第十一話~DASHY’Sキッチン~


───桜幡おうはた漁港。

日本各地から漁船が集まる“第3種漁港”に指定される、田舎町のものとしては大きな港だ。


この第3種漁港とはつまり“利用範囲が全国的な漁港”のことで、その数は日本全国で101ヶ所……青森県においては桜幡を含め三沢みさわ漁港と鰺ヶ沢あじがさわ漁港の3ヶ所のみ。

まさしく、日本の水産業を支える国内有数の重要な漁港といえるだろう。


桜幡漁港で水揚げされる主な魚種はヤリイカやスルメイカといったイカ類だ。

夏から秋にかけて夜間に行われるイカ漁では、数多の漁船の集魚灯しゅうぎょとうが放つきらびやかな漁火いさりびが津軽海峡一面を埋め尽くし、幻想的な風景を目にすることができる。


さて、そろそろ日が傾いてくるかという頃、係留岸壁の一角で小中学生と思われる子どもたちが賑やかに釣りを楽しんでいた───。



「やった~!またダシィの勝ちー!」


「うわっ、でっけぇドンコだなあっ!?」

「ダシィ腕良すぎィ!」

「げっ、こっちはフグに糸切られた……」



ダシィが釣り上げたのは60センチ近くはある大きなドンコエゾイソアイナメ。うーん、これはさすがに重いね。

まあ何はともあれ、これで早釣り勝負はダシィの4戦4勝だよ!


今日はね、朝早くから釣り友だちのコージくんたちと桜幡漁港へ海釣りに来たんだ。

お天気も快晴で風も穏やかな絶好の釣り日和。そのおかげかダシィの釣果ちょうかは絶好調!



「ダシィもたくさん釣れたけど、みんなもアジやサバが大漁だね!」


「うん!なんかダシィと来るといつも大漁だよな」

「お、そうだな」

「ダシィって幸運の女神様かもね」



釣り友の中でダシィの家の近所に住んでいるのが最年長で中学2年生のコージくん。

桜幡の町の方に住んでるのが小学5年生のトモアキくんとナオキくん。

三人は元々同じ小学校で、早くから釣りクラブを立ち上げて活動してたんだって。



「みんな、そういやおやつの時間だけど腹減んないすか?」

「あぁ、腹減ったなぁ」

「結構動いたもんね」

「お菓子持ってくりゃよかったなぁ。買いに行こうにも金もねえしなぁ……」



みんなお腹が減ったみたい。

お昼ごはんはママの作ってくれたデッカイお弁当をみんなで食べたんだけど、漁港のあちこちを移動して釣りをしたから予想以上に体力を使っちゃったんだろうね。



「そうだ、せっかくだしみんなで釣ったお魚食べようよ」


「お、マジか」

「食うって、生で?」

「生はちょっと……僕お腹弱いし……」


「ううん、みんな大好きな“ハンバーグ”にしよう!」



目を丸くするコージくんたちを連れて、ダシィは近くの砂浜へと場所を移動することにした。



────────────────────



DASHY’Sキッチン! 


今日用意するものはこちら。

・アジ 

・サバ

・その他の雑魚じゃっこ

・お弁当の残りのパン

・お水

・サラダ油

・ダシィの作った塩

・胡椒


これだけで大人も子どもも大好きなお魚のハンバーグを作ってみるよ。

まずはコージくんたちに火を起こしてもらって……。



「ダシィ~、全然火着かねえんだけど!」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「原始人じゃないんだから手で火は起こせないよ~」


「……ハァ~……現代いまの子は火もまともに起こせないんだね」



手で木の棒を回しながら板に擦りつけて火を起こそうとするとか、そんな原始的なことダシィ縄文人たちはやらないよ……。


ダシィは砂浜に落ちてる適当なしなりの良い棒とロープを組み合わせて弓を作って、コージくんたちから受け取った火を起こすための棒に弓のつるを絡ませる。

後は棒を窪みのある木片で上から押さえつけ、その先端をおがくずや木の皮で覆った板に固定した。


そしてダシィは弓を勢いよく上下に動かす!

すると弦の伸縮に合わせて回転する棒の摩擦により、よく乾いた板から煙が昇ったかと思うとあっという間におがくずや木の皮に火が着いて立派な焚き火になった。



「す、すげぇ」

「こ、これがプロの火起こし」

「まったく無駄のない動きだ……!」


「ふふん。いいよ、ダシィのこともっと褒めてくれても」



なんたってダシィはこの中で一番の“お姉さん”だからね。ふんす!


さて、そろそろお魚のハンバーグ作りに戻るよ。

火の調整をコージくんたちにやってもらってる間に、魚を捌いていこう。まずはナイフで鱗を取り、魚たちのお腹を切ってハラワタを取り出す。

そして三枚おろし(パパから教えてもらった)にした後、腹骨を取った身をナイフで刻んでいくよ。



「チタタプ~♪チタタプ~♪」


「チタタプ?」

「なんだそれ」

「なんかの呪文?」


「お肉とかお魚を刻んだものをダシィたちの言葉で“チタタプ”っていうんだよ。つくねとかハンバーグみたいなのもチタタプだね」



魚のチタタプが出来上がったらそこに塩と胡椒を振り、細かくしたパンをつなぎとして入れ水を少量加える。

そしたら手でひたすら捏ねていくよ。


魚とパンが良い具合にまとまったら人数分により分ける。

そしたら火で炙られた平べったい石に油を敷いて、程よく熱されたらその上にハンバーグを置いて焼いていこう。


……ジュワァァァァッ───。



「うおおおっ!!」

「魚の焼ける香ばしいかおり!」

「まさか外でハンバーグが食べられるなんて!」


「焦げ目がつくまで焼けたら……完成!

栄養満天!ダシィ特製“お魚ハンバーグ”!!」



湯気と共に立ち込める食欲をそそる油の匂いと魚の香ばしさ。

夕陽が輝く広大な津軽海峡から吹く潮風がそれらを更に引き立てる。



「いただきまーす!あむっ……う、美味スギィ!外はカリッ、中は熱々でジューシー!ほんとに魚か!?」

「胡椒が利いてるからか、青魚使ってるのに全然生臭くない!スパイシーでいいゾ~これ!」

「パンをつなぎで入れてるからモチモチしててパサつかない!塩だけの味付けなのに魚の旨みがしっかり引き立ってて最高!」


「ダシィの生きてた頃縄文時代だと山椒さんしょうとかプクサ行者にんにくを使って臭い消ししてたけど、今は胡椒とか便利なのがあるからいいね」



お魚ハンバーグ、大好評で良かった。今度はパパたちにも作ってあげようっと。

さて、そういえばダシィにはハンバーグの他にとっておきのものがあるのだ。



「ふふん、そろそろできたかな」


「ん?ダシィ、なんだそれ」

「この匂いって……」

「まさか……」


「うーん、良い香り♪

お酒はハタチになってから!ダシィ特製“アジとサバの骨酒こつざけ”!!」



塩を振ってじっくり炙ったアジとサバの頭と骨を土器で熱した熱々の日本酒熱燗の中に投入!それを小さなお猪口にゆっくりと注ぐ……。


ふむふむ……お酒の強い香りの中にほんのりと焼けた魚の良い匂い……。

骨から染み出た出汁が透明だったお酒を黄金色に染めて、とても綺麗。



「ごきゅっ。

……こ、これは……ッ!!」


「「「ごくりっ」」」



……深くお酒に浸透した魚の風味と出汁……そして鼻からアルコールと共に通り抜ける、津軽海峡に鍛えられた魚たちが織り成す命のハーモニー……!



「これは……“神”っ!!」



固唾を飲んで見守っていたコージくんたちを余所に、ダシィのお酒の進みは止まることを知らない!

お魚ハンバーグやパリパリになるまで炙った魚の頭骨を肴にして何度も何度も骨酒を流し込む!



「ヤバい……これ、永遠に呑める……ッ」



やっぱり魚には日本酒だね。

日本酒作った人、ほんと神!もうこれ魚が大好きな民族ために作られた麻薬でしょ。



「な、なんか美味そうだな」

「飲んでみたいゾ……」

「僕たちにもちょっと……」


「ダメっ!お酒はハタチになってからって言ったでしょ!」


「ダシィだって子どもなんだから呑んじゃダメだろぉ!?」

「そうだよ!」

「ずるい!」


「ダメって言ったらダメ!

ダシィはこう見えても4000歳くらいだからいいの!」



そんなのありかよぉ!?

と、コージくんたちの不満の声が砂浜に木霊する。


……いつか釣り友のみんなとお酒を呑める時が来たら、その時はいっぱいお酒を呑んで楽しく騒ごうね。

みんなはダシィがこの時代に目覚めてから初めて出来た大切なお友だち。これからも、大人になってもずっとお友だちでいたいな。


───潮風がダシィたちの髪をそっと揺らしていた。






────────────────────






桜幡釣り友クラブ


桜幡中学校と桜幡小学校の生徒三人組が結成した釣りクラブ。

会員はコージ、トモアキ、ナオキ、ダシィ、そしてクラブの顧問……というか保護責任者でありダシィの祖父である八塚寛の5名。

近々、八塚繋の親友である寺山輝雄も入会する予定。

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