第十話~変革~
むつ市中央一丁目。市役所や警察署が立ち並ぶその一角に下北支部は存在する。
青森県は下北半島、その最大都市であるむつ市とその周辺の町々を合わせ約10万の市民を怪異の脅威から守る役目を負っている下北支部。俺のいる桜幡庁舎はこの下北支部に属している。
青森県に置かれている怪異対策局の支部は下北支部を含め大きく分けると四つ。
県庁所在地である青森市の青森本部。
県南の
そして県西部の
……さて、今日はその各支部のお偉いさんたちがこの下北支部に一同に介し、俺はこうして彼らにマシンガンのように質問やらなんやらの雨を浴びせられているのだった。
内容は様々。
事件当日の細かな動向、俺やナガメ、ダシィの大まかな正体と能力について。
そして須佐剛彦の不審死に関する情報収集等だ。
「……ふう、長く時間を取らせてしまい申し訳ありませんね八塚一等。あなたにはまだ聞きたいことが山ほどありますが……これ以上は時間が許しませんね」
腕時計に目を向け眉間に皺を寄せている彼は青森本部長である
先の
京都総本部の一部の
マスコミはこぞってこの事件を取り上げ、身勝手な討伐理由で一般市民をも犠牲にしようとした須佐剛彦を止められなかった怪異対策局に対し連日抗議の声が上げられることになる。
結果的に情報は世界にも拡散し、世界中の怪異団体から批判が殺到したのだった。
最早国際問題にまで発展し、警察や政府まで巻き込んだこの大事件は首謀者である
更に怪異庁長官自身も辞任するという正に腹を切る対応により、世間への一定のケジメとなったことでゆっくりではあるが事態は沈静化していったのだった。
宮上特等は今回の事件により急遽県本部長の座に着いたばかりの人間であり、故にこうして事件の当事者である俺や北条課長からの直接の情報収集を求めたわけだ。
……歳は俺の親父と変わらないくらいか。対策局のトップに立つ者としては驚く程に若い、所謂期待のホープであろう。
なるほど、ゆくゆくは怪異庁官僚か長官を狙える出世コースというわけか。
「あなたたちからの情報は事件解決に大いに役立つでしょう。ご協力に感謝します」
「いえ、他にも聞きたいことがありましたらいつでも協力いたします」
軽い会釈を交わし、数時間続いた広い会議室での長い談話は区切りとなった。
時刻はちょうど正午に差し掛かる頃。俺と課長は会議室を後にし、近くの食事処へと向かうのだった。
……桜幡庁舎でナガメが大暴れしたという情報が耳に入って来たのは飯を食い終わった後のことだ。
何やら俺が世話になってる先輩方をぶちのめしてしまい、一人は泡を噴いたという。
……帰りの車内は終始頭を抱えるハメになるのだった。
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「……み、宮上さん、何故奴を帰したのです!?“京都の方々”からの指令と違いますぞ!
我々の力を結集しここで奴を“封印”する。そういう手筈だったはず……!」
「
しかも
噂では三種の神器の一つである“
「あんな怪物を怪異対策局に置いておいてよいはずがない!即刻討伐すべきだ!
なんなら貴奴の妻や娘も今すぐにでも討伐しなければこの国は……!
どうせ須佐剛彦を殺ったのも奴だ!そうに違いない!」
会議室に木霊するむさ苦しい老人たちの怯え混じりの声。
そんな情けない声を聞き、窓の外に目をやっていた男が長いため息を吐きつつ肩を竦めた。
「おやおや、支部長の皆様はお歳に似合わず随分と勇ましい。何か良いことでもあったのですか?
そんな短絡的なおつむでよくもまあ今まで生き永らえて来られたものだ」
「なっ」
「ぶ、無礼な!」
「成り行きで本部長になっただけの若造がッ───」
突如、老人たちの喧しい声が止んだ。
そしてみるみる内に彼らの顔が青冷めていき、遂には借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
……男は一枚の紙を広げている。そこにはこう記されていた。
『我々は八塚繋に盗聴されている。
彼の妻と娘に危害を加えようなどと馬鹿な発言は絶対にやめろ。
奴は私たちの首“だけ”で事を収めてくれるほど優しい存在ではない』
この会議の本来の目的は八塚繋の無力化、封印。そのはずだった。
京都総本部の“一部の勢力”からの密命。
“青森県の各支部長クラスは持てる力全てを使い、超危険怪異である八塚繋を拘束、封印せよ”。
いかにも己の面子のことしか頭にない
現場を知らぬ、家柄だけで重要なポストに就いた
現実を見ろ。我々支部長クラスや貴様ら役立たずのトップどもが束になってかかろうとも、八塚繋には指一本触れることすら敵わず虐殺されるのがオチだということを。
我々が相手にしようとした者たちは既に大妖怪などという括りには収まらない、国家存亡に関わるほどの“特異点”なのだ。
「ば、馬鹿な……盗聴器の類いがないか事前に確認はしたぞ……!」
脂汗を額に浮かべた下北支部長が重い口を開く。腰掛けたイスが一際ギシりと大きな音を立てた。
「下北支部長ともあろうお人が、想像力が足りませんな。そんな利器に頼らずとも彼は“広く長い耳”を持っているのです。
蜘蛛はどうやって獲物を捕らえるとお思いか。幾重にも張り巡らされた“蜘蛛の糸”というのは微細な空気の振動すら捉える超高感度のセンサーなのですよ」
我々が先ほどまで話していた“若者”は人間の常識が通用するような相手ではない。
あれほどまでに“人間”と気質も妖気も違わない“怪異”だったとは……末恐ろしい。
まあ、それもそのはず。
本来妖怪や神はその姿が人間に近いものほど力が強大かつ
「せっかくなので皆様に教えて差し上げましょう。
───京都に残る不穏分子、そしてそれに内通する者たちを炙り出す。それこそがこの会合の真の目的です。
……騙して悪いが、これが私が受けた“本当”の仕事なのでね」
「なにっ」
「どういうつもりだ宮上本部長!?我々を謀るなどっ!?」
「な、なんだ貴様ら!?離せ無礼者ども!!」
「ご安心ください。あなた方が懇意にされていた京都の
東京での取調べで再会できるかと思いますのでどうぞお楽しみに」
驚愕し狼狽える老人たちを余所に突如として現れた機動鎮圧課の部隊が彼らを瞬く間に無力化、拘束していく。
老いたとはいえ老人たちも怪異対策局の特等官。一般の鎮圧課程度では相手にならない実力があるはずだが、彼ら
老人たちは悪態を吐きながら続々と部屋の外へと連れ行かれてしまった。
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「見事な手際だったな宮上特等……失礼、今は県本部長殿、だったか」
「ご無沙汰しております、
「ガハハ!その呼び方はよしてくれ本部長殿。俺は今はあなたの下で働く一介の対策局員に過ぎない」
下北支部の機動鎮圧課課長、
かつて下北支部の機動鎮圧課に所属していた宮上崇一朗の元上司である鬼の種族だ。
「……しかしまあ、県本部に出向してから随分と出世したな宮上県本部長殿。
しかも久々に下北支部に帰って来たかと思えばこんな重大な仕事を持ってくるとは」
「急な依頼でご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした先輩。
……まさかここまで迅速に対応していただけるとは思いませんでした……流石です」
「褒めても何も出んぞ、ガハハ!
しかし本部長殿、今回の
「……ふふふ、さて何のことか」
怪異対策局は一枚岩ではない。
対策局の総本部が置かれる京都。そして怪異庁が置かれる東京との間にはマリアナ海溝にも迫ろうかという深い溝、そして熾烈な派閥・権力闘争が存在する。
経済・政治の中心地である東京と文化・宗教の中心地、京都。
異なる性質を有する二つの“都”にそれぞれ権力を分散させてしまえばどうなるかは火を見るより明らかであろう。
古来より妖怪に対抗してきた歴史を持つ京都は陰陽師を始め、古くからの神道・仏教などの宗教派閥、かつての朝廷に降った古い妖怪の派閥が多数を占めている。
歴史の浅い東京では主に
「百目鬼先輩、私はこの青森に新時代を迎えさせたいのですよ。
いつまでも京都や東京のいいように使われ、搾取される地方組織のままでよいのか?……否、断じて違う!
我々が守るべき県民、市民たちを奴等の都合で命の危機に晒す。そんなことを許す体制も支部長どもも、私は決して許しはしない」
「……政治家でも目指すつもりか」
「ええ、ゆくゆくは。
しかし今はこの怪異対策局を“地方”から変えなければならない。地方自治に基づく、京都や東京のためではない、住民たちのための怪異対策局にね。
そのためには百目鬼先輩、あなたと───」
───
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・性別……男
・年齢……44歳
・身長……171㎝。
・体重……70㎏
・仕事……青森県怪異対策局青森本部の本部長。元下北支部機動鎮圧課だが、更にその前職は外務省官僚という異色の経歴。
・出身……青森県むつ市
・能力……若干の霊能力。銃火器の扱いに長けている。
・好物……ラーメン
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