下北支部の機動鎮圧課課長だからね。スカウトされちゃった。

それより、八塚くんはてっきり東京で就職するかと思ってたのにびっくりしちゃった」


「……まぁ、色々あってさ」



百目鬼遥(どめきはるか)。

彼女も小学生からの同級生であり、俺の幼馴染の櫛田くしなだナガメとは親友だ。

桃色のおさげ髪と低身長でふくよかな体型が可愛らしい、学生時代からクラスのマスコット的存在だった。 


彼女は鬼の父親と人間の母親のハーフであり、見た目は普通の人間だが怒るとトラックを余裕で持ち上げる程の怪力を持つ。



「そんなことより!

桜幡高校オカルト同好会、久しぶりの集結だな!」


「ナガメちゃんがいたら本当の集結だったんだけどね……」



俺とナガメ、そして寺山と百目鬼の四人は高校時代にオカルト同好会を結成し活動していた。

発起人は寺山で、主な活動としては町の怪異についての調査や簡単なトラブル解決といった対策局の真似事をしていた。

色々と馬鹿をしたが、時には対策局への情報提供なんかもして表彰されたり、あの頃は楽しかったな。



「今度飲みに行こうぜ!

高校卒業した後は皆進路バラバラで全然会えなかったし、同窓会込みでよ」


「いいね!ナガメちゃんも誘って行こう!

ナガメちゃん、一人だけ地元で寂しかったろうからね……」


「……ああ、ナガメも喜ぶよ」



俺たちは高校卒業後地元を離れた。

俺は東京の大学、寺山は京都の大学、百目鬼は県内の大学へと進んだ。

……そんな中、ナガメだけはどこにも行かず通信制の大学を終えた。


ナガメは頭脳もスポーツも折り紙つきの天才だ。名門大学の推薦だってもらえたのに、神社の仕事があるからと、桜幡から外へは出ないとすべて断った。


俺も両親も説得した。金の問題なら心配ないと親父は言ってくれたし、亡くなったナガメの家族も十分な財産を残してくれていた。


それでも心配なら俺もバイトなりなんなりするし、あいつは優秀だから奨学金を借りても免除される。そう言ったが、頑として首を縦には振らなかった。



「……ところでよ、この後の能力評価試験、なんかヤバいらしいぞ。去年からそれ受けてすぐ退職者が続出してるらしい」


「えぇ!?

人員配置のためのただの能力検査じゃないの?」


「俺もそう聞いたけど」


「なんでも去年赴任した鬼教官がえげつねえらしい。明らかに戦闘適性ないやつでも容赦なくボコボコにするんだとか」



能力評価試験。

怪異対策局ならではの取り決めで、新入職員は部署に関わらず必ずこれを受けなければならない。


対策局には一般的に総務課・財務課・鎮圧課・怪異救護課・情報課・広報課が存在している。

新人職員をこれらの部署に振り分けるための試験であると同時に、対策局員全員の実力維持にも利用されている。


だが実際のところは少子高齢化や過疎化も相まり、不測の事態で戦闘部隊である鎮圧課だけでは対応しきれなくなることを想定し他の部署でもいざという時は戦闘が可能になるよう練られた苦肉の策といえよう。



「はーい、新入官の皆さんはこちらへどうぞ~。こちらが能力評価試験の会場となっておりま~す」



しばらく進んでいると屋内訓練場が見え、入り口には赤い髪の女性が手招きをしていた。



「おお、すっげえ美人さん!」


「もう、寺山くんはすぐそうやって鼻の下伸ばすんだから。

でも確かに凄く綺麗な人。背高くてスタイルも良いし……や、八塚くんもああいう人がタイプ?」


「うーん、ナガメの方が白い肌と切れ長の目と長い鼻でハリウッド女優すら霞む美人だしスタイルもそこらのモデルが消し飛ぶ程に抜群だと思うが」


「あ、うん、そうだよね」


「相変わらず恥ずかしげもなくよくそんな惚気られるよなお前……」



何故かわからないが二人に呆れられた。


俺たち含め30人の新入官は案内人と思われる赤髪の女性に促されるまま訓練場へと入る。

ふと視線を上に移すと、訓練場の二階席では審査員を務める総務部や鎮圧課のお偉いさんと思われる人たちが何やら暗い顔をしてこちらを見ていた。


会場の隅では怪異救護課ヒーラーと思われる職員たちが神妙な面持ちで待機しており、どうやら寺山が言っていたことが現実味を帯びてきた。


お偉いさんに拡声器で会場の真ん中まで誘導され、整列した俺たちの前に先ほどの赤髪の女性が現れる。

なんだろう、とても嫌な予感がする。

この人、さっきから上手く隠してはいるがずっと殺気がだだ漏れしてる気がするんだが。



「はーいでは皆さん、今からチームかバディを組んでくださーい。若しくは全員でパーティー組んでもいいですよ~、あはは」



彼女に言われるままに新入官たちはチームなりバディなりを組んでいく。俺と寺山、百目鬼はそのまま三人でチームを組むこととなった。


新入官が全員チームまたはバディを組み終わると同時にお偉いさんが拡声器で試験開始を宣言した。

しかし、肝心の教官が一向に現れない。



「すみません、教官はどちらにいらっしゃるんでしょうか」



痺れを切らした新入官の一人が赤髪の女性へと問い掛ける。

すると赤髪の女性は笑みを浮かべながらこう答えた。



「それなら今お前らの目の前におるじゃん」



それは突然だった。

辺りが強い光と熱風に包まれたかと思うと、質問をしていた新入官とそのチームが炎に包まれのたうち回っていた。



「ぎゃああぁあぁあ!!」


「熱いッ!!熱いぃぃッッ!!!」



会場は阿鼻叫喚に包まれた。

突然のことに他の新入官たちはパニックに陥り、我先にと出口へ殺到するが、どうやら扉は固く閉ざされているらしい。



「やべえ!八塚、百目鬼、手ぇ貸せ!」


「ああ!」


「な、何が起こったの!?」



俺たちは燃えている新入官たちを助けるためにスーツの上着ではたいて消火しようとしたが、赤髪の女性が指を鳴らすと炎は一瞬で消え去った。

燃えていた新入官たちは気を失っており、炎に包まれたことが嘘のように火傷がない。せいぜい衣服が焦げた程度だ。

すぐさま駆け寄ってきた救護課が彼らに治癒結界を張り治療を施す。どうやら命に別状はないらしい。



「ギャハハ!はい、早くも四人失格!

私は鎮圧課所属の教官、上総煬かずさよう特等だ!お前ら覚悟しろ!」



再び指を鳴らすと、赤髪の女性の体が炎に包まれ、今まで隠されていた特徴的な獣耳と大きな三つの尻尾が現れる。瞳は見るみる内に深紅へと染まっていき、すべてを焼き尽くすかのように燃え滾っていた。



「おいおい、“上総”って、ありゃ九尾の狐だぞ!?

なんでこんなド田舎の対策局にいるんだよ!」



寺山が驚くのも無理はない。

本来、九尾の一族は各都道府県本部か京都総本部に配属されるはずのエリート中のエリート大妖怪だ。



「寺生まれの寺山、だったっけ?

うんうん、わかるよ。私みたいな超絶美人でスタイル抜群のシティーガールがこんなクソ田舎なんかにいるわけないよなぁ」



ジリジリと近づきながら九尾は再び指を鳴らす。すると出口付近で逃げようとしていた新入官たちが瞬く間に炎に包まれた。



「いやああぁぁあぁあぁッ!!?」


「だっ、だずげでぇえぇえええぇぇッッ!!」



燃やされた者たちが気を失うとパッと炎は消え去る。倒れた者たちを見るに、また目立った火傷はなさそうだ。


奴は炎を自在に操る能力を持っている。

恐らくだが、奴は直接相手の体に火を着けているわけではなく、体に火が着かないギリギリのところで炎を展開して全体を包み込み、周りの酸素を燃焼させ窒息させているのだ。

そうすれば炎に包まれたはずの者たちが火傷もなく気を失うだけの理由に説明がつく。



「さあどうするお前ら。逃げ場はなし、目の前には凶悪な怪異。

こんな時はどうするのが正解だ?」


「く、クッソォォォ!!」


「よせ寺山!やるなら三人で連携を取って───」



寺山は無我夢中で九尾に殴りかかる。

しかし、その拳は瞬時に手で受け止められギリギリと音を立てて握り潰される。

どうやら怪力も持ち合わせているようだ。



「がっ、がああぁぁぁあ!?」


「勇気は買ってやる。仲間への救護活動も率先してやっていたな。

まぁ、合格だ。お前は怪異救護課辺りが貰ってくれると思うぜ」


「ぐっ、まだまだぁ!!

破ァッッッ!!」


「おお」



寺山の咆哮と共に九尾は5メートルほど吹き飛んだが、目立った外傷は見られない。

久しぶりに見たが威力が増しているな、寺山の法力。



破邪顕正はじゃけんしょう

あんた卑怯だぜ!事情も知らない奴等をいきなり燃やすなんてよ!!」


「……卑怯?

馬鹿かテメェは、怪異は卑怯なんだよ。人間の道理も法律も通じねえ。

人間に化けて近づいて気が抜けた相手をなんの前触れもなく喰い殺す。そういう奴等がお前らの相手する連中なんだよ。

お前らみたいなガキはすぐさま餌食だ」



奴が言っていることに間違いはない。人間に化けて誘い込み、油断したところを喰う。凶悪な怪異の常套手段だ。


思えばこの女も最初から俺たちを油断させるためにわざと親しみやすい案内人を演じ、獣耳と尻尾を隠して完全に人間だと思わせていた。


試験開始の合図が出される前から、既に試験は始まっていたのだ。



「それを教えるのが教官だろ!

いきなり殺されそうになって気絶して何を学べるってんだよ!!」


「甘めえんだよお坊っちゃんが!

対策局員になったからには相応の覚悟を持って試験に臨みやがれ!

不景気のこの世の中、割りの良い仕事に就けてラッキー、程度の心持ちでここにいられちゃあ困るんだよ!!

お前らは市民を守るために命を懸けるんじゃねえ!市民も自分も守れなきゃいけねえんだよ!!」



九尾の瞳と尻尾が紅く光り、寺山を目掛けどこからか炎の竜巻が発生し襲いかかる。



「これくらい……!破ァッッッ!!」



寺山が法力で竜巻を打ち消した。

が、その瞬間竜巻の中から九尾が出現し、寺山の鳩尾へと痛恨の蹴りを喰らわせた。



「ガッ……ハッ……!!」



遂に力尽きた寺山が膝を屈し、血を吐きながら床へと突っ伏した。



「威勢は良かったが所詮、後継者争いに敗けた寺の次男坊。

法力も親父や長男に比べたら大したことねえんだろうな」


「寺山くん!よ、よくも!!」


「百目鬼やめろ!単独で突っ込むな!」



俺の制止も聞かず、顔を真っ赤にし額から二つの角が突き出した百目鬼が怒りに身を任せ九尾へと突進する。

しかし、正面からそれを受け止めた九尾は両手で百目鬼の角を鷲掴みにし、完全に勢いを殺した。



「ほう、さすが機動鎮圧課課長の娘、百目鬼遥だな。パワーだけなら私と同等かそれ以上。

お前も合格だ。鎮圧課に欲しいが、少しばかり怒りに身を任せすぎるからダメだな。

それにお前の親父さんからは内仕事デスクワークをやらせろと頼まれてるからな、まあ広報課がいいとこだろ」 


「そ、そんな……!

お父さん、どうして……私のこと認めてくれたんじゃ……」


「ギャハハ、いいご身分だねえ箱入りお嬢様は!

この鬼のパワーも宝の持ち腐れだな!」


「うぅ、うわぁぁあぁ!!」



九尾の両腕を掴み渾身の力で握り潰そうとする百目鬼だったが、それを許すほど甘い相手ではない。



「キャァァァアァァ!!」



百目鬼の腕から火が着き、そのまま全身が炎に包まれる。俺は百目鬼にスーツを覆い被せ、彼女を九尾から引き離した。 


九尾の奴、百目鬼が回復力の高い鬼であることを見込んで本気で火を着けやがった。

百目鬼の新品のリクルートスーツは所々が焼け落ち、下着が露になってしまっている。皮膚には直接の火傷はないが、綺麗な桃色の髪が一部が焦げて黒くなってしまった。



「おい!しっかりしろ百目鬼!」


「……や、八塚くん……私、悔しい……!

お父さんは私のこと、全然信用してくれてなかったんだ……うっ……うぅっ」



百目鬼は昔から自分の鬼の力を有効に使う方法を探していた。

怪力しか取り柄のない自分でも役に立てることがあるんじゃないかと。


恐らく、百目鬼は望んでこの仕事に就いたのだ。

そして鎮圧課を希望していたのだろう。父と同じ鎮圧課を。

鬼の力の使い方を誰よりも知っている父と同じ仕事をすれば、自らの持つ力の意味を理解することができると信じて。



「はぁぁ~、今年の期待できると見込んでた奴等みーんな倒しちゃった。ツマンネ。

えーっと、八塚だっけ?お前はもういいよ、適当な部署に入れといてやっから。んじゃ私はもう帰るわ」



九尾は飽きたように踵を返して立ち去ろうとする。俺のことなど端から眼中になかったように。


……いい度胸じゃねえか。九尾であることに胡座をかいて、新入官をいたぶるのがテメェの仕事だってんなら。


俺が教育し直してやる。



「待てよ」


「……あぁ?」


「敵がまだ健在なのに背を向けるのか。テメェこそ、この仕事を深いところでナメてるんじゃねえのかよ」


「……聞かなかったことにしてやる、さっさと失せろ」


「テメェは戦闘員としては優秀だろうが、教育者としては素人以下だ。

教官職なんて辞めてさっさと東京にでも戻ればいい。

……ああ、わかった、戻りたくても戻れないからこんなところで後輩相手にイビり倒すことしかできない。

力はあっても仕事も教育もできない、“半端者”だ」


「……は、ハハハハハハハハッッ!!!

お前、マジで面白いな!

気に入ったよ、ギャハハハハハッ───」



九尾は顔を手で覆い腹を抱えて笑いだした。

……肌に直に感じるほどの電撃のような殺気を撒き散らしながら。



「───お前、消し炭確定だわ」



───食い付いた。

俺は瞬時にスーツの上着に“糸”を編み込みそれを頭から被り、恐らく九尾の最大威力と思われる火炎放射が放たれると同時に奴目掛けて突っ込んだ。



「“玉藻之狐火たまものきつねび”!!」



奴の手から放たれる超出力の火炎が俺へと迫ってくる。

審査員であるお偉いさんたちが青い顔をしてストップをかけようとしているが間に合わないだろう。


怪異救護課の治癒結界で倒れた者たちは守られているため、奴は残り一人になった俺に容赦なく本気を出せる。そこに賭けた。


本気の攻撃ほど腰を入れる必要があるため大きな隙が生まれる。

先ほどまでの窒息させる火炎は他の行動をしながらでも操れるものだったが、この火炎放射はそうはいかない。高威力な分、反動を体全体で受け止める必要があるため、放射している間は体を動かすことができない……!!



「入庁早々にあの世行きだテメェは!!

ギャハハハハハッ!!

誰にも……!誰にも私を“半端者”なんて言わせねえッッ!!!」



地獄の業火の如き漆黒の炎は訓練場の床板を溶解させ抉り取り、遂には俺を包み込んだ。



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いつかの、小さかった頃の思い出が頭を過る。



『煬ちゃん、どうして従兄弟たちに暴力を振るったの』


『……ムカついたから』


『ムカついたら、誰にでも暴力を振るうのかい?』


『……婆ちゃんにはしない。仲良くしてくれる奴にも、しない』


『そうだよね。煬ちゃんは本当は優しい子だって、お婆ちゃんは知ってるよ』



母親代わりのお婆ちゃんの大きな尻尾にくるまるのが好きだった。

温かくて、いい匂いがして、凍った感情が溶かされる気がした。


両親は事故で私が四つの頃に亡くなった。

九尾の母と人間の父。本来強力な妖怪や同じ一族の中で掛け合わされ強化されてきたはず九尾の一族の中で、私は純粋な九尾ではない、“半端者ハーフ”。

だがそれでも能力の強さは一族の中でもトップクラスだった。


……それが原因で他の一族からは煙たがられているのだが。



『あいつら、私を“半端者”だって……ッ。

尻尾が三つのくせに力が強いからインチキしてるんだって……ッ』



私は人一倍努力した。

両親が残してくれたこの力を寝る間も惜しんで練りに練り上げた。それなのに、インチキだなんて。



『……それはひどいことを言われたね。

大丈夫、きっといつか煬ちゃんのことをわかってくれる者が私以外にも現れるさ。きっと良いお友だちになるよ』


『そんなやつ現れないよ。友だちなんかいらない、私には婆ちゃんさえいればいいもん』



大きくて柔らかい尻尾を力一杯抱き締める私の頭を、お婆ちゃんの優しい手がいつまでも撫でてくれていた。



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「なっ!?」



確かに捉えたはずのひよっこが私の火炎をものともせずこちらへ突っ込んでくる。

あり得ない、この炎は鉄すら溶かす。あれをまともに喰らったら骨すら残らないはずなのに。



「テメェの敗因はただ一つ。俺のダチを侮辱した……!!」



手が届く間合いまでひよっこの野郎が詰め寄る。

敗因?

私が敗ける……?


そんなのあり得ない!!



「馬鹿が!敗けるのはお前だよ!!」



火炎放射を止め、野郎の頭を目掛け回し蹴りを喰らわせる。

これを喰らったらマジで首が吹っ飛ぶぜ……!


だが私の蹴りは空を切り、突然視界が真っ暗になる。



「な、なんだぁっ!?」



目を攻撃されたわけじゃあない、何かを頭から被せられた。

恐らく奴が被っていたスーツの上着なんだろうが、スーツの上から更に“何か”を巻き付けられたみたいに引き剥がせない。この私の怪力を持ってしても、だ。

しかも普通のスーツじゃあねえ、まるで鎧のように硬くなっている。



「……あんたの言ってたことは間違ってない。対策局員は死と隣り合わせ。半端な覚悟で就いていい場所じゃあない。

でも……あんたがやってたのは教育じゃあねえ。ただの八つ当たりだ。

自分より弱い立場の奴等を虐げる、凶悪な怪異と変わらねえ。

努力で練り上げたであろうその技を、そんなくだらないことに使うなッ!!」



ガツン、と心を揺さぶられた。

お婆ちゃんに怒られた時を思い出す。

きっと、ずっと誰かから言って欲しかった言葉がそこにはあった。



「な、何も知らねえガキが説教垂れてんじゃねえ!!」



奴の声は下から聞こえた。私の蹴りをしゃがんで躱してやがったんだろうが、もう位置は把握した。


私の……勝ちだ!



「終わりだッ!!」



踵落としを奴の脳天目掛け振り下ろす。

残念だよ、お前。お前なら私の理解者になってくれたかもしれねえのに、もう完全に死ぬだろうな。



「いや、俺の勝ちだ」



頭上からの大きな衝撃と共に、意識が途切れた。



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「……んあっ?」



目を開けるとそこは見覚えのない天井があった。そして見知らぬベッドに横になっている私。

ここは……恐らく救護室か。


……つか、めちゃくちゃ頭が痛てぇ。おかしい、まだ今日は呑んでないはず……。



「……いやっ、試験!ど、どうなったんだ!?」


「君の敗けだよ、上総煬特等」


「か、課長!?」



ベッドの横でパイプ椅子に腰掛けスポーツ新聞に目を通している男は私の直属の上司である、桜幡庁舎鎮圧課課長“北条明ほうじょうあきら”特等官だ。

年齢は50歳に届くかどうからしいが、面長な顔と皺一つない肌、長身で筋肉質な体型とサングラスが相まって30代と言われても信じてしまう容姿をしている。



「わ、私が……敗けた?あり得ない!

私は確かに奴の脳天を割って……!」


「頭を割られたのは君の方さ。

ご覧、これを」



北条特等は私にスマートフォンで画像を見せ付ける。

こ、これは───。



「錦糸町パフパフもっこりちゃんパラダイス……?」



そこには何やら如何わしい店で半裸の女に抱き着かれてキスをされている北条特等の自撮り写真が……。



「あらぁー!?間違っちゃった!

メンゴメンゴ、見なかったことにして!

こっちだ、こっち」



北条特等は慌ててフリック操作し画像を切り替えた。

そこに写っていたのは……。



「……は?これ、私……?」



無様に床に突っ伏し頭から血を流す私の姿。

馬鹿な……奴は確かに私の前にいて、後ろに回る余裕なんてなかったはずなのに。

一体何が起こって……。



「新入官の八塚くん、随分無茶なことしたね。ほら、これが君の頭に直撃したものだ」



更に見せられた画像に写っていたものは、なんと訓練場の天井に吊り下げられている大型の照明だった。



「そんな……偶然落ちてきたって言うのかよ」


「うーん、俺もそう思ったんだがね。

調べたところどうやら下からの強い力で照明を天井に固定していた部分が無理矢理引き千切られていたらしい。

恐らく、何らかの能力で八塚くんが落下させたのだろうな」


「……あの野郎、無害そうなツラしてとんでもねえ食わせ者だった……ッ!」


「まあそう怒らないでやってよ。

君、“情けをかけられた”んだからさ」


「……はぁ!?

どういうことですか!」


「君がその程度の傷で済んだのは……まあ妖怪だってのもあるが、君の頭に被されていた彼の特殊な硬度を持ったスーツが保護してくれていたのが大きい。

さすがの君でもあれをまともに喰らってたら今こうして話すことなんてできてないさ」



……ふざけんな。

この私が、あんなひよっこに敗けた……?

しかも情けまでかけられただって?

そんなことが許されていいわけがない!



「野郎、今度こそぶっ飛ばす!!」


「やめなさい上総特等。決着は着いた」


「そんなの関係ない!試験はまだ終わって───」


「先ほど、京都対策局総本部から辞令が下りた。

“能力評価試験において教官を倒した八塚繋二等官は一等官へと特進。

なお、行き過ぎたパワハラ行為が認められた教官職である上総煬特等は本来であれば懲戒処分のところ、北条特等官と八塚一等官他多数の職員からの懲戒取り消しについての具申が寄せられたため、今回は厳重注意のみとする。

今後は八塚一等官とバディを組み、指導及び業務に当たり地域貢献に勤しむように”。

とのことだ」


「……」



完膚なきまでの、私の敗北じゃあないか。

命だけじゃない、社会的立場まで情けをかけられた。

それに、課長たちにまで上に頭を下げさせちまったとなったらもう立つ瀬がない。

完全に、私の敗けだ。



「……ま、今日のところはもう帰りなさい。後は俺の方で仕事は片付けるから。

でも、帰る前に八塚くんに挨拶しておきなよ?彼、他の新入官たちを説得して退職者一人も出さなかったんだから」


「え……」



八塚繋……気に入らねえ、どこまでも気に入らねえ奴だ。涼しい顔してこっちの心見透かしたようなことしやがって……私が一番嫌いなタイプだぜ。


……でも、面白い奴だ。



────────────────────



日暮れの桜幡庁舎。

窓から差し込む夕陽が目にかかりうざったくてしょうがない。


誰かに能力戦で敗けたのはいつぶりだろうか……もしかしたら小さい頃の婆ちゃんとの訓練以来か。

久しぶりのことにどこか新鮮さを感じる。


……思えばこの数年、我武者羅に駆けて抜けてきた。

雨の日も雪の日も休まずパトロールし、凶悪な怪異を倒し、人々から感謝されたり罵倒されたり……。


決して充実した日々ではなかったが、それでも私はこの仕事に誇りを感じていた。

あの時までは───。



『上総の奴、あの若さで特等かよ』


『九尾の一族だからな。上も忖度してんだろ』


『そうか?課長や室長に抱かれてるって噂だぜ。やっぱ女狐だよな』



───根も葉もない同僚たちの噂話、薄汚い妬みや嫉み。

挙げ句の果てには信頼していた上司までもが……。



『なあ上総くん、もっと上のポストを目指したくないか。なに、私と愛人契約を結んでくれればいくらでも……』



私が思う以上にこの業界は腐敗していたのかもしれない。


私にすり寄ってくる男は皆、九尾の一族とお近づきになりたい野心家か、若くして特等官の座まで伸し上がった私を体の良いアクセサリーにしたいだけの虚栄心の塊みたいな男ばかり。


女の味方なんて更に存在しなかった。

顔も実力も敵わないからと、私に遠回しでくだらねえ嫌がらせをしてくることなんて一度や二度じゃなかった。


ある時、私は耐えきれず爆発した。

陰口を叩きまくる同僚を男も女も関係なくぶっ飛ばし、ケツを触ってきた上司のタマを蹴り潰し、八つ当たりに凶悪な怪異を屠った。


クビにされたって構わなかったが、どうやら世は人材不足。これまでの実績を汲んでクビまでとはならなかった。

私がぶっ潰した同僚や上司の悪事は明るみとなり、双方痛み分けといった形で全員が島流しとされた。


新天地はド田舎で、真新しいものなんて何もない。

東京に比べて人材は枯渇してるし、その分やることも無駄に多い。あと何より雪かきしなきゃならんのがマジでやってられなかった。


だがまあ、北条課長みたいな人がいてくれたのがせめてもの救いか。

あの人は私が腐ってるのも受け入れ、これまで臆せず面倒見てくれた。正直あの人がいなきゃとっくに辞めていただろう。

……奥さんがいながら未だに女遊びに興じていて時折セクハラもしてくるのが玉に瑕だが。


色々と回想に耽っている内に、新入官たちが集まっているというロビーへと辿り着いた。

新入官の一人が私に気付くと集まっていた他の者たちも一斉に怪訝な表情を浮かべる。


……まあ、歓迎なんてされるわけねえわな。



「……ええっと……お前らよく辞めなかったな。去年は半分近くの奴等が辞めちまったんだが……あははっ」



ああ……何言ってんだか私は。マジで最低すぎるよな、自分でもわかるわ。

新入官たちは私の顔をじっと凝視したまま暫く一言も喋らなかったが、痺れを切らしたのか一人の男が口を開いた。

私が蹴りを喰らわせた寺生まれの寺山だ。



「……上総特等の蹴り、滅茶苦茶痛くて死ぬかと思いましたよ」


「私も、髪の毛ちょっと焦げちゃったし、せっかくの新品のスーツが台無しになっちゃいました」



寺山に続き百目鬼が睨むようにして口を開く。

……皆言いたい恨み辛みが山ほどあるだろう。あそこまで非道を働いて、最後は新入官にあっさり敗れた私に弁明の余地はない。



「……皆、すまなかった。私は教官としてお前たちを導く役目を自ら放棄してしまった。私的な不満をお前たちにぶつけていた……心から謝罪させて欲しい。

……お前たちが望むなら、今すぐにでも職を辞する覚悟は───」


「よっし皆!約束通り上総特等が頭下げてくれたからこれでもうわだかまりはなしな!」


「え?」



寺山がそう言うと他の新入官たちが一斉に破顔し、私の傍に駆け寄ってきた。



「上総特等、私たちも謝罪します。特等の言ってたこと、その通りだと思いました。

私たちは覚悟が足りてなかった。

対策局員になるということをどこか楽観的に考えていました。お父さんと同じ仕事をすることがどれほど危険なことか……」



百目鬼が謝罪の言葉を口にし頭を下げたのを皮切りに、私に向かって新入官たち全員が頭を下げる。

ああもうやめろよ、私はそんな大した奴じゃあないんだ。



「これからもご指導ご鞭撻、お願いします!」


「「「お願いします!」」」



……まったく、調子狂うな。

どうやら今年の新入官は一味違うみたいだ。



「これからよろしくな、お前ら」



ここに来て良かったのかもしれない。

初めてそう思った瞬間だった。



「よーし!皆、上総特等が新人歓迎会開いてくれるってよ!

それも全部特等の奢りだそうだ!」

 

「「「さすが特等~!!一生ついていきます!!」」」



前言撤回。

寺山、テメェはあとでしばく!

……はぁ、暫く酒は買えないな、トホホ。



「ところで八塚は?お前らと一緒じゃなかったのか」



そういや肝心の八塚とは会えずじまいだった。

私は歓迎会の会場を決めている寺山と百目鬼に尋ねる。



「あぁ、あいつなら一旦家に帰ってから歓迎会に参加する予定です」


「まだ駐車場にいるんじゃないかなぁ」


「そうか、ちょっと会ってくるわ。

……お前らあんま高い店予約すんじゃねえぞ」


「どうする?田名部のラウンジとか予約しちゃう?」


「いいね!」


「ちょっ、近場にしてくれ頼む!むつは遠い!

あとお手頃なところにして!」



なんとか桜幡商店街にある居酒屋を予約させ、私はロビーを後にした。



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「よお、八塚“一等”」


「……上総特等。何か用ですか」



駐車場の軽ワゴンに乗り込もうとしている八塚を発見した私はすぐさま声をかけ引き留めた。



「一言礼を言わせてくれ。新入官たちを引き留めてくれたことや、その他諸々。

あと、すまなかった……お前の友だちを侮辱したことや、お前に上層部の奴等へいらん気遣いさせちまった」


「……そのことならあいつらに謝ったことでチャラでしょう。もう気にしてません」


「そうか……だがどうして私を庇ったんだ。クビにしとけば仕事は楽になっただろう」


「……あなたの新入官への攻撃はすべて安全に配慮されていた。それに、悪ぶっていてもちゃんと俺たち全員の名前を覚えてくれていた。やり方が間違ってただけで、あなたはしっかり教官としての勤めを果たそうと努力していた。

だから、俺はあなたが悪い人ではないと思った。ただそれだけです」



───煬ちゃんは本当は優しい子だって、お婆ちゃんは知ってるよ───。


───大丈夫、きっといつか煬ちゃんのことをわかってくれる者が私以外にも現れるさ。きっと良いお友だちになるよ───。



「……そうか、ありがとよ」



……言いたいことは言えたし、もう目的も済んだからこれで終わりなのだが、どうしてもこの場を離れられない。


つか、なんだこれ。

顔熱いし、こいつの顔まともに見れねえんだけど……ああもう意味わからん。



「えっと……」


「……お怪我は大丈夫ですか」


「あっ……ああ、この通りだ」


「……すみません、女性に対してあんな攻撃をしてしまい」


「気にすんなよ。ああでもしなきゃ私をダウンさせることなんてできなかったろうからな」

 

「まあ、そうですね。こっちも、ほんと必死だったので」



八塚はそう言うと首に手を当て微笑を浮かべる。

何を考えているのかさっぱりわからんが、どこか優しさが滲み出るそのツラに、何故だか私は安心感に似た温かな感情が湧き立つのを感じた。


ああ、こいつに敗けて良かった。

いや、こいつとバディを組めることが心底楽しみで仕方がない。



「北条課長から聞いていると思うが、私たちは今日からバディだ。

言っとくが、私のバディは骨が折れるぞ。物理的にもな」

 

「勘弁してもらえませんかね……」


「ハハハッ!ダメだ。

厄介者の私を倒しちまったこと後悔させてやるぜ、八塚繋一等官」


「……こちらこそ、俺もなにかと厄介な奴なので……上手く使ってくださいよ」


「へっ、上等だ」



私が突き出した拳に、奴もまた拳を当てる。

この青森の奥地の寂れた小さな町で結成された厄介者同士のバディ。これから一体どんなことが起きるのか、楽しみでもあり怖くもある。


婆ちゃん、私、出会えたのかな?

私のことをわかってくれるって奴に。もしそうだったとしたら、いつか婆ちゃんにも紹介するよ、こいつを。



「あ、そうだ。

言っておくが能力評価試験は年二回あるからな。今度は絶対に勝つ!!」


「……え、嘘でしょ!?

お、俺は棄権ということで……!」


「ダメに決まってるだろ!どんな能力使ったのか知らねえが勝ち逃げは許さねえ!

まあ、取り敢えず今日はこれからイッキ飲み対決すっから、夜露死苦!!」


「パワハラからのアルハラかよ!

やっぱこの人クビにしてもらった方が良かった!」


「んだとゴルァ!

おい、もうこのまま居酒屋行くぞ!朝まで帰さねえ!!」


「ナガメ助けてー!!」



私は車に乗り込もうとする八塚の首根っこを掴み、ズルズルと引き摺りながら居酒屋へと向かうのだった。


これが私と、のっぽでちょっといけ好かないとある男との───。

少し不思議な、始まりの怪異奇譚フェアリーテイル




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寺山輝雄

・性別……男

・年齢……22歳

・身長……185㎝

・体重……80㎏

・仕事……青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎怪異救護課所属の二等官。

・出身……青森県下北郡桜幡町。大庵寺の次男坊

・能力……桜幡庁舎随一の霊能力者。法力で敵を吹き飛ばす

・好物……漬物全般



百目鬼遥

・性別……女

・年齢……22歳

・身長……155㎝

・体重……70㎏

・3サイズ……B99、W68、H97

・仕事……青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎広報所属の二等官。

・出身……青森県下北郡桜幡町。父は対策局下北支部の機動鎮圧課課長

・能力……鬼と人のハーフ。普段は人間と変わりない身体能力だが、怒りを覚えると額に二本の角が出現し鬼と同じ怪力が宿る

・好物……スイーツ全般。ジャンクフード全般



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